名付け親 弐

爺さんの弟子になって1年が経った。

他の弟子達に秘密が出来た。

それは、深夜の道場で行われている。


深夜 一時


道場の中に何本かのロウソクの火がユラユラと揺れている。


俺は大量の汗をかきながら素早く指を動かしていた。


「変化術、分身の術!!」


そう言うと、煙を焚きながら同じポーズをした俺が何百人も現れた。


「で、出来た!!出来たぞ爺さん!!」

後ろに振り返り座って見ていた爺さんに叫んだ。


「流石じゃ美猿王。1年で七十二般の変化術を使いこなせるとは…。美猿王の成長力は計り知れないな。」


爺さんはそう言ってポンポンッと俺の肩を叩いた。


俺は1年前から爺さんに妙道を教えてもらっていた。


妙道とは、長寿の術と呼ばれているもので不老不死には程遠いが長寿出来ると言われているモノだ。


俺以外に妙道の存在は知らないし、爺さんから教わっている弟子もいない。


これが俺と爺さんが密かに行なっている秘密の修行なのだ。


「次は筋斗雲(キントウン)の法に移るとするかのう。」


「筋斗雲?」


「深夜での修行は終わりじゃ。明日からは朝に行うぞ?」


「朝?朝は才達が起きてくるじゃねぇか。」


俺がそう言うと爺さんは軽く笑った。


「その心配はないぞ?」


「は?」


「明日から半年、わしと法事周りに行くんだからの。」


「は、半年!?法事ってなんだよ!!」


「わしの仕事じゃよ。ほれ、今日はもう休みなさい。明日の朝に出発するからの。」


そう言って爺さんは道場を出て行った。


「いつも急なんだよ爺さんは…。」


俺は溜め息を吐き、道場を後にした。


牛魔王の城にてー


牛魔王は水晶に映る美猿王を見ていた。


コツコツコツ。


牛魔王に向かって来る足音が部屋に響いた。


「牛魔王様。混世様をお連れ致しました。」


混世大魔王を連れた牛魔王の世話をしている妖が牛魔王に頭を下げた。


「あぁ、ご苦労。下がれ。」


「失礼します。」


パタンッ。


扉が閉まった事を確認した牛魔王は混世大魔王を呼び、自分の近くに来させた。


「な、何だよ俺をよ、呼び出して…。」


混世大魔王はカタカタと体を震わせていた。


「そんなにビビる事ねぇだろ?混世。」


「お、俺に用があって呼び出したんだろ?」


「話が早いねー。お前に用がなきゃ呼ばねーよ。」


牛魔王と混世大魔王の間には格差があった。


妖怪の中でも1番力がある牛魔王は混世大魔王にとって恐れの存在。


混世大魔王は牛魔王の命令に絶対逆らえない契約を結んでいた。


「美猿王の山を落とせ。」


「は?び、美猿王の山を?な、何で…、牛魔王の兄弟だ、だろ?」


柔かな表情をして牛魔王はスッと顔色を変えた。


牛魔王は混世大魔王の首元に手を伸ばした。


ガシッ!!


