ワンライ保管庫
@9pm
権力、タイムマシン、満員電車
電車がターミナル駅に着くと、乗客達はよーいドンの号令があったみたいに一斉に飛び出していった。ほんの一時だけの解放感に息を吐く。残念ながら近くの席が空かなかったので立ったまま。吊り革を掴み直して、立ち位置を少し直すだけに留まる。すぐにまた人が大勢乗り込んできて、車両の中はあっという間にすし詰めになる。
ずっとこんな感じ。環状線なので、終着駅に近付くにつれて人が減るだとかいうことがなく、駅ごとに乗降客数の違いはそりゃああるのだろうけど、絶えず人を乗せて下ろして、その繰り返し。今の時間、ループする路線のどこを切り取っても満員電車だ。出発点や目的地が違おうが、みんな同じ。
それでも輪っかの半分を移動するのはしんどい。どうして環状の真ん中を突っ切る路線がないのだろう。いや、あるのだけど、自分の自宅と職場の間にはない。串刺しの団子を横から眺めてるような状態。そこにもう一本串を刺そうとは思わないのだろうか。実際には団子じゃないから刺せばいいと思うけど。自分に何がしか権力があって、鉄道敷設に対する強い発言力があったなら、絶対に貫通させるけれども。でも、そうじゃない。
手持ち無沙汰に車両の中にあるモニタを見る。もうずいぶん前に新型車両に変わってから、中吊り広告が消えて代わりにニュースやCMの流れるモニタが埋め込まれている。ゴルフのなんとか選手がマスターズ二連覇。どっかの県が豪雨災害。音は流れないので、写真と簡潔な文章だけが映し出されていく。
そこに何かふっと気持ちを惹きつけるものがあった気がした。先に単語だけ頭に入ってきて、後から文章でじわじわと理解する。新路線を開発。A駅からB駅の間。自分の乗り換え駅と一致する。
だけど喜びかけた気持ちはすぐにしぼむ。完成予定日を見れば十年後の日付だったから。逆に向こう十年はその路線がない状態が確約されたようなもの。
十年が一日に圧縮されないだろうか。タイムマシンみたいに、時間を飛び越えて新路線に乗り通勤する空想をしてみる。朝、今よりもゆっくりと仕度をして家を出て、車両の混雑だって今よりましで、車窓からの景色も今とは違って、そんな風にのんびりと会社に向かう。でも行き先は今と同じ。
そもそも十年後も自分は同じ会社に勤めているだろうか? 今の仕事に不満があるわけじゃない。いや、通勤の不便さは不満のうちか。でも仕事内容はすっかり覚えて慣れているし、人間関係も特に問題はなくて、お給料も高くはないけど生活はできていて、なら辞める理由はない。ないと思う。本当に?
電車はまた次の駅に近付いて、モニタにアナウンスが表示される。周囲の人が何人かそわそわと動き出す。空きそうな座席を探すために、考え事は打ち切る。
ずっとこんな感じ。同じ場所を回り続ける環状線のレールから外れることはできないまま、今日も自分は満員電車に揺られる。
タイムマシンが開発されるよりも、新路線が完成する方がきっとずっと早い。
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