第弐幕 出会いそして旅へ
川に流された赤ん坊
時は流れ下界 唐時代 長安 (中国の首都)
ザァァァァア!!!
「はぁ…、はぁ…。」
男と赤ん坊を抱いた女は険しい雨の中、走っていた。
女の息遣いは荒く、赤ん坊には雨に濡れないように布を巻いていた。
バタバタバタバタッ!!
武器を持った数人の賊達が男と女の後を追う。
男と女は近くにあったボロ家に逃げ込み、賊達は男と女の姿を見失った。
「どこ行きやがったアイツ等!!」
「まだ、近くにいる筈だ!!探し出せ!!」
「アイツ等の首には高額な懸賞金があるんだ!!」
そう言って賊達は乱暴な足音立てながら、ボロ家の
前を素通りして行った。
賊達に追われている男の名は光蕊(コウズイ)、女の名は温嬌(オンキョウ)。
2人はこの長安ではかなり裕福な育ちであり、2人の出会いはお見合いでありながらも恋愛結婚をした。
ごく普通の当たり前の生活をしていた矢先に、2人は追われる立場になってしまった。
雨で濡れた体をカタカタと振るわせる温嬌の肩に光蕊は優しく触れた。!
「温嬌。この子を連れて先に逃げなさい。」
「嫌よ!!貴方を置いて行くなんて嫌よ!!」
温嬌の目から大粒の涙が流れた。
光蕊はすぐ側に立て掛けてある鎌を手に取とり、温嬌に語り掛けた。
「お前までここにいたらこの子は誰が育てる?」
スゥッと小さな寝息を立てる赤ん坊の頬を撫でた。
「だけど…、貴方も一緒にいないと駄目よ…。お願いだから、行かないで光蕊様…。」
温嬌は泣きながら光蕊に抱き付いた。
光蕊は、温嬌と寝ている赤ん坊を抱き締めた。
ダダダダダダダッ!!
「「っ!!」」
家の外から再び乱暴な足音がした。
足音に反応した光蕊は、直ぐに温嬌を裏口から出そうとした。
「光蕊様!!!」
「愛しているよ温嬌。」
光蕊はそう言って温嬌の体を押した。
バンッ!!
扉を乱暴に開けて来た賊達は家の中を見渡した。
光蕊しかいなかった。
「お前、女と赤ん坊はどうした?」
賊の1人が光蕊に話し掛けた。
光蕊は鎌を強く握り締め、賊達を睨み付けた。
「妻と子供は渡さない!!!」
そう言った光蕊は賊達に向かって鎌を振り下ろした。
グチャァァァァァ…。
部屋の中に嫌な音が響いた。
ダダダダダダダッ!!
「はぁ…、ゔっ…。うぅぅ。」
温嬌は泣きながら走っていた。
「うー。」
「っ!!」
眠っていた赤ん坊が目を覚まし温嬌を見つめた。
温嬌は足を止め、赤ん坊を見つめた。
「貴方だけは…、守ってみせる。光蕊様が私に残してくれた宝物だから。」
「光蕊様ってコレの事?」
温嬌の後ろから男の声がした。
温嬌は恐る恐る振り返った。
そこに立っていたのは、賊達を引き連れた緑髪の男。
その男の雰囲気は恐ろしかった。
「牛魔王様が出向く必要はないですよ!!」
「牛魔王…?牛魔王って妖の!?」
賊の1人が緑髪の男を牛魔王と呼んだ事に温嬌は反応し、声を出した。
賊達の姿が人の容姿から化け物の容姿に変わってい
った。
温嬌は賊達は人の姿に化け、追い掛けていたのだと、化け物の姿を見て悟った。
温嬌は牛魔王の右手に視線を向けた。
牛魔王は温嬌の視線に気付くと、持っていた物を温嬌の足元に投げた。
温嬌は投げられた物を見て驚愕した。
温嬌の足元に投げられた物とは光蕊の頭だったのだ。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁあ!!光蕊様!!!」
温嬌は赤ん坊を抱き締めながら、地面にしゃがみ込み光蕊の頭を抱き締めた。
降り頻る雨の中、響き渡ったのは温嬌の泣き声だけだった。
「お前の光蕊を連れ来たんだぞ?感謝されてもおかしくないが?」
牛魔王がそう言いながら温嬌に近付いた。
下っ端妖怪達は温嬌の泣く姿を見て笑っていた。
「ほら?お前の愛した男だろ?しっかり見ろ。」
牛魔王は乱暴に光蕊の頭を掴み温嬌に近付けた。
温嬌は光蕊から目が離せなかった。
「うぎゃあああああああ!!」
「っ!?」
温嬌の意識が赤ん坊の大きな泣き声で取り戻した。
"あの人が残してくれたこの子をなんとしても、この化け物達から逃がさないと!!"
