悪いお師匠と少年

長安から流れ着いた赤ん坊は法明和尚に引き取られた。


そして、赤ん坊は"陳 江流(チン コウリュウ)"と名付けられた。


名前の由来はシエ流から流れて来た事から取られた。


ちなみに、赤ん坊に名前を付けたのは法明和尚である。


こうして、陳 江流は金山寺で暮らす事になった。



長安


法明和尚は江流の親について調べる為、長安を訪れた法明和尚は、街人達に聞いて回っていた。


街人達は皆口を揃えて「妖に殺された。」と言った。


「光蕊と温嬌はとても仲睦まじい夫婦だった。人に悪まれるような事は絶対にない。」


出店売りのお婆さんはそう言って湯気の立つ鍋をかき混ぜていた。


法明和尚はお婆さんに渡されたスープを啜った。


そして、閉まっておいた煙管を取り出し咥えた。


お婆さんは法衣を着た法明和尚が煙管を吸っている姿を見て驚いていた。


「アンタ、坊さんなのに煙管なんて吸うのかい!!」


「そりゃあ…、吸うよねぇー。俺さ腕は良いから吸ってても何にもお咎めがないの。」


「はぁー。そう言うもんかね。」


「そんな話より。妖に殺されたって聞いたけど?」


「あぁ。光蕊と温嬌が妖に追い掛けられてるのを見たって言うのが沢山いたんだよ。」


法明和尚は黙ってお婆さんの話を聞いていた。


「それで、妖に殺された…と。」


法明和尚が煙を吐きながら呟くと、お婆さんは続け

て口を開いた。


「それがねぇー。光蕊と温嬌の死体が見つかっていないんだよ。だけど、他の死体も無くなっているんだよ。」


「死体が無くなる?それはどう言う事だ?」


「そんな事は分からないさ!だけどね、そう言う事が色んな街で起きてるって事さ。」


法明和尚はある1つの考えに辿り着いていた。


 (妖が人間の死体を持ち去っている。)


