名付け親 壱

俺と爺さんは歩くのが早ので、3人の少年の速度に

合わせて山道を歩いた。


「そう言えば、美猿王に3人の事を紹介するのを忘

れておったわ。」


爺さんはそう言って手を叩いた。


「名前?」


「これから共に行動する事が多くなるだろうから、名前を知らないと色々不便だろう?」


「名前ねぇ…。」


爺さんと軽い会話をしていると斜月三星洞の入り口が見えた。


「才(サイ)。灯りを。」


「は、はい!!」


青い僧服を着ているのが才か。


才が腰にぶら下げていたランプに火を灯した。


「美猿王。斜月三星洞の中に入る前に3人を紹介する。青い僧服を着ているのが才。黄色の僧服を着ているのが楚平(ソンヘイ)、茶色の僧服を着ているのが建水(ケンスイ)じゃ。」


「「「宜しくお願いします!!」」」


3人は声を合わせて俺に頭を下げて来た。


「お、おう?」


「さ、中に入ろうか。寺は斜月三星洞を抜けた先にある。」


そう言って爺さんは才からランプを受け取り斜月三星洞の中に入って行った。


俺達も爺さんに続いて中に入った。


中は暗くてとても涼しかった。


水の滴る音に小さな光の粒が俺達の周りで光っていた。


「この光は何だ?」


「これは蛍の光ですよ美猿王さん。」


俺の呟きに答えたのは楚平だった。


「蛍って虫の?」


「はい。ここは蛍の聖地なんですよ?」


「へー。」


「美猿王さんって体術の達人って聞いたのですが本当ですか!?」


興奮気味の建水と才が後ろから話し掛けてきた。


「体術だぁ?」


俺がそう言うと楚平が答えた。


「はい!美猿王さんの噂は本当なのかと気になって…。」


「噂ってどんな?」


楚平と話していると建水が入ってきた。


「花果山の猿王となりあらゆる敵を様々な体術を使いこなす猿王って。」


「そんな噂が流れてんのか。」


「牛魔王と兄弟になったとかも!!」


そう言ってたのは才だった。


「ハッハッハ!!美猿王よ人気者ですな。」


爺さんは俺達の様子を見て笑っていた。


「3人共。もうじき斜月三星洞を抜けるから話を終わりなさい。」


爺さんがそう言うと3人は「はい。」と返事をして口を閉じた。


「爺さんに忠実なんだな。」


「ハッハッハ。好かれるのは嬉しいモノだよ。さ、斜月三星洞を抜けるぞ。」


夕焼けの光が斜月三星洞の中を照らした。


光に照らされたまま斜月三星洞を抜けると、緑林に包まれた大きな赤い鳥居が現れた。


赤い鳥居を潜ると木造建築の大きな寺が見えた。


「これが爺さんの寺?」


「そうじゃよ。さ、中に入ってくれ。」


「あ?あぁ…。」


「私達は荷物を置いてから行きますね。」


建水はそう言って才と楚平を連れて反対方向に歩い

て行った。


俺と爺さんは先に寺の中に入った。


廊下を通るたびに爺さんに話し掛けている弟子達を

見ながら爺さんの部屋に向かった。


改めて見るとこの爺さんは弟子達に慕われている事が分かる。


爺さんは廊下の突き当たりにある部屋の戸を開けた。


どうやらこの部屋が爺さんの部屋らしい。


「どうぞ。」


「どーも。」


戸を開けた爺さんが俺を手招きしたので部屋の中に入った。


爺さんの部屋には棚に入りきれないほど巻き物が保管されていて机の上には赤と白の牡丹が飾らせていた。


「さ、座っておくれ。」


俺は言われるがままに腰を下ろした。


「今日から美猿王は、わしの弟子とこの寺に住んでもらうぞ?それとこれが美猿王の僧服じゃ。」

爺さんはそう言って俺に黒い僧服を渡してきた。


「俺はここで何すんの。」


「ここでの仕事は朝5時に起床し寺の外の掃除をして、7時には朝食が取れるように準備を、9時から昼時までは体術や忍術の鍛錬を。それから…。」


爺さんはここでの生活を1時間掛けて説明した。


「…って所だが理解出来たか?」


「ふわぁぁぁ。あ?あんまり聞いてなかった。」


俺がそう言うとゲンコツが降りて来た。


「いってぇー!!!」


俺の声が寺中に響き渡った。


それから俺の寺生活が始まった。


朝は爺さんに叩き起こされ、渋々寺の外の掃除をサボッていると爺さんが俺を怒鳴りつけた。


俺と爺さんが口喧嘩をしていると才達が止めに入った。


俺のやる事にいちいち爺さんが口を出して来た。


料理と掃除は怠かったが、体術と忍術の鍛錬の時間は嫌いじゃなかった。


まず、体を解す為に準備運動をする。


それから爺さんの動きを真似して体術の正しい姿勢と構え方を体に覚えさる。


深く息を吸い吐きながら爺さんの構えの真似する。


他の弟子達は手や足が震えていた。


俺は微動だもせずに姿勢を保つ。


爺さんは俺の側に来てマジマジと俺の姿勢と構えを見つめた。


