第壱章 落とされた猿

猿の王


ー中国 唐時代 

火山島にある花果山に住む猿達は自分達の王を決める為。


年長者の猿がこの山に居る全ての猿を集めて集会を開いた。


「この中に我らの王として相応しい者はいるか!!」


猿達は顔を顰めながら、言葉を走らせる。


ザワザワッ…。


「長老様、我々の中にはいないかと…」


「頭が良い者もいない。誰にも負けない強さを持っている者もいないのですから…」


猿達は次々と弱音を吐いていた。


長老と呼ばれた猿は、その言葉を聞き頭を悩ませた。


だが、実際にその通りだった。


この山に住んでいる猿達は、他の山に住んでいる猿に無礼(なめ)られていた。


その事に頭を悩ませいた年長者の猿は、この山に住む猿達の王を作ろうと思っていた。


この花果山を、他の山の猿に取られないようにする為だった。


「どうしたら、良いのじゃ…」


「長老様…」


頭を抱えた長老を宥めるように猿は、背中を摩った。


猿達が小さな頭を悩ませる中、青かった空が曇りが掛かる。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。


空が黒く染まり、光を放ちながら恐ろしい音が鳴り響く。


「いきなり空が曇りおった…」


長老は目を細めながら空を見上げると、一筋の光が見えた。


その時、黒い雲の中から大きな音を立てて雷が鳴る。


ドッカーンッ!! 


ピカピカッ!!


光り輝いた雷が大きな仙石に落ちた。


雷が落ちた衝撃で、仙石が割れ暴風が噴き出したのだ。


ブワァァ!!