そう考え付いた法明和尚は、何か良くない事が起きているのだと悟った。


「妖達が出て来るなんて…。この中国も大丈夫かねー。」


お婆さんはそう言って大根の皮を剥いていた。


「話してくれて助かったよ。ご馳走さん。」


法明和尚は数枚の金貨をお婆さんに渡して出店を後にした。


「これじゃあ…、江流に話せれないな…。」


そう呟いた法明和尚は江流に両親の死を言わないと誓い長安を後にした。


金山寺に戻って来た法明和尚は水元にだけ長安で起きている事を話した。


「まさか…。長安でそんな事が起きているとは…。」


「妖怪達が人間の死体を使って何か企んでいる可能性が高い。その被害を受けたのが江流の両親と言う事だ。」


法明和尚は江流を抱き上げながら水元に話した。


「我々も調べた方が良さそうですね…。」


「そうだな。俺はこの事を江流には言わないつもりだ。」


「…。そうですね。その方が宜しいかと…。」


「この子に辛い思いをさせたくないからな。」


スヤスヤと心地良さそうに眠る江流の頬を法明和尚は優しく撫でた。


時は流れ、赤ん坊だった江流は七歳になった。


江流は法明和尚の若い頃と容姿が似ていた。


艶やかな黒い髪に、色白な肌。黒の中に青色が混じり合った瞳が良く映えた。


江流には容姿だけではなく、頭脳もその他の才能さえも備えていた。


他の弟子達よりも早く、法明和尚の付き人として各地を巡っていた。


江流は自分の両親について考えるようになった。


法明和尚から詳しい話を聞かされずにいた。


江流はその事に対して疑問を持っていた。




陳 江流 七歳


「ふわぁぁぁ…。」


俺は箒を片手に大きな欠伸を出した。


俺と同じ僧衣を着た数人の人達が金山寺の周りを箒を使って枯葉を集めていた。


「真面目だなー。」


「真面目じゃないのは貴方だけですよ江流。」


振り返ると腕を組んで立っている水元の姿があった。


「何だよ水元。」


俺が物心付いた時から俺の世話をしてくれたのが水元とお師匠だった。


それと、水元は俺の事をよく叱ってくる。


「全く、ちゃんと掃除をしなさい。皆はちゃんと掃除をしていますよ?」


水元はそう言って周りを見渡した。


「別に俺がいなくても綺麗になってんじゃん。」


「また、そう言う事を言う…。」


俺はブツブツと小言を言う水元を背にしその場を後にした。


人気のない場所に移動し、ポケットから煙管を取り出した。


お師匠の真似をして煙管が吸える用意をしてから口に咥えた。


スゥーッと大きく煙を吸ってからゆっくり息を吐く。


「ふぅ…。」


「こら江流。また吸ったのか。」


「っ!?」


ボーッとしながら煙管を吸っていると不意に背後から声を掛けてられた。


俺は驚きながら振り返ると、後ろに立っていたのはお師匠だった。


「お、お師匠?どうしてここに…?」


「さぁーね。」


お師匠はそう言って俺の横に腰を下ろしてから煙管を咥えた。


「ふぅ…。」


お師匠は煙管を美味しそうに吸う。


坊さんが煙管なんて吸ってるのは可笑しいってお師匠を見ながら陰口を言う奴等は沢山いる。


だけど、お師匠は沢山の妖を一瞬で退治してしまう程の凄腕だ。


あんなに恐ろしい妖を怖がらずに退治してしまうお師匠はカッコイイと思う。


だからお師匠は煙管を吸っても、耳にピアスを開けても、頭を坊主にしなくても許されるんだ。


そんなお師匠は俺の憧れで、こうやって煙管を吸ったのだってお師匠の真似だ。


「お師匠は怒らないんだな。」


「何を?江流が煙管を吸った事か?」


「うん。」


「俺の真似してんだろ?なら、怒らないよ。」


お師匠は俺の事を良く分かっていると思う。


お師匠の真似をして煙管を吸っても、掃除をしなく

ても、お師匠は怒らない。


だけど、俺がどうしてここに来たのかとか、両親の事を聞くと怖い顔をする。


これ以上は聞いてくるなって言われているような気がする。


俺とお師匠は似ているのに血が繋がっていない。


両親はどうして俺を金山寺に捨てた?


両親はどうして俺を産んだの?


捨てるくらいなら産まなきゃ良かったのに。


俺の頭の中でグルグルと同じ言葉が回る。


「江流。」


そう言ってお師匠は俺の目の前に一冊の本を出して来た。


「これは?」


「江流にお土産。」


そう言ってお師匠は俺に本を渡して来た。


本の表紙には[ 猿の王の名は美猿王 ]と書かれていた。


「美猿王?猿の王…って。」


「何百年も前に大妖怪の牛魔王と兄弟盃を交わした猿の王の話だよ。今の江流と美猿王が似てると思って買って来たんだ。」


「俺と?」


「読んでみなさい。」


「う、うん…。」


俺は渋々お師匠から本を受け取った。


その日の夜、就寝時間で皆が寝静まった頃、部屋から抜け出し人が来ない廊下の隅で蝋燭の火を灯しながら本を開いた。


煙管を片手に一枚ずつゆっくり開く。


俺は一瞬で美猿王の世界にのめり込んでしまった。


周りが明るくなって来た事にも気付かない程に読み

込んでいた。


トントンッ。

誰かに肩を叩かれてようやく現実の世界に戻って来れた。


「今、良い所なんだよ。」


「おい江流。もう朝だぞ?」


ん?


朝…?


俺は勢いよく後ろに振り返るとそこにいたのはお師匠だった。


「え、お、お師匠!?ってもう朝!?」


周りを見渡すともうすっかり朝になっていた。


「もしかして…、夜通しその本を読んでたのか?」


「あ、あぁ。いつの間にか朝になってた…。」


「そうか。それにしてもお前が寝ずに何かにのめり込むなんて珍しいな。そんなにその本は面白かったか?」


お師匠にそう言われて俺は本を見つめた。


美猿王の人生に共感する部分はある。


だからだろうか、美猿王の世界観に入り込んでしまったのは…。


お師匠がどうして俺にこの本を渡したのか、今なら分かる気がする。


「美猿王は今でも封印されてるの?」


俺がそう言うとお師匠は俺の隣に腰を下ろした。


そしていつものように煙管を咥えた。


「その話が本当なら今も封印されてるだろうな。」


「お師匠は神に仕える者達だろ?」


「神のお声を聞き、神の導きに従いなさい。それが本来の、神に仕える者の姿だろうな。」


俺は本に視線を落とした。


「悪い奴もいれば良い奴もいる。人間と同じかもしれないな。」


お師匠はそう言って遠くを見つめた。


じゃあ…。


俺を捨てた両親は?


