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  護衛たちを遠ざけて設けた、王族と大公令嬢の二人の時間に割り込んできた。無粋な者にグランディアは強い怒りを覚えたが、それをリリーは遮った。


  「もちろんよ。こちらにどうぞ!」


  リリーの隣に図々しくも並んだ庶民スクラディア。だが告げられた名に、グランディアは片方の眉を上げる。


  「…ナイトグランドの、」


  王族も左側アトワも一目置く巨大ギルド。その跡取りの一人が目の前に現れ、しかも婚約者と親しげに会話をすることに、グランディアは状況の把握に時間を要する。


  (令息が入学しているとは聞いていたけど、休学しているのか、ほとんど来ていないはずだが)


  背を丸めてオドオドと照れるアーナスターに、リリーは親しげに話しかけている。だがその間も、時おり上の空で周囲に気を散らすリリーの姿に、何故かグランディアはほっとした。


  「そろそろ次の用意があるので、私は失礼するわね」


  呼びに来た護衛の一人と立ち去った。リリーに微笑み見送っていた二人だが、間もなくグランディアが忠告した。


  「ナイトグランドはよく名を聞くが、商人のくせに、礼儀は弁えていないようだ」


  王子からの厳しい叱責。だがそれを受けたアーナスターは、グランディアに身体を向けると背筋を伸ばす。そしてはっきりとした声色でいい放った。


  「我が家は、お客様との信頼関係を第一に努めております」


  「ならばよくも、婚約を誓う私たちの間に、図々しくも割り込めたものだな」


  「お二人の婚約が破棄されるのは、時間の問題だと、そう皆は語っておりますね」


  王族相手に退くことを全くしない。無礼な庶民スクラディアに、グランディアは指先でテーブルを苛立ちに鳴らす。


  「婚約者とのひと時を邪魔するものの台詞としては、ありきたりだな」


  「事実今も、リリー様は私の同席を喜ばれました。お二人だけの時間ではありませんでした」


  「リリー、だと?」


  「はい。リリー様とは、大変親しくさせて頂いております」


  「…………貴様、」


  握られた拳と相手の表情に、我慢の限界を見て取った。そこでグランディアを正面から見据えたアーナスターは、取り出した封筒をテーブルに置いた。


  「ご提案があります」


  差し出された封筒を、訝しみながらも開けて見る。中に入っていたのは契約書で、その内容にグランディアは目を見開いた。


  「…どういう事か」


  「これは、第四王子グランディア殿下に悪くはない条件です。いやむしろ、殿下はそれを、とても欲しているでしょう。右側ダナーに頼らねばならないほどに」


  「……」


  「ナイトグランド我々が、お手伝い致します」


  「手伝うだと? 命乞いの間違いではないのか?」


  ことり、とテーブルの上に置かれたのは、家紋が印された鎖に繋がれた四つの宝石。それを目にしたグランディアは、客に慇懃な笑顔を浮かべるナイトグランドの次男を睨み付ける。


  「我が家の家訓は実力で成果を上げること。生まれた順番は関係ない。私も、殿下と同じ立場なのです」

 

  家を継げる者は一人。その争いに、命を賭ける者たち。アーナスターは宝石を丁寧に敷布に包みしまうと、カタリと立ち上がり優雅に一礼する。


  「私は報酬を分かち合う事が、何より嫌いです。それだけ、ご記憶頂ければ幸いです」

 

  「見返りはなんだ?」


  「見返りなどは。昔々、祖先がグロードライト王国の建国に助力した我らナイトグランド。お陰で今があります。その時と同じく、王家に尽くしたいだけです」



 

 **




  ダナー大公領城下街サテラで行われた捜索。それによりサテラの象徴とされる大噴水広場には、女神とされる少女の存在がいると分かった。


  美しくもあり、可憐でもあり、妖艶でもあり、時には素朴でもある。


  証言者により印象が違う。だが共通としてあげられる特徴は、女神は孤児に声をかけ、彼らを救っているという点だった。


  「孤児を連れ去っていた者として考えられるのは、ケーブ・ロッドの養女であるフェアリーエルですね」


  手元の資料を読み上げるガレルヴェンに続いて、トライオンが立ち上がる。


  「フェアリーエルに関しては、巫女として境会アンセーマの比護下にあり、今の段階では本人を召喚することは出来ません」


  「…ケーブ・ロッドからは、これ以上何も出ないか?」


  「はい。ロッドの妻からも、同じ様な情報しか得られませんでした」


  ケーブ・ロッドが連れ去られ、養女が王都の学院寮に入ってから、ロッドの妻も屋敷から突然姿を消した。今は空き家となったロッド邸に集められた孤児たちは、別の施設へ移された。


  「今回の状況から、境会アンセーマが比護する者は、フェアリーエルに限られるという結果です」


  養父母が連れ去られても、境会に関心はない。


  「フェアリーエルが王都に移動してからは、サテラの広場で女神の目撃は全くありません」


  「…そいつは一般生徒スクラディアなんだよな? お前らは、どう見た?」


  メルヴィウスの問いにリリーと学院に通う護衛頭の四人、今はここに居ない二人に代わり、メイヴァーとエレクトが立ち上がる。


  「私とフィオラ、他数名の意見ですが、…その、フェアリーエル・クロスは、どことなく姫様に似ていると、そう思いました。ですが他に、姫様よりも、フィオラに似ていると言う者も数名」


  近寄りがたい美しさのリリーに対し、白髪に大きな碧の瞳のフィオラは、儚げで可憐な花の印象が強い。ダナー・ステイ一族内で、二人の外見を似ていると言う者はいない。


  「それは奇妙な意見だな。アストラ卿も、同じか?」


  グレインフェルドに問われたエレクトは、昨日確認したばかりのフェアリーエルの顔を思い浮かべる。


  「…確かに、私は何度確認しても、姫様に雰囲気は似てると思いました。パイオド卿は、姫様に見えたような気がしたが、よく見ると全然似てないと断言されています」


  それにメルヴィウスは頷いた。


  「やっぱりな。セセンテァは、俺と同じ魔除けを刻んでいる。間違いなく、フェアリーエル・クロスには、幻惑の術が使用されている」


  「リリエルは、そろそろ例の行事がある。クロスは庶民スクラディアならば無関係だが、境会アンセーマの関与する巫女が、幻惑の術を使用していると分かった今、絶対に関わらせるな」



 

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