第20話 『興奮の坩堝』
ニューヨークの巨大カジノ『Jackpot』に集まっているギャンブラーとギャラリーは、驚きのあまりどよめきにも似た歓声をあげた。
八幡㈱のミツルの操縦テクニックに、誰もが驚嘆したようだ。
彼のようなパイロットは未だかつていなかった。
小惑星帯でブースターエンジンを起動させるなど、自殺行為に等しい。
だがそれでいて、ロケットボートは安定している。
超人的としか言いようがないテクニックを目の当たりにし、誰もがミツルの操縦に釘付けになっていた。
「そんな、バカな。小惑星帯でこんな戦法を取るなんて、アイツは一体何者なんだ?」
「アンビリーバブルだ!ミツルは天才だ!もしかしたら優勝も夢ではないかもしれないぞ!」
「私、ミツルのファンになったわ。あんな勇敢なレーサー、彼以外いないわ」
「日本にあんなファイターがいたとは。まさしく彼は“
「やはりトップはミツルだな!彼に賭けて良かったぜ!」
「おい、みんな。八幡㈱が作り上げたロケットボートの性能の事を忘れちゃ困るぜ。このミツルの操縦を下支えしているのは、名もなき日本人が作り上げた繊細で緻密なボート設計があってこそだ」
カジノの『Jackpot』は興奮の坩堝だった。
全員がミツルに注目し、大騒ぎをしている。
そこへホテルで仮眠を取っていたマックスが戻ってきた。
「どうした?何が起こったんだ?」
マックスが状況を把握出来ないで居ると、カジノ内のバーに居た客が話しかけてきた。
「あんた、あの操縦を見逃したのか?そりゃ惜しかったな。2番手を行くミツルが、小惑星帯でブースターエンジンを起動させ、ロケットボートを加速させたんだ。いやぁ、みんな度肝を抜かれたよ。前代未聞だしな。彼の操縦とレースから今後目が離せないぞ」
そう言い残すと、バーに居た客はバーボンソーダを片手に中継画面の方へと歩いて行った。
マックスは言葉を失った。
まさか。
もしかしたら自分の賭けは間違いだったのか?
初参戦のミツルの実力を見くびっていたのかもしれないとマックスは思い始めた。
しかし、賭けはもう変えられない。
「パイソン、頼むぜ」
マックスは祈るように呟き、パイソンを映す中継を確認した。
相変わらず熟練の安定した操縦だ。
焦っている感じはしない。
「MWコーポレーションのロケットエンジンは、世界一だ。最終的にはパイソンが勝つに決まってる。木星をターンし、2回目の小惑星帯を抜けてからが勝負だ。それこそエンジン性能の差がものを言う。大丈夫。パイソンのテクニックを信じろ。MWコーポレーションの技術を信じろ。自分の直感を信じろ」
マックスは言った。
だがその時、マックスのケータイが鳴った。
取り立て屋のバンクスからだ。
「よお、マックス。金は用意出来たか?期限はあと1週間だぜ。もし返済出来なけりゃ、お前どうなるか分かってんだろうな?」
「ああ、分かってる。絶対1週間でなんとかするさ」
「なんとか出来る額か?おいおい、笑っちまうな。ひょっとしてお前、チェイス・ザ・ギャラクシーで一発当てようって魂胆だろ?」
マックスはギクリとした。
確かに莫大な借金を返すためには、ギャンブルで大きく当てるしかないという考えに行き着くのだろう。
「いや、違う。必ずなんとかするから、待っていてくれ」
マックスはあたふたと答える。
「まあいい。期限は1週間後だ。忘れるなよ」
バンクスはそう言い残し、電話を切った。
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