22
学生食堂の二階テラス席の一角は、いつも
この場には、貴族専用テラスを使用する、
一般生徒と同じく食事を取る事は、リリーの強い希望だった。
給仕されるのではなく、自ら足を運びメニューを選ぶ。それを楽しんで行うリリーを、学院内で護衛の総指揮を取るセセンテァは、とても微笑ましく見ていた。
「好きな物だけを選べるなんて、良いことだと思いますわ」
「フィオラ、肉類ばかりを食べないで、半分は野菜も食べなさい」
妹の皿の中、片寄った食事に兄であるメイヴァーはため息を吐く。
ノース伯爵家の長女フィオラは、リリーより二つ下の十四歳になる。今回リリーに合わせて、計画よりも早めに編入となった。
「これが学生食堂の良いところなのよ」
言ったリリーの皿には、砂糖菓子と焼き菓子だけがしっかりと乗っている。それに更にため息を吐いたメイヴァーだが、隣でセセンテァが「大丈夫。これも次期様に報告してるから」と笑顔で言った事で、リリーは言い訳を始めた。
「朝と夜は、驚くほどに野菜が提出されるのよ。お昼くらい、いいじゃない。ね、フィオラ」
にっこり微笑み甘味を頬張った。それに従い、フィオラも肉だけを頬張った。
「はぁ……、?」
一人の生徒がこちらに近付いて来た。
一般の生徒は、教師の指示がない限り近寄ってはこれない。だがその者は、
昨日、
「……ぁの、」
顔を紅潮させ、言葉は吃り震えている。だがその違和感に、セセンテァは注視し、メイヴァーとエレクトは警戒に体勢を変えた。
「お名前は?」
リリーが問いかけると、更に顔は真っ赤に、息も絶え絶えになった。
「あ、…………ァ……、ピア……ドです、」
「!」
微かに聞こえた名に、三人は目線を合わせる。
(ナイトグランドギルドか)
少年は、アーナスター・ピアノ・ナイトグランドと名乗った。
大商会であるナイトグランドは、他国との貿易により大貴族よりも財をなす。そしてスクラローサ国内では、左右の大公家の支配下に無い、唯一の独立商会であった。
(アーナスターといえぱ、ナイトグランドの次男)
その界隈では、名を挙げる柱の一つ。それがリリーを直接訪ねて来たのだ。
「ピアン?」
はっきりと名を聞き取れなかったリリーが、再び問いかける。少年は言葉も出なく、今度は汗だくに俯いた。
「…………」
その様子を、じっくりと見つめるだけのリリー。
(はぁ……)
それを哀れに思い、助け船をだそうとしたセセンテァだったが、震える手は封筒をリリーへ差し出す。
「……あの、これ、」
「何かしら? …これは、招待状?」
瞳を輝かせたリリーを見て、アーナスターは内股で走り逃げた。
呆然とそれを見送ったリリーだが、ふとセセンテァを見上げると、手にした招待状を手柄の様に掲げる。
「ナイトグランドは名家です。お知り合いになられて、損は無いかと」
「むしろ
「昨日姫様が、あの者をお助けになったからですね。きっと大公閣下もお喜びになられますよ」
次々に護衛たちの賛辞があり、気を良くしたリリーは、慎重に封を開いて中身を確認する。
「本物の招待状ね…」
満面の笑顔を見せるリリーは、招待状を大切にしまい込むと、上機嫌で再び焼き菓子を口にしようと手を伸ばした。だが「あれ?」と、今度は窓の外に注目した。
中庭で仲間と談笑する生徒は、騎士の称号を持つ
(また……)
比較的体躯の大きな者たちを、リリーはいつも真剣に見定めている。その様子に、エレクトは今度こそ真相を聞き出そうと問いかけた。
「あの者に、何か?」
「エレクト様は、あの方のお名前は、ご存知かしら?」
「サイオス・カレン。エルドラード侯爵家の跡取りです。第六后の親族ですね」
「ふーーん…」
窓硝子に手を置き、いつになく真剣に男を見入る。その姿を訝しみエレクトは見ていたが、切なげなため息を吐いたリリーに驚いた。
サイオスは決して筋骨隆々ではないが、高身長で体格は大きい方だ。そして精悍な顔立ちで、品行方正だと評価されている。
(まさか、姫様は、あのような者が好みなのだろうか)
その考えに傷付いたエレクトだったが、サイオスから視線を外したリリーが、食堂に繋がる広場を目にして、身を不自然に固めた。
**
「エルストラ殿下、ご覧下さい。中庭に、サイオス様がいらっしゃいます」
「そうね」
サイオスは、エルストラの婚約者に内定したが、グランディアを想う本人は乗り気ではない。なので取り巻きの声かけにも興味が無かった。
「へー、あの方が王女様の婚約者なんですね。うらやましいー」
新たな取り巻きの一人は
庶民の生徒の中では、エルストラに不快感を与えない、小動物の様な可愛らしい姿をしている。
「あれ、でも婚約者さん、何か気になるのかな? 全然こっち見てくれませんね」
「え?」
仲間たちと談笑しているサイオスだが、目線は別の方向を見ている。その先を追って行くと、学院食堂には異質な黒の集団。
「あれは、」
見苦しくも
学院食堂にはそぐわない
「……」
「食事も済んだことだし、そろそろ移動するわ」
エルストラは、サイオスが公女を見つめる横顔を思い出す。
(グランディア様に言い寄りながら、今度はサイオスにまで…!)
黒の氷姫と呼ばれるダナー家の公女は、エルストラと目が合うと席を立ち、ゆっくりと近付いてくる。
「…?」
王女に挨拶もしない。冷たい蒼色の瞳はエルストラを一瞥すると、何も見なかった様に真横を通り過ぎた。
『あれって、リリーじゃない?』
新しい取り巻きが何かを口にしたが、エルストラは怒りでそれどころではなかった。
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