21



  ダナー家の公女の編入により、学院内の右側ダナー左側アトワとの派閥の対立は、この日を境に悪化した。


  今まではお互い触れないように過ごしてきた彼らだが、リリーの存在により右側と呼ばれるダナー・ステイ一族は臨戦態勢となり、特に左側アトワに強い警戒を放っている。


  少し何かが触れあえば、殺傷沙汰に転じる緊張感。


  それを察した力の無い者たちは、常に距離を保ち恐怖に怯えている。


  その中で黒の氷姫と称されたリリーだけは、異様な落ち着きを払い、女王の様に君臨していた。


  「姫様、何かお探しですか?」


  通学が始まって暫くすると、リリーは常に何かを探し始めた。


  それは王族の女子生徒かと思えば、体格の大きい剣士の集団を目で追う。その二点に注目していた護衛のエレクトは、リリーの目的を確かめたかった。


  『番長……』


  「??」


  何度聞いても聞き取れない。靄のかかるリリーの独り言。だが直ぐに、リリーは「大丈夫よ」と答えをはぐらかした。



 **


 

  「聞こえなーい!」


  「?」


  教室の移動でエントランスに差し掛かると、螺旋階段の下で大きな声がした。


  「はっきり言いなさいよ」


  王族の制服グローディアに取り囲まれるのは、庶民を表す深緑色の制服スクラディア。長い黒髪に褐色の肌の生徒は、逃れられず背を丸めてその場に立ち竦んでいた。


  「……ぃてもらえ………か」


  「聞こえないって、言ってんだよ!!」


  王族の血筋が遠くても、王族と婚姻関係にある親族の子供でも、王族と関わりがあって認められれば紺色の制服グローディアを着用出来る。


  中には質の悪い者も居て、彼らはたびたび庶民の証である深緑色の制服スクラディアの者たちを、無作為に選んではからかうのだ。


  その場に初めて遭遇したリリーは、スッと蒼色の瞳を微笑みに歪めた。


  「このこを見て笑っているの?」


  螺旋階段から降ってきた声に、何者かと取り囲む生徒たちは仰ぎ見る。

 

  彼らは、黒色の制服ステディアの生徒、見た目に畏怖を与える者達の先頭に立つ少女に、あっと、出た声を気まずく飲み込んだ。


  「どの辺が面白いのかしら?」


  からかわれていた生徒と、それを笑っていた女子生徒の間に、微笑むリリーが進み出る。


  深緑色の制服スクラディアを上から下まで観察する。その様子を見た女子生徒は、リリーが自分と同じ様に、庶民に嫌悪を示したと思った。


  「ステイ公女様も思いませんか? なぜこの様なもの達が、我々と同じ学院に通う事が出来るのかと」

  「そうですよ。そもそも、貴族と同じ様に学べると思うことがおかしいのだ」


  無学無知、更に生まれた血筋を笑う。取り囲む者たちを見回したリリーは、皆と同じ様に笑い出すと貴族の生徒を指差した。


  「ふふ、フフフフフッ、あはははは! 面白いわね、貴方たちのお顔!」


  「!?」


  指を差された者は、何の事かと徐々に笑いが失せていく。漸く自分たちがリリーに笑われていると知って困惑し始めた。


  「鏡をご覧になったこと、ありますの? 貴方たちのお顔の方が、私は面白いわ。フフッ」


  「何を言うんですか!」


  「ふふ、集団で一人を取り囲み、人を虐めて笑う顔。…なんて醜くて面白いのかしら。…不細工ね」


  「!!」


  非の打ち所がない。美しいリリーに顔貌を貶されて、言い返せない者は怒りと恥ずかしさに顔を赤らめていく。それを見たリリーは、更にフフフッと吹き出した。


  「ああその顔、容姿を私に貶されて、今度は自分が被害者って顔なのかしら? でもね皆さま、よく考えてみて。複数で一人を取り囲み笑う。卑怯で哀れな加害者は、一体誰なのか」


  自分は王族の親戚だと言い返そうとしても、それが通用しない右側ダナーという大きな権力。更に背後に無言で控える黒制服ステディアの者たちに、誰一人反論出来る者は出ない。


  先頭で悪口を言っていた女子生徒に近づくと、リリーは顔を覗き込んで美しく笑った。


  「良かったわね、加害者になれて。うらやましいわ」


  蒼白になった女子生徒はその場から後退る。逃げる様に紺色の制服グローディアが離れて居なくなると、残された深緑色スクラディアの生徒を、リリーはくるりと振り返った。


  背の高い生徒だが、それを丸めて俯いている。

 

  「あなたにも原因があるのだわ。下を向いて笑われたのならば、もっと背筋を伸ばして、前を向いて歩いてみなさい」


  「!」


  ポンと背中を軽く叩かれた。それに金色の瞳は見開かれる。

 

  「そうすれば、私と朝の挨拶が出来るのよ。下を向いていては、気づかないでしょ?」


  覗き込んで来た大きな蒼い瞳。「しっかりね!」と、にっこり笑った美しい顔に赤面するが、今度は俯かず、黒制服ステディアに囲まれて歩き去ったリリーの背をじっと見つめていた。

 


 

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