リリー34 (十六歳)



  なんとなく様々な勉強はしているけど、未だ奴隷に関する証拠は揃っていない。


  そして主人公ヒロインフェアリーンさんは、本当に何処かに行ってしまった。


  だっていくら王都だからって、右側うちが総力を挙げて探しているのに、見つけ出せない事がおかしいから。


  極めつけは、グレイお兄様による捜索停止命令。


  「ここまで探して居ないのならば、国内には居ない」


  これを言われたら、もうどうにも出来ない。


  ていうか主人公、突然どうしちゃったの? そういえば、怪しげな事を言っていたかもしれない。


  ーー「大丈夫。悪役あなたと関係ないところで動くから」


  (確かそんな感じで言っていた。ということは?)


  もしかしたら、理由は謎だけどあの言葉って、国外へ行くから大丈夫って、意味だったの?


  寄り道の出来ないいつもの帰り道。大通りから見える商店街を、指をくわえて眺めながら、今日は珍しく進みの遅い馬車の中で考える。


  スクラローサ王国の近隣諸国。右側うちの隣は山を挟んで、面倒そうなトイ国。そして左側アトワの隣は砂漠国のバックス国。王都の北には山を越えて友好的なセントーラ国。で、南は海の向こうにダエリア諸島連合国。


  「……」


  無理だわ。見当もつかないや。手がかり無し。


  召喚聖女の失踪に、境会アンセーマもなんだかざわついていたし。何故か全然関係ない左側アトワもざわついていたし。


  奴隷問題は解決出来ていないし……。


  不穏……。


  だけどもうすぐ春が来る。冬休み、春期学期が始まったら、そう、待ちに待った、私のお誕生日が来るのです!


  オーダーしてあるスペシャルバースデーケーキ。マミーが前々から用意してくれているパーティードレス。パピーとお兄ちゃんズからのサプライズプレゼント。


  手ぐすね引いて待っている。


  巻き込まれた渋滞中、眺めるだけのウィンドウショッピングに、ワクワクと春よ来いしていると、何故か道の真ん中で馬車が停まった。


  うちの馬車はブレーキに、身体がグンッて前にのめらないよ。御者の方々が優秀なので、滑らかーに動いたり止まったり。


  (何かあったのかな?)


  車道で馬車が停められるって、よっぽど何かあった時。


  商店街の歩道の人達は、こちらを遠巻きに見て逃げ腰。


  「何?」


  いつもの様子ではない雰囲気に、駄目って言われてるけど立ち上がって反対側の窓をーービシィッ!!


  鋭い音に、慌てて椅子に尻もちついた。御者台が見える前方の小窓を覗き込む。


  なんと優秀で穏やかな御者のアデンさんが、馬用ではない、猛獣用の長い鞭を誰かに打ち付けていた。


  意外にも、変態仮面よりもうちの御者、なんて見事な鞭さばき。


  「じゃないよ、何が起きてるの? 緊急事態?」


  もう一度窓から外を確認する。するとエレクト君が、剣を持つ手を素早く振り下げ、それと同時に大柄の男が膝をついた。その横には、既に石畳に数人倒れている。


  流れる血。


  金属音は剣と剣がぶつかる音。


  「まさか、ダナーうちを襲ったの?」


  口から出続ける独り言。皆は用心してくれていたけれど、実際に起こった信じられない光景に、私は手も足も震えた。


  だって何故か私は、うちが襲われる事なんて絶対に無いって、心のどこかで決めつけていたのだから。


  役立たずの私は馬車の中、震える全身が震えないように、無駄に両手に力を入れる。外ではトライオン師匠、エレクト君とセセンテァ先輩が頼もしく戦っているけど、皆、皆……。


  (怪我しないで…、頑張って…)


  祈るだけの無力な私がグッと目を瞑っていると、大騒ぎの胸の内とは別に、外は静かになった様な……。


  ーーガチャ。


  開かれた扉からは、いつもの顔をしたトライオン師匠。


  「姫様、座席にご着席下さい」


  「!?」


  怒られた…。中腰になっていた私。この緊急事態に、マナーについて注意されたの…?


  ーーガラガラ…。


  「!?」


  着席とともに滑るように動き出した馬車。それはいつもの安全スピードで、何事も無かったかの様に屋敷にたどり着いた。



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