君を救うために、何度でも

かんた

第1話

 彼女が死んだ。

 俺の目の前で、信号を無視した車に引きずられていった。

 即死だったらしい。

 俺は、呆然とするだけで何も出来ずに、ただ彼女の亡骸となってしまったものを見ているだけだった。

 両目からは涙が止まることなく流れ続けていたが、そんなこと気にもならなかった。



 気が付くと、君は既に火葬場で焼かれていて、そこでようやく現実に戻って来たのか、俺は人目も憚らずに泣き始めてしまった。

 そして混乱した頭のまま、彼女ともう会えないという事を信じたくなくて、暴れ始めていた。

 周囲にいた人達に抑えられながらもしばらく暴れていたが、数日眠れていなかったことが引きずっていたのか、プツン、と気を失ってしまった。



 目が覚めると、俺は一人でどこかのベッドの上で横たわっていた。

 暴れていた時に身体を痛めていたのか、至る所がずきずきと痛んでいたが、気にすることなくフラフラとベッドから起き出し、彼女の元へと向かおうとしたその時だった。


「どこに行くんだい? もう愛しの彼女も居ないっていうのに」


 少年に声を掛けられた。

 それまで自分しかいないと思っていた部屋の中に、知らない少年がいた。

 とはいえ、見知らぬ人間がいるからなんだというのだ、早く彼女に会いに行かなければ、そんな気持ちに襲われて部屋から出ようとすると、少年は再び口を開いた。


「無駄だよ、彼女はもう死んだんだから。君の目の前で、車に轢かれて死んだんだよ」


 うるさい


「君は何も出来ずに、目の前で肉塊になる彼女を眺めていくだけだったね」


 うるさい


「二度と彼女に会うことは出来ません。残念でしたー!」


「うるさい!」


 怒りをあらわに、声を荒げて睨みつける俺を、少年はニヤニヤとしながら見てきていた。


「フフフ、ようやくこっちを見たね」


 そして俺の方へと近づいてくると、俺を見上げるようにしながら囁いた。


 また、生きた彼女に会えるとしたら、どうする?


 ……きっと、俺はポカンとした、間抜けな顔をしていたんだと思う。





「ねえ、聞いてる?」


 声を掛けられてそちらを振り向くと、元気な姿の、不機嫌そうな顔をした彼女がそこに居た。

 彼女の姿を見て、涙が滲んで顔が歪んでいくのが分かったが、どうにも出来ずに湧き上がる気持ちのまま彼女を力強く抱きしめた。


「ちょっと!? ……もう、どうしたのよ、いきなり」


 いきなり抱き着かれて動揺していたが、俺が震えているのを気付いたのか落ち着けるように優しい声色で、俺を抱き返しながら落ち着くのを待ってくれた。

 本当にまた彼女と会えるなんて、は本物だったのか、と思いながら、彼女を抱きしめ続けた。




「どうしても会いたいというのなら、その願い、叶えてあげよう」


「その代償として、君の記憶を貰っていくよ」


「つまり、戻れば戻るほどに君はこれまで会って来た人たちのことを忘れていく」


「最後には、彼女のことも忘れるだろうけどね」


「さて、どうする?」


 悪魔的に笑う少年に、俺は頷いていた。

 彼女のことを忘れてしまう前に彼女を救ってしまえばいいのだ、この口ぶりなら何度も戻してくれるようだから、と。


 この時は、この決断がどのような結末を生むのかも知らずに。


 そして世界が歪んでいった。




「落ち着いた? 全く、いきなりどうしたのよ」


「いや、なんか……変な夢見た気がして」


 しばらくしてようやく落ち着いたところで、少し彼女と話しながら町を歩いていた。

 もともとの予定で、今日は少し買い物に出かけるつもりだったので、あまり遅くなってしまってはいけないと思い家から出て来て、少し目が赤いまま町を歩いていた。


「怖い夢見たからって、あんなに泣くなんて、可愛いところもあるじゃん」


 思い出して少し笑いながらそういう彼女に、恥ずかしい気になりながらも、横で笑ってくれている彼女に微笑み返していた。

 本当にまた彼女とこうしていられることが、とてつもなく嬉しかった。



 ガシャン!


 大きな音がして、いやな予感がした俺は、少し離れていた彼女を探した。

 今、俺たちがいた場所は、あの時の、彼女が死んだときの場所だ、と気が付いた時にはもう遅かった。


 キキィィィィ!


