リリー15 (十六歳)



  なんとか教室までやって来た。必死すぎて記憶は飛び飛びなんだけど、私、自然に逃げてきた?


  内心では「ギャーー!!」って叫んで走って逃げたかったけど、悪役の威厳を損なわないように、自然に静かに逃げてきたつもり。


  でも、


  いつも主人公ヒロインと自分のバッドエンドを意識していたからか、なんかすごく、怖かった。


  初めて見た主人公の印象は、見た目はクラスに一人は居るよねってタイプ。美人でも不細工でもない、そんな感じの普通のタイプ。


  (たしか深緑だった…)


  黒でも白でも紺でもない。この学院に一番多い深緑。つまり一般生徒だ。


  ありえるよね。


  大体の主人公って、庶民生まれの庶民育ち。それが貴族の学校でチートなラッキーをゲットして、悪役をざまぁしてイケメンを何人落とせるか勝負する。


  悪役とはいえ我が家の強権力に護られて、最近まで都会にも出たことのなかった箱詰め田舎育ちの私。


  甘かった。


  ぼーっとしてた。


  (何のゲームだっけ、早く思い出さないと)


  どの金髪王子だった? それとも黒髪王子? いや待てよ、もしかするとあの赤髪王子のゲームかも…。白かも、青と緑は、王子じゃなかったかも。


  ピンク頭のキャラはここにはいない。だからあのゲームではない。


  まてよ、王子何処にいる?


  そうだよ、グーさん以外の王子って、今のところ見たこと無い。


  学年が違うのかな?


  学年を乗り越えて派閥作りをしているのは黒と白。王族が多い紺色は、目立ってバチバチしてないからあんまり意識してなかったけど、紺色のどれかは王太子なはず。


  (あとは二番目あたりが怪しいよね)


  絶対居るはずの王族の攻略キャラ。


  番長を探してる場合じゃなかった。


  そいつを確認して、絶対に絡まれないように細心の注意を張り巡らせるよ。



 **



  「え?」


  あれは、まさか!


  歴史の授業の教師の一人に、身に覚えのある顔を発見。


  「セオ!!」


  ふんわりとにっこり微笑んだのは、私がベビーの時からお世話になっていた係の人の一人。


  私の浅はかな木登りチャレンジにより、彼が転勤させられた事は何年か後で聞いたよ。


  幼児期の失敗を謝罪する。


  「そんなこと、お気になさらないで下さい」


  係の人は優しいままだった。ほっとした。



 **



  学食には行っていない。ほぼ教室と家を往復している。


  だからかな、主人公にはあれ以来会っていない。


  そして全然、なんの漫画かゲームとかも思い出せてない。


  主人公の名前はフェアリーエル・クロスというらしいが、少女少年含めてフェアリー系ってどのフェアリー漫画なのか、ゲーム名はなんなのかもやっぱり思い出せない。


  あったような、なかったような、


  むぉーん…てなってる。


  だって乙女ゲームの主人公って、どれもあんまり記憶に残ってない。回収してたのは男子の美麗スチルだけ。


  もしかして、ここにきて小説だったり?


  むぉーーーーん……。


  私の様子が変すぎて、黒色メンバーズや警護の人達もいつもと違う。そしてこっちに来てからはご飯時にしか現れない、二人の兄の様子もおかしい。


  パピーとマミーに私の管理を任されてしまった兄たたちは、こっちに来てからよりピリピリしている。なのでお友達のお家に遊びに行く許可は、上の兄が握っていたから説得が大変だったよ。


  でも、でも、ゲットしました外出許可を!


  今日は初めての王都でのお買い物。そして手土産片手にお友達のお家にお邪魔するの。


  最近までの、主人公ストレスが一気に緩和される。


  わくわくと乗り込む馬車の中。ドレスの懐に潜ませていたあれを確認。


  ーーチャリ。


  「うふふっ」


  久しぶりに再会出来た係の人セオさんと、授業で会うたびにけっこうお喋りしてる私。


  今回の初お出かけを話したら、手土産買って行けばとか、街の屋台が美味しいよとかいろいろと現在世のアドバイスをしてくれた。


  串焼き、フルーツ飴、焼きパン。


  けど私はお金を持ってないから串焼きは買えないねって悲しいことを言ったら、警備員たちには内緒ねって、こっそりお小遣いをくれたの。


  ダナーの地元でも結局出来なかった街でのお買い物、大都会でしちゃう?


  警備の目を盗んで、出店でつぶつぶがいっぱいのフルーツ飴買おうと思ってる。


  さっき子供が持ってるの、窓から見てたフルーツ飴。


  きっと警備の皆はびっくりするよね。「これ下さい」サッてお支払いしたら、お前、小銭持ってたの? って、誰が私に与えたのか大騒ぎするはず。


  (…………マミーから貰ってたって、嘘つこう)


  もちろん私は悪役なので、嘘をつくことに良心を痛めたりはしない。生活環境を整えるためには、適材適所に嘘をつくのよ。


  周りに迷惑はかけられないからね。


  そうこう計画していたら、馬車は賑やかな大通りに到着した。



 

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