「ほぉ…。やはり、こうして正しい姿勢を教えるとサマになるな。」


「普通にやってるだけだけど。」


「そうかそうか。」


爺さんはそう言って俺から離れて才達の方に向かって行った。


姿勢を正して色々な構えをしていると心が静まる。 


全身に血が流れているのが分かる。


ゴーン、ゴーン、ゴーン。


昼時を知らせる鐘が鳴った。


「はい、今日ここまで!!」


爺さんが大きな声で伝えると皆、構えをやめた。


「はぁー、美猿王さん汗一つかいてないですね。」


建水が汗を手拭いで拭きながら俺に話し掛けてきた。

「本当ですね流石ですね…。」


建水の後ろから才と楚平が現れて俺の周りに集まった。


その様子を見た他の弟子達も俺の周りに集まった。


確かに才達の額には沢山の汗が流れていた。


「美猿王さんって見た目は僕達と同じなのに凄いてますね!!」


才の言葉にチクッと胸が痛んだ。


「はいはい!!お前達、昼飯の用意をしなくて平気なのか?」


爺さんが手を叩きながら俺達に近付いてきた。

「あ!今日の当番は僕でした!!」



楚平がそう言うと才達は走って行った。


俺は別に食事を取らなくても平気なので、昼寝が出来る場所を探しに行こうとした。


「美猿王。ちょっと。」


爺さんが俺を引き止めて来た。


「あ?何だよ爺さん。」


「ちょっとこっちに。」


「は?」


「早く着いて来なさい。」


そう言って爺さんは寺とは反対方向に歩き出した。


「お、おい!!ちょっと待てよ!!」


俺は慌てて爺さんの後を追った。


しばらく歩いてると俺の好きな桃の匂いがした。


「この匂いは…桃!?」


「ハッハッハ!!当たりじゃ。」


そう言って爺さんは指をさした。


指の方向を目で追うと、辺り一面に桃の実がなっている木が沢山立っていた。


「こ、これは桃の木か!!」


「これはわしが育ててる桃の木達じゃ。」


爺さんが地面に落ちていた長い木の棒を手に取り近くにあった桃の木に近付いた。


木の棒で実っている桃を落とした。


「はい。どうぞ。」


爺さんは手に持っている桃を俺に渡してきた。


「俺に…くれんのか?」


「そうじゃよ。ほれ、受け取らんか。」


「あ、あぁ…。」


俺が桃を受け取った事を確認すると桃の木の下に爺さんが腰を降ろした。


俺も爺さんの隣に腰を降ろした。


そして手に持っている桃を齧(かじ)った。


久しぶりに食べた桃はすごく美味しかった。


口の中に甘い果汁が広がり甘い香りが鼻を通った。


「ここに来て一ヶ月経ったがどうだ?」


「どうて…別に。」


「変わった事とかないか?」


「ねぇよ。何だよ色々聞いてきて。」


「良いじゃないか聞いたって。それと、才の言った事を気にしているんじゃないか?」


俺の体がピクッと反応した。


爺さんに核心を突かれ体が反応してしまった。


「べ、別に気にしてねぇよ。」


「ハッハッハ!!隠してもバレバレじゃよ。才は褒めたつもりなんだよ。」


「そんな事は分かってんだ。分かってるけど…。」


「どうした?」


そう言って爺さんは俺の顔を見てきた。

爺さんの声が優しくて、だから俺は奥底でずっと思っていた事を口に出した。


「俺の見た目は人だけど、人でもない。妖でもない。俺は何者なんだろうなって…さ。」


爺さんは黙って俺の話を聞いていた。


「この地に産まれた者は自分がどうしてこの地に産まれたのかを生涯掛けて探すんだよ。」


「生涯を?」


「産まれた事に意味がある。だけど、その意味を知らずに死んで行く者も多いんじゃ。ある意味、この地に産まれた瞬間から修行なのかもしれぬな。」


「修行…。」


「美猿王や、わしとお前が出会った事にも意味があるんじゃ。」


「俺と爺さんが出会った意味…。」


俺がそう言うと爺さんが優しく俺の頭を撫でた。


「急がなくて良いんじゃよ、ゆっくりで良い。慌てずに産まれた意味を探せば良いんじゃよ。」


胸がギュウッと締め付けられた。


頭を撫でられた事なんて一度もなかった。


優しく言葉を投げかけてくれた事も。


悪い事をしたら叱ってくれた人も。

この爺さんといると調子が狂う。


「おや?照れてるとか美猿王?顔が赤いが?」


「っ!!うるせー!!照れてねぇわ!!」


そう言って俺は立ち上がりその場を去ろうとした。


俺は無意識に足を止めていた。


「ん?どうした?」


「桃…。ありがとう。」


どうしてこんな事を言ったのか分からなかった。


無意識に口が動いてた。


急に恥ずかしさが込み上げ来た。


俺は止めた足を動かし寺に向かった。


俺の言葉を聞いて爺さんが微笑んだ事を俺は知らなかった。

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