「ねぇ…お師匠。俺の両親は悪なのかな?」


俺がそう言うとお師匠は一瞬だけ驚いた顔をした。


そしてまたいつもと同じ穏やかな顔付きになった。


「悪じゃないよ。お前を置いていったのだって何か事情があるからだ。」


お師匠はそう言ってから立ち上がり、俺の手を引っ張った。


「わっ!?」


「さ、朝飯の時間だ。」


お師匠は俺の手を引きながら廊下を歩き出した。




牛魔王邸ー


牛魔王はゆっくりと地下室に繋がる階段を降りていた。


ジッ、ジジジジジッ!!


暗い地下室に機械音が響き渡っていた。


飛び散る火の粉と蝋燭の火が地下室を灯していた。

顔が見えない男は無我夢中になりながら、何かを作っていた。


「捗(はかど)ってるー?」


牛魔王は男に声を掛けた。


顔が見えない男は振り返りに牛魔王に微笑み掛けた。


「あぁ、かなり順調だ。牛魔王が人間の死体を持って来てくれてるおかげで出来そうだ。」


そう言って顔が見えない男は地下室の電気を付けた。


地下室には沢山の妖の死骸と人間の死体がカプセル型の水槽に1人ずつ入っていた。


暗くて顔が見えなかった男の正体は毘沙門天であった。


毘沙門天は数年前から牛魔王邸の地下室を実験室に改造をし、牛魔王邸に入り浸っていた。


その中に江流の母である温嬌の死体もカプセル型の水槽の中で眠っていた。


「何体作るつもりなの?」


「数は決めていないが、実験が必要だ。その結果次第だな。」


「ふーん。」


「それより、この女の赤ん坊の行方は分かったの

か?早く金蝉(コンゼン)の生まれ変わりを殺さないと…。」


そう言って毘沙門天は温嬌が入っているカプセル型の水槽を軽く叩いた。


毘沙門天と牛魔王は金蝉の生まれ変わりである赤ん坊の行方を探していた。


何故かと言うと、金蝉と孫悟空に強い縁が結び付いてしまったからだ。


「天蓬(テンポウ)と捲簾(ケンレン)を天界から追い出したのに…。」


毘沙門天はそう言って爪を噛んだ。


( 孫悟空が封印されてから、天界では色々な事が起きていた。

天蓬元帥と捲簾大将は天界から追放され、金蝉は暗殺されていた。

だが、この3つの出来事を裏で仕組んだのが毘沙門天である。

いずれ出て来る孫悟空に接触させないようする為だった。 )


「金蝉の生まれ変わりは金山寺にいるぜ。」


牛魔王の言葉に毘沙門天は驚いた顔を見せた。


「なっ…んだと?法明和尚の元にいるのか!?」


「そうらしいぜ?それに、俺の事を嗅ぎ回ってるみたいだしな。」


牛魔王は法明和尚が自分の事を調べる為に長安に訪れていた事を知っていた。


牛魔王は長安に自分の手下の妖怪を何人か置いていた。


手下の妖怪達が長安で法明和尚の姿を見つけ、牛魔王の事を調べていると報告を受けていたのだ。


須菩提祖師と同レベルの力を持っている法明和尚の事を毘沙門天は警戒していた。


「なら、早く金蝉を殺しに!!」


「まぁまぁ、焦るなよ毘沙門天。焦ると空回りするだろお前。」


「っ…。」


牛魔王に痛い所を突かれた毘沙門天は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ただ殺すだけじゃ駄目だ。殺すなら徹底的にやらないと意味がないだろ?」


牛魔王がそう言うと、毘沙門天はハッとした表情を浮かべた。


再び毘沙門天は作業に戻った。


ジ、ジジジジジッ!!!


地下室に再び機械の音が響き渡る。


毘沙門天と牛魔王の姿を後ろから哪吒太子(ナタクタイシ)がジッと見つめていた。

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