「うぐっ!?」


「五月蝿い口を閉じろ。お前は黙って言われた事をやれば良いんたよ。」


「わ、分かった。分かったから!!!」


混世大魔王が大きな声で叫ぶと牛魔王はスッと首元を掴んでいた手を離した。


「ゴホッゴホッ。」


咳き込む混世大魔王に目を止めずに水晶を見つめた。


「美猿王と須菩提祖師が明日の朝に寺を離れるそうだ。俺がお前を呼び出したら美猿王の山を落とせ。」


「わ、分かったよ。」


「分かったんなら良いんだよ。」


「一つだけ聞かせてくれ。」


「何だよ。」


牛魔王の返事を聞いた混世大魔王は唾を音を立てながら飲み込んだ。


「ど、どうして美猿王と盃を交わしたんだよ。」


「その時は美猿王が必要だっただけさ。」


「必要だった…?」


「もう良いだろ。質問は一つだけだ。もう帰って良い。」


牛魔王が扉に視線を向けると扉が開いた。


「混世大魔王様。お送りします。」


牛魔王の世話役の妖が扉を開けた先に立っていた。


混世大魔王は覇気のない顔をして部屋を出て行った。


牛魔王は座っていた椅子に座り直しテーブルに置いてあった酒に口を付けた。


「美猿王。今のお前はつまらない。」


水晶に映る美猿王に向かって牛魔王は冷たい言葉を吐いた。



美猿王 十八歳


朝食を食べ終えた俺達に才達は寺の外まで付いて来た。


「美猿王さん気をつけて下さいね!!」


才は同じ言葉を昨日から俺に投げかけている。


「分かってるよ。」


「建水、才、楚平。留守を頼みますよ。」


爺さんがそう言うと3人は元気よく返事をした。


俺と爺さんは3人に見送られながら寺を後にした。


こうして俺と爺さんの半年だけの2人旅が始まった。


各地の寺を周り爺さんがお経を唱える。


俺は法事が終わるまでは筋斗雲の術を使って空中散歩を楽しんでいた。


筋斗雲とは雲を操り、雲に乗り、自由自在に扱う術。


空に浮いている雲を使うのではなく、術を使って雲を出すのだ。


そんな奇想天外の術を俺が使える訳がないと思っていたのだが、すんなり法事周りの旅から3日で出来てしまった。


分身の術より簡単だった。


雲に乗っている俺を見て爺さんは凄く褒めてくれた。


俺は術が出来た事よりも爺さんに褒められる方が嬉しかった。


才達に教えるじゃなくて俺だけに教えてくれた事が嬉しかった。


各地を転々としていると、街の人達は俺と爺さんを見て「御家族ですか?」とよく尋ねた。


爺さんは笑ってこう答えた。


「そうですよ。自慢の息子です。」


そう言って俺の頭を優しく撫でる。


家族…?


俺は家族と言うのがどんなモノか知らなかった。


こう言うのが家族なのか?


俺と爺さんは家族なのか?


俺の為に怒ったり、褒めたりするのが家族…なのだろうか。


そんな思いを胸に秘め夏が過ぎ、季節は秋に移り変わった。


俺と爺さんは2人旅の最後の夜を宿舎で過ごしていた。


最後の夜だからと言って俺の好物の桃を買ってくれた。


部屋で桃を食べている俺に爺さんが尋ねてきた。


「お前さんの名前は誰が名付けたんじゃ?」


「俺の名前?長老の爺さんが名付けたって言ってたな。」


「あー、花果山の長老さんが。長老さんが美猿王の父と言う訳か。」


「さーね。」


そう言って俺は桃を齧った。


「俺はどうやって産まれたか分かんねーし。いつの間にか花果山に居て、長老の爺さんに山を守って欲しいって言われて言われるがままに戦ってた。」


爺さんは俺の話を黙って聞いていた。


丁や山の猿達は俺の家族と呼べるモノじゃない。


俺の手下。


俺の家来。


俺の下僕。


「なら、わしがお前に新しい名前を付けよう。」


「へ?な、名前?」


「わしはお前さんの雲に乗っている姿を見てずっと思っていた事があったんじゃ。」

爺さんの言葉に驚いてしまった。


「空を悟る者と。」


「空を?」


「姓は孫、名前は悟空(ゴクウ)。今日からお前さんは孫悟空じゃ。わしの一番弟子なのだから姓がないと不憫じゃろ?」


爺さんの言葉を聞いて体が熱くなった。


俺の心臓が震え上がった。


一番弟子…?


「俺が爺さんの一番弟子…?」


「ん?当たり前じゃ。他の弟子達には秘密じゃぞ?」


「ふ、ふん!!し、仕方ねぇな。な、名前を貰ったしな。」


「ありがとう悟空。」


俺は返事をせずに布団に潜り込んだ。


涙が出そうになったから返事が出来なかった。


空を悟る者か…。


爺さんから見てそう見えたのか。


孫悟空…。


今日から俺の名前なんだ。


このまま爺さんの寺にいるのも悪くないのかもな。


俺はすっかり牛魔王の存在を忘れていた。


牛魔王よりも爺さんの方が俺の中で大切になっていた。

この時の俺は牛魔王の企みを知らずにいた。



半年ぶりに寺にに戻ると体が大きくなった才達が俺と爺さんを出迎えた。


「お帰りなさい!!須菩提祖師殿、美猿王さん!!」


「ただいま。才や、もう美猿王と言う名じゃないよ。」


「え?そ、それって…。」


才が爺さんの言葉に首を傾げた時だった。


「び、美猿王!!」


声の主に聞き覚えがあった。


振り返るとそこにいたのはボロボロの丁の姿があっ

た。


「丁!?どうしてお前がここにいるんだ!?」


「助けて下さい美猿王!!」


尋常じゃない慌てようだった。


こんな丁を俺は初めて見た。


「何があった。」


「こ、混世大魔王が妖を引き連れて山を攻めて来ました!!」


「は?何で混世が攻めて来た。」


「わ、分かりません!!私達だけじゃ混世大魔王を

止めれません!どうか、どうかお助け下さい!!」


丁はそう言って頭を下げてきた。


混世が俺の山を攻めて来た?


俺がいないのを知って山を攻めて来たのだろう。


俺の事を嫌っていたし。


そんな事を考えていると爺さんが俺の背中を叩いた。


「悟空。行っておやりない。」


「爺さん…。」


「ここまで育ててくれた長老さんや山の猿達を助けてやりなさい。わしはここで悟空の帰りを待っているから。」


そう言って爺さんは俺に微笑みかけた。


「分かった。片付けたらすぐに戻る。」


「行っておいで。」


「行くぞ丁。さっさと片付けるぞ。」


俺は丁の服の首元を掴み立ち上がらせた。


「あ、ありがとうございます!!」


俺達は全速力で寺を後にした。


この時から俺は牛魔王の手のひらで転がされていた事を知らなかった。


俺の日常の歯車が音立てて壊れ始めていた。

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