「うわぁぁ!!」


「長老様をお守りしろ!!」


暴風を受けた数匹の猿達は軽々と吹き飛ばされ、他の猿達は長老を囲み風を来ないようにしていた。


長老は落ちて来た雷を見て、譫言のように呟く。


「雷龍(らいりゅう)じゃ…」


「え!?長老様?」


長老だけが雷の形が龍に見えていたが、他の猿達に

は普通の雷に見えていた。


この時、長老は雷龍の伝説が頭を横切った。


ー雷龍が現れし時、世界の秩序が変わる時、そして雷龍が齎(もたら)すのは混沌たる者が現れるー


「っ!!もしかしたら…!!」


そう言って、長老は割れた仙石の元に向かった。


その後を数匹の猿が追い掛け、長老は割れた仙石を見て確信した。


長老は岩を掻き分け、岩の間にあるものを見つけた。


仙石の割れ目に人の形をした赤子が、小さな寝息を立てて眠っていたのだ。


「なっ!?こ、こんな所に人の赤子が…?」


「確か大きな雷が落ちて来たはずじゃ…」


ヒソヒソと話しをしている猿達をよそに、長老は赤子を抱き上げた。


長老だけは赤子を見て目を輝け、大きな声を上げる。


「このお方こそが我々の王だ!!雷龍が我々に王となる器を天から贈ってくださった!皆のも頭を下げよ!!」


「「「は、はは!!」」」


長老がそう言うと猿達が返事をし、赤子の前に跪いた。


「丁(チョン)よ。前に出よ」


「ハッ!!」


長老に呼ばれた一人の猿が大きな声で返事をした後、すぐに立ち上がった。


左頬に大きな傷があり、赤いバンダナを巻いた猿が長老の前に出る。


長老の護衛役を務める猿達は、長老から名前を名付けられ頭には赤いバンダナを巻いている。


長老の護衛部隊は、この花果山では数匹しかいないのだ。


護衛部隊の名は"黎明(れいめい)"。


丁はその黎明の部隊長である。


「今日から黎明は、このお方を命懸けで守れ」


「御意」


丁はそう言って、長老の前に跪いた。


それから、赤子は長老達に大事に育てられた。


皆、赤子が大きくなる事を心待ちにしていたのだった。


長老は赤子に"美猿王(びこおう)"と名付けた。


だが、中には人の赤子が自分達の王と言う事に納得がいかない者達も多くいた。


それも当然の事だ。


何故なら、自分達の中に人がいるようなものなのだ。


長老の提案を鵜呑みに出来ない猿達が、密かにいた事を長老は知らなかった。



そんな時だった。


美猿王が人の歳で言うと、七歳になった頃だった。


美猿王の容姿は、とても美しかった。


サラサラな赤茶色の髪に、鼻筋の通った鼻に茶金の瞳に白い肌。


長老が今まで見て来た人の誰よりも美しかった。


美猿王は、自分が狩った様々な獣や妖の毛皮や羽根を剥ぎ、衣服とて身に纏っていた。  


今までに自分が狩って来た妖や獣の数を、皆に知らしめるように。


ふてぶてしく座る美猿王もまた、長老は美しく感じていたのだ。


周りから見たら、長老が美猿王に注ぐ愛情は異常なものと感じている。



ある時、美猿王が森の山頂の岩に寝転がり昼寝をしていた頃。


「おい!!人間!!」


岩の上に座っている美猿王を、武器を持った数十匹の

猿達が取り囲んでいた。


「なんだ、お前等」


美猿王は、ムスッとした顔で周りを見た。


「お、俺達はお前が王だと認めていない!!」


「人の子が我々より、強いはずがないのだ!!!」


次々と出て来る不満や怒りの言葉を、美猿王に浴びせた。


だが、美猿王は顔色一つ変えなかった。


美猿王の冷ややかな視線は、猿達を馬鹿にしているように見えた。


その顔を見た一匹の猿が怒りを露わにし、槍を持って美猿王に向かって行った。


「殺せ殺せ!!!」


「やれやれ!!!」


周りにいた猿達は、次々と煽りの言葉を放った。


ビュンッ!!!


槍の刃が、美猿王の顔に刺さりそうになった時だった。


パシッ!!!


「っな!?」


美猿王は槍の刃を二本の指で挟み、動きを止めた。


その光景を見た猿達は目を丸くし、驚きを隠せない様子だった。


「文句はそれだけか?」


「あ、あぁ…っ」


「お前の最後の言葉はそれで良いのか」


「え、えっ?」



美猿王は槍の刃を指からスポッと外し、持ち手部分を掴み引っ張った。


グイッ!!


猿は槍から手を離していなかった為、前のめりの体制になっていた。


美猿王は猿の頭を掴み、顔に膝蹴りを入れる。


ゴンッ!!


「ブッ!!」


蹴りを受けた猿は鼻を抑えながら、後ろによろめいた。


トンッ。


美猿王は地面に両手をつけて、足を高く上げ回転をつけながら右頬に蹴りを入れた。


ブンッ!!


ゴキッ!!


「ガハッ!!」


骨の折れる音と共に猿が、地面に崩れ落ちた。


「な、なんだよ、アイツ…」


「お、おい!一斉に飛びかかるぞ!!」


「うおおおおおお!!」


残りの猿達が武器を振りながら、美猿王に飛びかかった。


「ハッ」


パシッ。


美猿王は軽く笑いながら倒れている猿から槍を奪い、一匹の猿の体に向かって投げた。


ビュンッ!!


グチャァ…。


「ガハッ!!」


前方の一匹の猿に槍は、命中し槍が体に突き刺さっ

た。


血飛沫が上がる中、美猿王は笑いながら攻撃を続ける。


ドスッ!!


右から飛んで来た猿の頬に回し蹴りを入れ、頭を掴み左から来ていた猿に投げつけた。


ビュンッ!!


「グァァァア!!」


美猿王は、次々と飛んで来る猿達の相手をした。


「アハハハ!!もっと俺を楽しませてみろ、猿共!!」


楽しそうに笑う美猿王はあらゆる手を使い、猿達を殺し回った。




数分した頃、美猿王の護衛兵の丁が黎明の部隊を連れて美猿王の元に到着した。


「王よ!!ご無事です…っ!?」


丁は言葉を思わず飲んでしまった。


美猿王の体には沢山の血が付いており、美猿王の座っている。


武器が刺さったままの死体と腕や足が本来向かない方向に向いた死体があった。


美猿王は死体の山の上に座っていたのだ。


「丁か。コイツ等、オレに楯突いたから殺した」


丁はこの時、初めて美猿王が自分達の王なのだと実

感させられた。


死体の山を見たらそう思わすには充分だった。


あまりにも酷い死に方をしていたからだ。


よくもこんな残酷な殺し方が出来るのかと、丁は思った。


「すみません、王。自分がちゃんと把握出来ておりませんでした…」


「あ?別に丁のせいじゃないだろ。コイツ等が勝手に動いただけだろ。それより風呂入りたい」


「有難き言葉です!!すぐにご用意させます!!」


「あぁ。宜しく」


美猿王が死体の山から降りると、丁は持っていた布で美猿王の顔や体を拭いた。


「戻るぞ」


「御意」


丁と黎明部隊は美猿王の後に付いて行った。


丁は美猿王の後ろ姿を見てこう思っていた。


「このお方こそが我々の求めていた王だ。後何年かしたら、このお方は真の王となるだろう。自分の命をかけてこのお方を守ろう」


そう強く心の中で誓っていた。


美猿王の後ろを歩いている黎明部隊は、もはや美猿王の為の戦闘部隊に変わっていた。


かつては、長老を守る為の部隊だったが、それはもう昔の事になったのだ。


今は美猿王を守る為の部隊なのだから。


この瞬間に、この花果山の猿達の王となったのだった。

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