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  ステイ領に入り、王家の紋章を纏うグランディアを止める者は居なかったが、城の門番は、一度入り口を槍で塞いだ。


  以前よりも、今日は厳重な警備が敷かれている。


  勢いで動いた子供の時とは違い、心に決めて再び訪れたダナーの城。入場し、眉をひそめて慇懃に礼をする者たちを通り過ぎ、大広間の会場にたどり着いた。


  想像以上に集う右側ダナーの者たち。気持ちだけで足を進めたグランディアは、美しく着飾るリリーの姿を見て心が躍った。

 

  「王太子殿下に、黒の安息を」


  グランディアにとって、リリーの口からは聞きたくない定型文の挨拶。それを飲み込み婚約者としてダンスに誘ったが、まるで試験の様にそつなく踊ったリリーは、早すぎる曲の終わりを惜しむこと無く安堵して微笑んだ。


  「お誘い頂き、ありがとうございました」


  「……」


  未練なく立ち去っていく。その背には、大きなダナーの紋章が宝飾で飾られている。


  「待ってください」


  「?」


  リリーの向かう先には、目的の大きなケーキが待っている。その邪魔をしたなとこちらを睨んだ蒼い瞳に、いつもの飾らない姿をようやく見ることが出来た。


  片手を上げると護衛のサイが隣に現れて、剣入れを差し出した。高価な剣を収納する為の鞄。それに反応したダナーの者達が、剣呑と周囲を取り囲む。


  ダナー大公夫妻と兄妹を先頭に、晴れの日にも不気味に黒を身に纏う一族の者たち。


  蓋を開け、輝石に飾られた宝剣が現れると、きょとんとそれを見たリリーの背後、大公が更に一歩前に出た。


  「我が娘に取らせる剣は無い」


  低く、地に落ちるような冷たい声色。内心で息をのみ込んだグランディアだが、毅然と大公に向き合った。


  「東側、山大鹿ヘンムが減ったと耳にしました」


  「……」


  「ならば山狼ヒッターが増えたのでしょう」


  「……」


  「山狼ヒッターは獰猛で、組織的に狩りをするとか。お困りならば、こちらから、いつでも狩人をお貸しします」


  グランディアの言葉に、それを差し出されたリリーは父親を振り返る。返らない否定の言葉を確認すると、軽く頷き礼を口にした。


  「ありがとうございます」


  贈った物は剣ではなく、ダナーが警戒する東側トイ国の動き。それに対していつでも援軍を送ると、グランディアはリリーを通して右側ダナーに誓った。



 **

 


  披露宴はまだ開催されているが、酒の席へと代わり居城に戻ってきたリリー。だがそこで、後からやって来たメルヴィウスは、周囲が心配する量のケーキを食べている妹に驚いた。


  「…………」


  大皿に乗ったケーキを端から削って口に運ぶリリーを見て、メルヴィウスは段々と不安になってくる。


  「お前、それ、食いすぎだから」


  「これはね、栗と同じなのよ」


  「栗?」


  「あれ、たくさん食べてみると、甘くない栗と、とんでもなく甘い栗が中に潜んでいるでしょう? それと同じで、いつかとんでもなく甘い場所と出逢えるかもしれないって、そう思って食べてるの」


  「…………」


  そんなムラのある料理を作る、調理師はこの城にはいない。


  背後に控える給仕の者たちは、喉元までせり上がる思いをごくりとのみ下した。



 **


   

  ここ最近では、毎日顔を合わせていたのに姿を見かけない。そして不自然に、全く居ない黒制服の者たちがフィエルは気になった。


  「静かだな」


  辺りを見回すフィエルの目線。それに隣を歩く護衛のラエルは、なる程と頷いた。


  「きっと今日なのですよ、右側あちらの令嬢の誕生日が」


  「は、まさか誕生披露宴を、一族総出で祝うのか?」


  「あり得ませんよね」と同意を笑うラエルだったが、そこである事を思い出す。


  「この前から弟が右側ダナーの事を学び始めたのですが、ある事を見つけたと大騒ぎしたのです」


  「?」


  「なんでも右側あちらの令嬢は、百年前から娘ばかりが十六歳の年に早世していると。もう少し早く分かっていれば、これをネタに、噂を流すことも出来ましたよね」


  笑うラエルの顔を見て、フィエルは無言で立ち止まった。


  「フィエル様?」


  「帰る」


  「え、」


  護衛を置いて、足早に廊下を歩き去る。もともと授業など受けていない。フィエルは学院から王都の屋敷に帰宅すると、今までは大して真剣に見ていなかった、ダナーの歴史資料に手を掛けた。


  「確かに、リリアナを境にそれ以降、レアナ、エミール、ナーラ…全て十六の年で亡くなっている」


  およそ百年前から続くダナー家の娘の不幸。それを止めたいと思った者達が、ナーラ以降、天寿を全うしたと思われるリリアナの名にすがって、それを継承している事からも見て分かった。


  「リリエル……十六歳。いや、今日で十七か…」


  自分と同じ年齢で、自分と同じように力ある家に生まれたリリー。


  フィエルは、アトワと同じではないダナーの歴史が気になった。



 

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