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  「公園の近くにある、あの天幕では人の奴隷は売ってないんですってね」


  帰宅の馬車に乗る前に、リリーはくるりと振り返った。この内容に眉をひそめたトライオンは、質問の内容をすり替える。


  「誰に聞いたのですか?」


  「スクラローサ歴史学の教師の方に、授業終わりに聞いたのよ」


  「……」


  「王都の端にある、森の中のお店で売ってるんですって」


  真実に軽く頷き、それ以上の興味を封じる様に静かに扉は閉められた。



 **



  学院から屋敷に戻り、着替えて自室から出てき来たリリーは、「お帰りなさい」と笑ったガレルヴェンを捕まえた。


  「奴隷って、どの家が買ってるの?」


  「え? 何の事ですか?」


  「王都では、奴隷を売っているのよ」


  内心で「来た来た」と瞑目する。ガレルヴェンは興味津々の蒼い瞳から目線を左上に逸らした。

 

  「右側うちならば、調べられるのよね? 顧客のお家」


  「……どうですかね。ここはステイ領ではありませんし…」


  「右側うちなのに?」


  「ここは王の都ですから」


  「…………そうなのね。分かったわ」


  曖昧に流された返答に、納得出来ていない顔のまま、リリーの視線はガレルヴェンから階段下の気配に移動した。



 **



  領地から戻ったラーナは、寒さ対応に着込んだ重い革の外套を肩から外す。普段はリリーの傍付きの侍女の制服を着ているが、外套下から現れたのはフレビア家の黒の騎士制服。


  エントランスで帯剣を外し、ずしりと重い外套を従者に渡す。聞こえた軽い足音に階段上を見上げると、主のリリーが笑顔で走り寄って来た。


  それは近づく春風の様に。


  「ナーラ様、お帰りなさい! お疲れ様ね。デオローダ領はどうでした?」


  「ただいま戻りました。問題は……そうですね、今年は山大鹿ヘンムの姿が少ないくらいですね」


  「……それは春が寂しくなるわね」


  ふむふむと考える顔をしたリリー。だが次に、目的の質問に素早く顔を上げた。


  「そうだ「いけません」


  「まだ言ってないのにっ!!」


  同性の為に、他の護衛より見守る時間の長いナーラは、リリーのよくない質問は顔を見ただけで封じる事が出来る。


  「あのね「絶対にいけません」


  「…………」


  不満に口を引き結ぶ。それに厳しい目線で頷き返したナーラに負けて、リリーはすごすごと引き下がって行った。



 **



  妙に静かに夕食を終えると、食後の一時に寛ぐグレインフェルドの隣にリリーは腰かけた。


  部下達から、一連の流れの報告は受けている。強い瞳で要求してくる妹に、兄は許可を頷いた。


  「お兄様、王都の奴隷について質問があります」


  再び頷きが一つ返る。


  「そもそも奴隷とは、どこから誰を奴隷としているのですか?」


  「様々な理由があるだろう」


  「異国の人達? 貧困層の人達? まさか志願している人もいるの? あ、もしかしたら、子供を売りたい、彼らを産んだ者達が積極的に売りに出しているとかは、あり得そうよね」


  「なぜそこに興味を持った?」


  トライオン同様に、答えを与えず論点をずらす。


  「何処でその話題に触れたのだ」


  グラエンスラー・ナイトグランドが教えた事だと知っていたが、あえてそれを聞いてみた。だが、意外な答えが返ってきた。


  「フェアリーン・クロスさんよ」


  「……ほう。その者と、お前は友人になりたいそうだが、奴隷について何を語り合っているのだ?」


  「……」


  会話の内容は頑なに話さない。何かを考えるリリーは、何を考えているのか分からない無表情。そして目線を上に、何か思い付いた。


  「奴隷って、百害あって一利なしでしょ?」


  「それはお前の考えで、購入者がいるのだから利益は発生する」


  「そうじゃないのよ。右側うちには居ないのよ。それなのに、王都にいるなんて、何かとってもおかしいわ」


  「何がおかしい?」


  「グランディア様は「王太子殿下」


  「お、王太子殿下は、前に何処よりも、王都は先進的な考えや、技術を持っているって自慢していたのに、これではあんまり……」


  「……」


  「とっても遅れているわ。国として、人として」


 

 **



  リリーが指摘する通りに、今は廃れた非人道的人身売買。数はそれほど多くはないし、過去の栄光にすがり付きたい古い貴族の家が購入している。


  それを憐れに見る者もいるが、それを生業としている者たちを王が認めている以上、他の領主は口を出さない。


  リリーの興味の矛先を思案していたグレインフェルドだったが、扉の音にルール・ラングが入ってきた。


  「調べたか?」


  「はい。それが、少し興味深い結果が出ました」


  ルールが手渡した資料に、グレインフェルドも片方の眉を上げる。


  「奴隷のほとんどは、旧王家、そしてそれを支持する王家の血族の家門の末裔ばかりです」


  「二百年前に王都を追われ、逃げ延びたエルローサの一族。そしてそれを最後まで支援し続けた家門の一族」


  「更にそれを、王警務隊を使って捕らえる様に、裏で指示していた組織が…」



  「境会アンセーマか」



 

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