第27話 『マックス』

マックスは巨大カジノ『Jackpot』の中を忙しなく歩き回っていた。

トップを行くギャラクシーファクトリーのロックは、まもなく小惑星帯を抜けるだろう。その3時間後には八幡㈱のミツルも小惑星帯を抜けるはずだ。MWコーポレーションのパイソンが小惑星帯を抜けるには、更に1時間ほど必要になってくるのではないか。トップのロックと4時間の差はかなり厳しいが、まだ挽回可能だ。


全財産と、自身の命が懸かっているこのレースも、そろそろ中盤戦に差しかかる。

このレースの結果が確定した時点で、パイソンが負けた時点で、高飛びするしかないだろうとマックスは考えていた。

だが取り立て屋のバンクスから逃げ回り、平穏無事に何年過ごせるかは微妙だ。ならばいっそのこと自ら死を選ぶほうがマシかもしれない。こっそりと鞄に忍ばせたオートマチック拳銃、コルトM1903を保険として持ってきている。そちらの準備は万全だ。


カジノ内を歩き回っていたマックスはパイソンを映す画面の前で立ち止まった。

不思議な事に、パイソンの表情は冷静そのものだった。不安にもならず、焦らずに、最後のレースを楽しんでいるようにも見える。


「まさかパイソン、レースの順位は二の次で、レースを満喫する方を選んでいるのか?いや、パイソンはそのような男ではない。絶対挽回をしてくれるはずだ。何か作戦があるのかもしれない。大丈夫だ。大丈夫だ」


マックスはぶつぶつと独り言のように呟いた。


「ええ。パイソンは大丈夫よ」


マックスの隣で、スクリュードライバーを飲みながらパイソンの中継を見ていた女性が、急にマックスに話しかけてきた。


「MWコーポレーションには秘密兵器があるらしいわ」


「秘密兵器?」


「ここだけの話よ。MWコーポレーションが極秘で開発した燃料補給装置みたいなのがあるらしいの。それを使えばガニメデへのピットインをしないで済むっていう事みたい。だからパイソンはそれを使おうって考えてるんじゃない?」


そんな事が可能なのか?

マックスは驚愕した。ガニメデでのピットインをスキップ出来たなら、パイソン優勝の可能性は大幅に上がる。

そして、それに伴い自分が生き残る可能性も上がるだろう。


「だが、君はどこでそんな極秘情報を知ったんだ?」


マックスは女性に尋ねた。


「そんなの簡単よ。だってその燃料補給装置の原案を考えたのは私なんだから」


「なんだって?」


「私の名前はマリア。元々はMWコーポレーションの社員だったわ。だから内部事情を、こっそり知れたりするのよ」


「そうなのか?だが、どうして自分にそんな情報を教えてくれたんだ?」


「あなた、パイソンに大金を賭けてるんじゃない?そんな表情をしてるわ。まあ、気休めじゃないけど、私の情報がお役にたったなら幸いよ」


「君もパイソンに金を賭けているのか?」


マックスがそう聞くと、マリアはクスッと笑って答えた。

「いいえ。いくら退職していても、それはインサイダー取引みたいなものだから、出来ないわ。勤務していた企業の情報を使い、大金を得る事、他の企業に情報を売る事はしちゃダメなのよ」


「だけど自分には情報を教えてくれたじゃないか」


マリアはまたクスッと笑った。

「あなたは別にギャラクシーファクトリーの社員でも、八幡㈱の社員でもないでしょ?レースに携わる特別な企業に勤めてるとも思えないし。だからあなたに情報を漏らした所で何も害は無いもの」


マックスは内心イラッとしたが、グッと堪えた。


ちょうどその時、トップを走るロックの中継画面を見ていたギャラリーたちから歓声が上がった。

ロックのロケットボートが小惑星帯を抜け、ブースターエンジンを点火させたようだ。


おそらくガニメデ到着時も、この順位は変わっていないだろう。

その後の中盤戦で、どのように転ぶか見てみよう。

マリアの情報のおかげで、マックスは多少余裕を持つ事が出来たようだ。

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