 暴走した車が彼女に向かって走ってきて、俺は気が付いた時には走り出していた。

 しかし、彼女の元へと間に合うことは無く、俺の目の前で彼女は車に弾き飛ばされていた。


「あああぁぁぁあぁぁあぁぁぁ!!」


 また、俺は目の前で彼女を死なせてしまった。

 何故、危険なことを知っているのにあの時と同じ行動をとってしまったのか、自分の愚かさに吐き気がする。


『ふふ、まだやるかい?』


 そして唐突に聞こえて来たあの少年の声に、間髪入れずに俺は応えていたのだった。

 そして世界が歪む。




「なあ、今日はちょっと別のところに行かないか? いつも同じ所じゃ飽きるだろ?」


 また彼女の元へと戻って来た俺は、早速同じことにならないように動き始めた。

 彼女は不思議そうにしてはいたものの、特に否定することなく彼女の死ぬ場所へと向かわないことになった。

 これで彼女が死ぬことはない、と一安心した俺は、もう二度と彼女の手を離さないとでも言うかのようにしっかりと手を繋いで家を出た。


「ここ、ちょっと前から工事してるけど、一体何が出来るんだろうね?」


 何か建物、ビルだろうか、を工事中の道を歩きながら、彼女が言う。

 確かに気にしたことが無かったと思い上を見上げた時、それは目に入った。


 空から、工事中に何かが緩んでしまっていたのか鉄筋の束が落ちてきていた。

 危ない、と思ったのか、声を出せたのかは分からなかったが、その時には彼女の手を握って走り出していた。

 しかし、どうしてもあと少し、というところで二人を影が覆った。

 もう無理だ、と彼女を突き飛ばした瞬間、俺は空から降って来た鉄筋に押しつぶされて、意識を失った。




 目を覚ますと、また彼女といた。

 彼女が生きていたことに安堵しつつも、自分の死んでいく感覚に体中から冷たい汗が溢れ出した。


 ……もしかして、どうしようとも彼女は死の危機に襲われるのだろうか、運命とやらの力が働いているのだろうか。

 分からない、分からないが一つだけ、心に強く生まれた感情があった。


 フザケルナ!

 折角彼女の為に戻ってきたのだ、彼女を死なせるなんて許せるか!

 何が何でも、二人で生き延びてやる!


 そう決意したのは良いが、あと何回戻って来れるのかも分からない、戻って来れてももしかしたら次の時には彼女のことを忘れているのかもしれない。

 既に、どれだけのことを忘れたのかも、忘れてしまっているが故に分からないのだ。

 ならば、今回で必ず生き延びてやる、そう決意した。




 また彼女が死んだ。

 戻って来た。


 彼女を助けようとした俺が死んだ。

 戻って来た。


 彼女を助けようとして、間に合わずに二人とも死んだ。

 戻ってきた。


 死んだ、戻った、死んだ、戻った、死んだ、戻った、死んだ戻った死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ…………。







 ……もう、俺の中には彼女の事しか残っていない。

 誰かを思い出そうとしても頭に靄がかかったかのようで何も出てこない。

 親というものがある、という常識はあるのに、生んでくれた、育ててくれてきたはずの両親の顔も、声も、名前すらも出てこなくなってしまった。


 きっと、次には彼女のことも忘れてしまうのかもしれない。

 ……これでだめなら、もう俺には何も残らない、そのまま死んでしまいたいとすら思える。

 それでも、家の中にいたところで死ぬのは既に経験済みだから、どこかに出るしかない。

 家の中に居たら、どうしようもなく確実に死んでしまうのだから。


 とはいえ、家から出て何をしたらいいのだろう。

 出て来たのは良いのだが、どこに行っても彼女は、あるいは俺も死ぬのだから。

 ならせめて、彼女が一番死ぬことが少なかった、俺が最もよく死んだ場所に行こう。

 それなら、彼女には生きていて欲しいから。


 そう決めて、俺は彼女と山へと向かうことにした。

 買い物に行かなければ、という彼女を説き伏せて、今日だけは予定もしていなかったけれど天体観測をすることにして車で山へと走り出した。




 ……山頂に到着するまで何も無く、少し拍子抜けしたが、まだ危険はあるだろうと警戒は解かずに二人で、ブルーシートを敷いた上へと寝転がった。

 いつの間にかかなり時間が経っていて、既に辺りは暗くなり始めて星も見え始めていた。


「……綺麗だな」


 思わず呟いた俺に、彼女も同意するように夢中で空を見つめていた。




「そろそろ帰りましょうか」


 長い時間、そうして二人で空を眺めていたが、特に何も起きずについに日が変わりそうな時間になってきた。


「……そうだね」


 不思議だとなりながらも、車に乗り込もうとしたところで、あの少年の声が聞こえて来た。


『おめでとう! 君は運命を書き換えた! 面白いものを見せてもらったよ』


 その言葉を聞き、少し理解するのに時間がかかったが実感が湧いてくると目から涙があふれ始めていた。


 そうか、ついに彼女を救うことが出来たのか……

 そう思うと、何度も繰り返した今日という日が、何度も繰り返した、彼女を失う痛みが報われた気がした。




 そして、すっきりした気持ちで車に乗り込もうとしたその時、



「ちょっ、と待ってくれよ! もういいよ、終わったんだから戻らなくていい! 戻りたくないんだ、彼女を忘れてしまう!? 頼む、もう戻さないでくれ!」


 これまで何度も戻ったことで理解してしまった、戻る合図である世界のゆがみを感じて、俺は発狂するかのように叫び始めた。

 もう、これ以上は戻らなくていいのだ、彼女は救えたのだから。

 そう叫んでも世界は歪み続けていく。


 そして……。








 目が覚めると、目の前には知らない女性がいた。

 二人っきりの部屋で、何故見知らぬ人と居るのだろうか。

 俺は、何をするために戻って来たんだっけ?





 ……いや、そもそも、俺って、誰?







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『フフフフフ、久しぶりに面白い玩具だったなぁ♪ 次は何で遊ぼうかな?』


 そうして、少年は無邪気な顔で笑うのだった。

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