そう思った温嬌は胸に忍ばせていた短剣を取り出
し、牛魔王の手を斬り付けた。
「っ…。ほぉ…。」
「牛魔王様!!大丈夫ですか!?」
斬り付けたられた手を見ながら牛魔王は笑っていると、牛魔王の下っ端妖怪達が周りに近付いた。
「貴方にこの子は渡さない。」
そう言って温嬌は立ち上がり、再び雨の中を走り出した。
「あの女の首と赤ん坊を連れて来い!!」
牛魔王が大きな声を出すと、下っ端妖怪達は温嬌の
後を追い掛けた。
後ろから放たれる弓矢が温嬌の体に次々と刺さる。
「ヴッ!!」
温嬌の足は止まる事がなかった。
ボヤける視界の中で、橋の下に逃げ込んだ。
「はぁ…、はぁ…。」
荒い息遣いをしながら温嬌は赤ん坊を撫でた。
「貴方…だけ、でも。」
温嬌は近くにあった樽の中に赤ん坊を入れた。
そして、流れる川に樽を流そうとした時だった。
グサッ!!
温嬌の背中に黒い刃が刺さった。
「鬼ごっこは終わりだよ。」
牛魔王が影を操りながら温嬌の背中を刺したのだった。
温嬌は最後の力を振り絞り、赤ん坊の入った樽を川に投げた。
赤ん坊が中に入っている樽は物凄い速さで流れて行った。
「お前、赤ん坊はどうした。」
牛魔王の問いに温嬌は答えなかった。
「オラ!!牛魔王様が聞いてるだろ!!!」
そう言って、下っ端妖怪が温嬌の横腹を殴った。
「ヴッ!!」
温嬌は殴られ続けても赤ん坊の事を言わなかった。
牛魔王は温嬌の長い髪を乱暴に掴み、低い声を出した。
「口を割る気はねぇのか。殺すぞ女。」
温嬌は顔を上げ、牛魔王を睨み付けた。
「あの子の居場所は死んでも吐かない。光蕊様の残したあの子を守るのが私の役目よ。覚えておきなさい牛魔王。あの子はいずれ、貴方が恐れる存在になるわ。」
そう言って温嬌はニヤリと笑った。
「そうかよ。」
シュルルルッ。
牛魔王はそう言って、影を操り温嬌の首の動脈を切った。
ブジャァァァァ!!
噴き出される血は降り頻る雨が流した。
赤ん坊の目に写ったのは、光蕊と温嬌の顔。
そして、牛魔王の顔が残った。
冷たくなった温嬌の体に刺さった影を抜いた牛魔王は流れ行く川を見つめていた。
「牛魔王様!!この女はどうしますか?」
牛魔王は一瞬だけ、温嬌に視線を向け再び川に視線を向けた。
「あー。確か、毘沙門天の野郎が人間の死体を集めろって言ってたっけ…。」
暫く考え込んだ牛魔王は急に笑顔になった。
「そう言う事か!!あははは!!悪い事ばっか考えてんなー。おい、その女を連れてくぞ。丁重に扱えよ。」
「は、はい!!分かりました。」
温嬌の体を優しく抱き上げた下っ端妖怪は牛魔王に近付いた。
「じゃあ、そろそろ行くか。」
「え!?あのガキを追わなくて良いんですか?」
「あぁ。面白い事を思いついた。」
そう言って牛魔王は笑みを浮かべた。
鎮江市(チンコウシ) シエ流
森の中を歩く坊主頭の少年は重たそうに籠を持っていた。
森を抜けると、目の前には大きな川と白い砂利が地面に敷き詰められていた。
「フゥ…。洗い物が多いなー。」
青い僧服を着た若い坊主頭の少年が洗い物を入れた籠を砂利の上に置いた。
「さて…っと。洗い物をしますか!!」
袖を捲り上げ、籠の中に入れた洗い物を取り出そうとした時だった。
「おぎゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
どこからか赤ん坊の鳴き声が聞こえた。
「え、え?どこから赤ん坊が…?」
坊主頭の少年が手に持っていた服を置き、周りを見渡した。
すると、奥の方から血が沢山付いた樽が流れてた。
樽の中から赤ん坊の鳴き声が聞こえて来た。
「ま、まさか!!あの中に!?」
坊主頭の少年は川に入り、樽を持ち上げながら川を出た。
「はぁ…、はぁ…。」
恐る恐る樽の蓋を開けると、沢山の布に包まれた赤ん坊が出て来た。
坊主頭の少年は慌てて赤ん坊を樽の中から出した。
「何で、赤ん坊が…?どこから…。」
「何してんだ?水元(スイゲン)。」
水元と呼ばれた少年の背後から声が聞こえた。
水元は振り返ると、後ろにいたのは黒い短髪の髪はツンツン立っていて黒の中に青色が混ざっている瞳、耳には沢山のピアスをした黒い法衣を着た男の人が立っていた。
「法明和尚お師匠!?」
「その赤ん坊…どうした。」
「この樽の中に入っていたんです!!川から流れて来たんですよ!!」
法明和尚は樽に視線を向けた。
樽の底に長安と言う文字が彫られていた。
「この赤ん坊、長安から流れて来たみたいだな。」
「ちょ、長安!?」
慌てる水元から赤ん坊を引き剥がし、赤ん坊を抱き上げた。
これがのちに源蔵三蔵と呼ばれる男と法明和尚との出会いである。
この赤ん坊が金蝉の生まれ変わりである事も、そして牛魔王の新たな悪巧みがされている事は誰も知らない。
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