37
「あ、いきなりごめんね。私、フェアリーン」
「……」
「今日学園に来たばかりなんだ。でね、いろいろ見学していたら、あなたを発見して…」
(…なんだろう…。声までリリー様に似てる気がする)
「知り合いが他に居なくて。出来れば、お友達になってくれないかな?」
「……家名は、どちらですか?」
「あ、申し遅れました。私、フェアリーン・クロスって言うの」
**
カタン。
菓子を運ぶ手を止めて、間抜けた表情で自分を見上げたと、驚くリリーの姿にフィエルはほくそ笑む。
「それで? 私を招待したからには、どんな持て成しをしてくれるんだ?」
リリーの周りに侍る十枝からは、静かな殺気がこぼれ出る。スクラローサ学院の規則が無ければ、こうして向かい合って座る事も無い者たち。
見ただけで胸が悪くなったリリーの前に並べられた甘味の山。それをどうこうするつもりは無いが、フィエルは苦いコーヒーを口に含み、食べてもいない甘味を打ち消した。
「前にも言ったが、あれと関わる事は止めて頂きたい。取り入っても無駄だ。結局彼は、
リリーから積極的にグランディアに話しかける事は無い。だが王太子は、忙しい合間を縫っては
「……」
「あれが王座に座った時、
黒の令嬢と白の公子が向かい合う、異様な光景の学生食堂。更に笑いながら言ったフィエルの言葉に、その場の空気が張り詰めた。
「……フン」
「?」
「何を言っているのか、さっぱり分からないわ」
「これは残念だな。こんなに分かりやすく教えてあげたのに、理解出来ないとは」
静まり返って、ざわめきも聞こえない食堂内。口に入っていた食事を、音を立てないように漸く飲み下した生徒たちをよそに、フィエルをじっと見つめたままのリリーは、新しい菓子をつまむとそれを口に運ぶ。
「食べてもいいわよ」
差し出されたのはクリームがこんもりと乗せられたクッキー。それに吐き気が込み上げたフィエルは、苛立ちに眉をひそめる。
「結構だ」
「物欲しそうに見てるから」
「……」
話しにならないと、侮蔑に笑って席を立とうとした。だがそのフィエルに、リリーは両手を広げた。
「闇は右手に、光は左手に。間違えてはいけないわ、意味の無い善悪は、いつでも闇が覆い隠せるのだと」
「……」
見ると真白い両手の平には、白砂糖と黒砂糖が厚塗りの焼き菓子が乗っている。
「王が
「あなたこそ、こんなに簡単な事もわからないのね」
憐れみを浮かべて微笑むダナー家の令嬢は、未来の王家と敵の旗頭になる男に宣戦布告をした。そして見せつける様に掲げた白の焼き菓子を、ぱくりと口に放り込む。
「…………フッ」
思ったよりも、馬鹿ではない。
感情を顕に品なく激昂する事もしない。
更にフィエルと立ち向かう度胸を持っている。
立ち上がった
「世に出たことの無い令嬢は考えが短慮だな。いかに甘やかされて育てられたか分かる」
カタリと動いたメイヴァーを片手で制する。口の中のクッキーを飲み込んだリリーは、フィエルに更に微笑んだ。
「お食事中に立ち上がるなんて、あなたこそ、お母様にマナーを教えていただかなかったみたいね。お可哀相に」
そして手にした黒の菓子を一口。その姿をうんざりと見たフィエルは、それ以上は無言で食堂を後にした。
**
「ああ、まだ、生きていると思うよ。…兄上は、行かない方がいいってさ」
早朝、珍しく早めに食卓に現れたメルヴィウスに、新聞を確認していたグレインフェルドが問いかけた。
ダナー領に現れた、不審な女の事後報告。
あらゆる手段を用いて境会との繋がりを問い詰めたが、知らないの一点張りで有益な情報は得られない。
フェアリーエムと名乗る女は、何故かグレインフェルドに異常な執着を見せ、どこで調べたのか、一族でも親しい者しか知らない馬好きの趣味まで知っていた。
「新しい情報は、もう出ないとトライオンから聞いてる」
その女から得られたものは、現在は拷問により面相や髪型が変わり果て、幻術でもリリーの面影が全く無くなった事だけ。
「あの幻術、
給仕から運ばれて来たコーヒー。それを手にしたメルヴィウスは、妹を狙う組織を思って邪悪な笑顔を見せた。それにグレインフェルドも、同じ様な笑顔で応える。
「奴らと王家は繋がりが深い。確実に、逃げられない証拠が必要だ。そう言えば、セオルはどうした?」
「その事で、
「おはよう!」
復学してから初めての休日。久しぶりに朝から着飾った妹をみて、二人の兄は穏やかにそれを振り返った。
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