よるに春

yoruni

第1夜

 緒川春樹、28歳、女、独身、彼氏なし。

 仕事で病んで不眠症になり絶賛休職中。

 そんな私の不眠症になってからの日課は真夜中の散歩だ。

 誰もいない静かな夜道をビール片手に歩くのが好きだった。

 誰の目も気にしなくていい、気を使わないのは楽だ。

 かれこれ履き始めて2年目になるサンダルの踵を鳴らしながら歩いていると夜風が頬を撫でた。この間までの茹だるような暑さが嘘のように頬を撫でる風は冷たく秋の訪れを感じさせた。薄手のカーディガンを羽織ってきて正解だったかもしれない。

「もう秋か・・・」

 私が休職したのが9月上旬頃だったのにもう10月にさしかかろうとしている。

「意外とあっという間だったなー」

 誰もいない夜道で一人呟く、勿論返事はない。

 ビールを一口飲みこんで歩みを再開する。

 辺りはしんと静まりかえり、聞こえるのは虫の鳴く声と私の踵の音と時々遠くを走る車の車輪の音だけだ。

 その静かな空間を楽しんでいると不意に視界の隅に黒い【何か】が見えた気がして歩みを止める。

 何かは分からない、もしかしたら不審者かもしれない、化学では証明できないやつかもしれない、色々な『かもしれない』が頭の中を過ぎていきながら私は昔から確認しないと気が済まない人間な事を思い出し、ほろ酔いであったこともあり、今だ視界の隅に居続ける【何か】を確認するためにそちらへと視線を向ける。

「え?」

 人間、拍子抜けするとなんとも情けない声が出るらしい。

 そこに居たのは不審者でもなければ化学では証明できないやつでもなく、猫のように丸くなった男性であった。

 上下黒のシャツとパンツに白のカーディガンというカジュアルでなんとも親近感の沸く服装に両手で抱え込むように握られているのはストロング系のロング缶が一缶のみだ。年齢は私と同い年か少し下だろうか。

 男はすうすうと規則正しい寝息をたてて眠っている。

「あの・・・」 

 どうすればいいのか分からず私は男の近くをまるで猫のようにうろうろとしながら頭を悩ませた。

 私は一人暮らしだし得体の知れない男性を家に居れるのは普通に怖いし、けれど夜風は冷たく、放っておいたら彼は風邪をひいてしまうかもしれない・・・。

「どうしよう」

 困ってしまった、私は友達が多いほうではないのでこんな真夜中・・・深夜25時に気軽に連絡できる男友達なんているはずもなく。

 頭を悩ませること体感三十分、ふと男がくしゃみをしてから起き上がる。

「あ、あの!」

「気持ち悪るるるるr」

「・・・・・」

 起き上がった男は私の声など聞こえていないのだろう、目の前で盛大に吐き、そしてまたすやすやと眠りについてしまった。

 取り残された私はやるせない気持ちをどうにかしたくて自分の飲んでいたビールを一気に呷ると男の両腕を引っ掴み、おんぶの要領で背に担ぎ引きずりながら帰路につくことにした。もうどうにでもなってしまえ!



 ――――――――――――――———――



「やっと着いた」

 人間、火事場のなんとやらで男一人を運ぶことができるらしい。

 汗と男の吐しゃ物と酒の匂いを嗅ぎながら途中で投げ出さなかった私を誰か褒めてほしい。

 握力の限界で震える手で自宅マンションのカギを開けると私は男を引きずりドアを施錠したのち、吐しゃ物に汚れた男のシャツを脱がせると冬用の布団をかけて放置、私も同様、男の吐しゃ物と汗で汚れた服を脱ぎ捨て洗濯機へ男のシャツと一緒に放り込んで軽くシャワーを浴びる。

 体は疲労困憊、だけど睡魔は襲ってこないので処方薬を飲んでそして眠りについた。



 ――――――――――――――――――



 朝日がカーテンの隙間から入り込み眩しい。

 それと同時に鼻孔をくすぐるのは美味しそうな・・・

「お味噌汁・・・?」

 もぞもぞと身じろぎベッドに寝たまま視線だけを向けると

「あ、起きた?」

「んえ!?」

 正統派爽やか黒髪イケメンがそこにはいた。

「ん?おーい、起きてる?」

 不思議そうに小首をかしげるあざとい仕草もイケメンにかかれば違和感を感じないのだから流石としか言いようがない。

「・・・さ」

「なんて?」

「朝、目が覚めたら知らないイケメンが朝食作ってて草」

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