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  (あの聖女、名をフェアリオと言ったな)


  姿形は同じなのに、名前と性格が違った。それを考えていたフィエルだったが、真横から何か聞こえた。


  『……終わった』


  「?」


  リリーが呟いたが、フィエルには聞き取れなかった。ぼんやりとグランディアと聖女の背を見つめる蒼い瞳。いつもと違う、覇気のない表情を見て、フィエルは苛立ちに「おい」と強めに声をかけた。


  「……なに?」


  生意気な蒼い瞳は、ようやくフィエルを見た。


  「どう思った?」


  「……だから、何が?」


  「境会アンセーマの、聖女について」


  問いかけた内容に、意味が分からすリリーは小首を傾げた。それをフィエルは鼻で笑ったが、王宮に向かう二人、黒髪の聖女を訝しむ。


  「我ら三人が集い、庶民の生徒スクラディアが、それに割って入ったのだ」


  アーナスターは、挨拶の為に訪れた。フィエルの話をぼんやりと聞くだけのリリーに眇められた赤い瞳、舌打ちに苛立ちを隠さない。


  「ナイトグランドは国への貢献により、古くから爵位を授けられているが、それを使用せず深緑色の制服スクラディアを着ている。その状態で、我ら三人の会話を遮ったのだぞ」


  「……あ」


  「命を賭けたはずだ」


  気分により、不敬罪で庶民の命を奪う事が出来る。それを乱用する愚かな貴族は稀だが、その理不尽の不文律は、貴族、庶民、共に幼少期から理解している。


  この理不尽の頂点に君臨する三家。王家とダナー家、そしてアトワ家の者たちの間に入れる者は、貴族でもそうはいない。


  グランディアとリリーから許可を受け、フィエルは何も言わなかった。その事でアーナスターは無事にこの場を後にした。


  「アーナスターさ「そこで聖女についてだが」


  「……」


  「フェアリオ、と言ったあの者、聖女という曖昧な肩書きで、私とグランディアの話を遮ったのだぞ」


  「…それは境会アンセーマが、聖女にそれでいいって、教えているのよ」


  「あり得ない」


  「なんで? きっとそうなのよ」


  「そうならば、境会アンセーマは、どの位置に居るのだ?」


  「位置?」


  「王家と左右われらの言葉を遮る立場は、どの位置にある?」


  「……」


  明確に断言しない。口を噤んだリリーは、もう震えてはいなかった。



 **



  「他の異物とは違い、順調に王太子の傍に居るようだぞ」


  「それに、兵器に関する事にも、積極的に意見している。オーの言う通りネルを爆発燃料にして、上空から街に落としてみたら、ある程度成果が出るかもしれないな」


  「だが、もう試してみるネルも無いのだ。オーに何かあった場合、次の召喚が最後になる」


  「いやそれは、エンヴィー祭司がネルを捕ってくる事で解決する話だ」


  笑いながら去っていった灰色外套たちの噂話。学院に向かう連絡通路、それを盗み聞きしたエンヴィーは、ある事を思い付いた。


  「!!」


  突然背後から襲われ、襟ぐりを持ち上げられた。


  「教師に手を出すのですか?」


  「残念ながら左側われらにとって教師とは、人格者であり、経験知識が人より遥かに多く、全てに優れた者に与えられる呼び名だ。それは学院ここには居ない」


  言ったラエルはエンヴィーの首元をねじり上げ、柱に強く押し付けた。


  「境会アンセーマが聖女と呼ぶ、まやかしの女。フェアリーンの居所を吐け」


  「まやかしとは、何の事か」


  ギリッと締め上げると、エンヴィーの口から苦鳴が漏れる。


  「知っているのだぞ、あの女の髪色が、術によって白から黒に変じたのを、我が主は目にしている。言い逃れは出来ないぞ」


  「白から、黒に…」


  それを聞いたエンヴィーは、喘ぎながらも肩を揺らして笑い始める。苛立ったラエルは、右手を胴に数発打ち込んだ。


  「……、……」


  「!」


  廊下の先から聞こえた声に力を緩めると、崩れ落ちそうになるエンヴィーの身体を支えて襟元の乱れを直す。


  「祭司エンヴィー・エクリプス、貴方が境会アンセーマ内で冷遇されている事は知っている」


  「……」


  「貴方に手を出しても、誰も助けに来ないことも」


  パンと肩口を払うと、廊下に崩れ落ちたエンヴィーを冷たい瞳が見下ろした。そしてそれを捨て置いてラエルの向かった先。


  「フィエル様……?」


  王宮に続く回廊から現れた二人の生徒。フィエルと共に歩くのは、黒制服ステディアのリリーだった。


  ラエルとは反対側から現れたエレクトも、その異様な光景に足を止める。長く続く王宮からの回廊を、会話をしながら戻ってきた二人の姿に、ラエルとエレクトは困惑にそれを見ていた。


 

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