53
ステイ領に入り、王家の紋章を纏うグランディアを止める者は居なかったが、城の門番は、一度入り口を槍で塞いだ。
以前よりも、今日は厳重な警備が敷かれている。
勢いで動いた子供の時とは違い、心に決めて再び訪れたダナーの城。入場し、眉をひそめて慇懃に礼をする者たちを通り過ぎ、大広間の会場にたどり着いた。
想像以上に集う
「王太子殿下に、黒の安息を」
グランディアにとって、リリーの口からは聞きたくない定型文の挨拶。それを飲み込み婚約者としてダンスに誘ったが、まるで試験の様にそつなく踊ったリリーは、早すぎる曲の終わりを惜しむこと無く安堵して微笑んだ。
「お誘い頂き、ありがとうございました」
「……」
未練なく立ち去っていく。その背には、大きなダナーの紋章が宝飾で飾られている。
「待ってください」
「?」
リリーの向かう先には、目的の大きなケーキが待っている。その邪魔をしたなとこちらを睨んだ蒼い瞳に、いつもの飾らない姿をようやく見ることが出来た。
片手を上げると護衛のサイが隣に現れて、剣入れを差し出した。高価な剣を収納する為の鞄。それに反応したダナーの者達が、剣呑と周囲を取り囲む。
ダナー大公夫妻と兄妹を先頭に、晴れの日にも不気味に黒を身に纏う一族の者たち。
蓋を開け、輝石に飾られた宝剣が現れると、きょとんとそれを見たリリーの背後、大公が更に一歩前に出た。
「我が娘に取らせる剣は無い」
低く、地に落ちるような冷たい声色。内心で息をのみ込んだグランディアだが、毅然と大公に向き合った。
「東側、
「……」
「ならば
「……」
「
グランディアの言葉に、それを差し出されたリリーは父親を振り返る。返らない否定の言葉を確認すると、軽く頷き礼を口にした。
「ありがとうございます」
贈った物は剣ではなく、ダナーが警戒する東側トイ国の動き。それに対していつでも援軍を送ると、グランディアはリリーを通して
**
披露宴はまだ開催されているが、酒の席へと代わり居城に戻ってきたリリー。だがそこで、後からやって来たメルヴィウスは、周囲が心配する量のケーキを食べている妹に驚いた。
「…………」
大皿に乗ったケーキを端から削って口に運ぶリリーを見て、メルヴィウスは段々と不安になってくる。
「お前、それ、食いすぎだから」
「これはね、栗と同じなのよ」
「栗?」
「あれ、たくさん食べてみると、甘くない栗と、とんでもなく甘い栗が中に潜んでいるでしょう? それと同じで、いつかとんでもなく甘い場所と出逢えるかもしれないって、そう思って食べてるの」
「…………」
そんなムラのある料理を作る、調理師はこの城にはいない。
背後に控える給仕の者たちは、喉元までせり上がる思いをごくりとのみ下した。
**
ここ最近では、毎日顔を合わせていたのに姿を見かけない。そして不自然に、全く居ない黒制服の者たちがフィエルは気になった。
「静かだな」
辺りを見回すフィエルの目線。それに隣を歩く護衛のラエルは、なる程と頷いた。
「きっと今日なのですよ、
「は、まさか誕生披露宴を、一族総出で祝うのか?」
「あり得ませんよね」と同意を笑うラエルだったが、そこである事を思い出す。
「この前から弟が
「?」
「なんでも
笑うラエルの顔を見て、フィエルは無言で立ち止まった。
「フィエル様?」
「帰る」
「え、」
護衛を置いて、足早に廊下を歩き去る。もともと授業など受けていない。フィエルは学院から王都の屋敷に帰宅すると、今までは大して真剣に見ていなかった、ダナーの歴史資料に手を掛けた。
「確かに、リリアナを境にそれ以降、レアナ、エミール、ナーラ…全て十六の年で亡くなっている」
およそ百年前から続くダナー家の娘の不幸。それを止めたいと思った者達が、ナーラ以降、天寿を全うしたと思われるリリアナの名にすがって、それを継承している事からも見て分かった。
「リリエル……十六歳。いや、今日で十七か…」
自分と同じ年齢で、自分と同じように力ある家に生まれたリリー。
フィエルは、アトワと同じではないダナーの歴史が気になった。
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