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  暖かな陽射しが差し込む昼下がり。所用で城下街の公園を通ったセオルは、屋台で飴を買う少年を見て立ち止まった。


  「なぜここに、あなたが居るのですか?」


  初めて出会った頃より、少し大きくなっている。だがまだまだ小さな子供は、振り返りセオルを見て全開の笑顔を見せた。


  周囲を見回しても同伴する大人はいない。


  「まさか、あなたお一人ですか? 他の方は?」


  「誰もいません。私一人で来ました」


  「そんな、まさか、を使ったのですか?」


  セオルも体験した魔方陣は、強く思い描く事で長距離の移動を可能にした。


  「ご両親が、心配されます」


  「大丈夫です。お手紙は置いて来ました」


  にっこり悪びれず笑うのは、南の隠された神殿で出会った少年。信じられないと頭を抱えたセオルだったが、握った飴を嬉しそうに見つめた姿を見て何かを諦めた。


  「それより、どうされたのですか? こんな危険を冒してまで、ここに来るなんて」


  「ダナーかれらが、私たちを助けてくれていると聞いて、それに、お礼を言いたかったのです」


  ニコッと笑った少年は、漂う焼き肉の匂いにその店を目で探す。目的の串焼きを買い与えたセオルは、近くの席に座らせた。


  「それだけではありませんよね? まさか、エルローサかれらを確認しに来たのではありませんか?」


  見つかれば奴隷として他国に売られる。エルローサ王国の血筋の末路は、小さな少年は見つめるだけの現実。


  「それをこの目で確かめたかったのもあります。でも、それはあの方たちが、手をつくしてくれていることも教えられています」


  その言葉に、セオルは周囲に人が居ないかと確認する。手にした串焼きを食べるように勧めると、温かい肉に少年はかじりついた。


  「右側と左側あのかたたちは、昔々から、こうやって手助けをして、エルローサわたしたちを助けてくれたそうです」


  「……」


  「今、こうして私たちが残れたことも、左右かれら旧教会ヘーレーンを無くさず、自領と民衆に、それを支持するようにしてくれたことも大きいと」


  「……お礼は、お気持ちだけで十分です。貴方たちが生きている事で、それは彼らに伝わります」


  直ぐに南に帰る事は難しい。少年を無事に神殿に送り届けるために、セオルは彼を保護する場所を考える。


  だが串焼きと飴を食べ終わった少年は、思案するセオルを聡い瞳で見つめた。


  「セオル殿が言っていたではありませんか、ダナーの姫君の命を救いたいと」


  「?」


  「僕も同じです。ダナーは我々を助けてくれている。だからそれを、早くお伝えしたくて」


  命を救いたいと言った少年は、早く伝えたいと言った。


  「何をですか?」


  「聞こえたのです。あの音が」


  陽射しは、徐々に傾き影は広がる。


  「空や大地に響き渡ったのです。また、あの音が」



  ガァーーーーーーン…………。



  「まるで空を叩く様な、巨大な鐘が鳴り響く様な、大地が震える様な、あの音」



  ガァーーーーーーン…………。


 

  「時空を裂いて現れる、この世の理に反した異物。この世がそれを拒絶して、悲鳴をあげているという、あの音」


  「結界の石碑を壊すだけでは駄目だった?」


  「本来は、結界などの魔術や魔法は、干渉する触媒を破壊すればすむはずなのです。ですが、また聞こえたのです」

 


 **



  初めてリリーと親密な距離で触れ合った。今もまだダンスの余韻が身体に残るグランディアは、日々の疲れが軽くなり順調に仕事を進めていく。


  (そういえば、今日は境会アンセーマが聖女を迎えるって言ってたか…)


  ふと思い出した日程は、グランディアとは無関係の境会行事。興味のないそれは直ぐに忘れて、昼を告げる鐘の音に手にした書類を戻して閉じると立ち上がった。



 **



  (あれは……?)


  リリーに会うために、近道で横切る王宮の光満ちた中庭。だがそこに、いつもならば居るはずの無い少女が立っていた。


  スラリと伸びた背筋に、柔らかく波打つ癖毛は、今日は珍しく結わずに下ろしている。


  陽光が遮り顔は見えない。だが間違うはずのない令嬢の姿を見て、なぜ自分が居る王宮に居るのかと、胸が高鳴り足を早めた。


  「?」


  だが足音に振り返った少女、光を浴びる髪は白金、美しい真白い顔の瞳は、グランディアと同じ空色だった。


  「……貴女は、何方ですか?」


  よく見ると、近くに赤外套の祭司が立っていた。少女はそちらを見ると、壮年の祭司はグランディアに挨拶をして再び少女に頷く。


 

  「フェアリオ・クロスです。王太子殿下に、ご挨拶致します」


 

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