16



  鏡に興味津々の幼児のように、硝子窓に映る姿に格好つけて微笑んだ。手を腰にあて微笑み、顎を少し上げてはまた笑う。


  「……」


  満足がいかなかったのか、今度は下から上に顔を上げると、とても悪い顔をして睨みをきかせる。


  「……」


  それを壁際で見ていたローデルートは、ゆくゆくは直属の上官となるグレインフェルドに報告しようと、リリーの一部始終を観察していた。


  「……」


  鏡のように磨かれた窓硝子に、あれこれと姿を変える。そして何かを決意した様に握りこぶしを握ると、空気の漏れる音がした。


  「……」

  「…!」


  振り返ったリリーが、ローデルートの様子を窺う。そして愛想笑いに笑顔を作った。それに微笑んで返したが、内心では、これを報告するべきか考え始めた。


  (何か、聞いてはいけない音を聞いたような…)


  見るとリリーは、硝子越しにローデルートを見つめていた。何かを思い詰める様に、真摯に見つめ続けている。


  (分かりました。これは報告しません)


  グランの最終擁護官と呼ばれる家門にかけて、リリーの秘密を守ろうと誓ったローデルートだが、握りこぶしを再び握ったリリーから、また秘密の音が漏れ聞こえた。



 

 **




  翌日、リリーは朝から図書室に入り浸り、分かりやすく学院に関する本ばかり読んでいた。


  この件に関しては、手助けしてはいけないと会議で決定されたため、セセンテァも心を鬼にして見て見ぬふりを続けている。


  (こんな所に、入学資料なんて無いのになぁー)


  学院の建築様式や創設理由。だが数多くの書物には、リリーが望んでいる項目は何処にもない。


  入学に関しては、王か後見人が許可の権利を握っている。スクラローサ王立学院に個人が入学したいと願っても、必ず後ろ楯が必要となっているのだ。


  「ふぅ、」


  長い時を過ごしてから、しょんぼりと分厚い学院の歴史書を閉じる。そして見るからに落ち込んで自室を目指したリリーに、いつもは冷やかすセセンテァは言葉をかけなかった。


  「お嬢様、お手紙が届いております」


  自室に着くと、待機していた侍女が手紙を差し出した。特別な王家の紋で封じられた手紙は、受け取った本人しか開封を許されない。


  「もう来たの?早くない?」


  リリーと同じく、間をあけずに届いた第四王子からの手紙に驚き、セセンテァはそれを嫌悪に見た。


  「ん…? 悪役っぽいけど、なんかしっくりこないよね…」


  腑に落ちない。そんなリリーの表情はグランディアからの手紙を喜んでいる様子はない。それにセセンテァは安堵したが、業務命令を冷酷にリリーに告げた。


  「大公閣下に内容をご報告します。こちらに」


  差し出された長い腕。


  中身を全て読んだリリーは、少し離れて待機するセセンテァを確認すると、暖炉の傍で立ち止まる。


  「…………えいっ!」


  「あっ、」


  放られた用紙は、一気に火の中で黒くなり、パキパキと爆ぜ始めた。


  「たいした内容じゃなかったわよ。前と同じ。学院に行かないのかって。そんな内容よ」


  「姫様、」


  「私宛のお手紙がテーブルの真ん中に広げられて、お父様とお母様とお兄様たちに囲まれて、深刻な話し合いは嫌なの」


  「…はぁ、」


  「あ、そうだ」


  リリーは閃いたと机に向かうと、用紙を広げて準備を始める。


  「何をするのですか? …まさか」


  「久しぶりに、お返事するのよ」


  「姫様、第四王子とは、王族とは関わり合わない方がいいですよ。ろくな事はありません。姫様が嫌っている事も国民に伝わってますので、そのうち婚約も破棄されるでしょう」


  「大丈夫なの。グランディア様は四番目だから」


  「?」


  意味が分からず溜め息を吐いたセセンテァは、再びリリーに釘を刺した。


  「それも閣下に報告しなければなりませんが。いいんですか?」


  厳しさというよりも、悲しさを含んだセセンテァの問いかけ。だがリリーはそれに強く頷いた。


  「いいわよ。どうして私にお手紙するのか、内容を教えてねって。それだけだもの」


  検閲に中身を確かめると、確かにそれだけが記されていた。だが気遣いとしてリリーが行う、自慢の花壇の贈り物。それが同封されていたことに、セセンテァは苛立った。




 **




  「無い」


  いつも同封されていた珍しい青い花が入っていなかった。更に素っ気なく短い文面を見て、グランディアは考えた。


  (少し前から、ラナンからの連絡も途絶えた)


  部下の死を想定内に進めた策略だったが、自分の人選の甘さに苛立ちを覚える。


  再びリリーの短い文面に目を落としたグランディアは、「検閲が厳しくなったのか」と呟いた。


  「殿下? いかがなさいましたか?」


  「いや、独り言だ」


  折り畳まれた用紙をしまう。貴賓が使用する特別寮の一室から見下ろしたのは、同年代のもの達が通う巨大な学舎。興味がなさそうにそれを見ていたグランディアは、リリーと同じ、黒髪の少女が通り過ぎるのを目で追った。


  (ならばこちらにも、考えはあるけどね)



 

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