第10話 『通過』

パイソンが火星にピットインして30分が過ぎた。

パイソンはロケットボートのメンテナンスを待ちながら、エナジードリンクを飲んでいた。

多量のカフェインで脳を覚醒させるためだ。

本来であればレースが終わるまで、何も口にしない方が良いのだが、パイソンには長年の経験に裏打ちされた確信がある。

膨大な精神力を使うこのレースでは、エネルギーの補給は不可欠なのだ。

そして何より、このエナジードリンクのメーカーとパイソンはスポンサー契約を結んでいる。

実際、パイソンが火星のピットイン時に毎回エナジードリンクを飲む姿が中継される度に、このエナジードリンクの売り上げが羽上がるそうだ。


「お疲れさまです。今回はトップでピットインされましたが、手応えはどうですか?」

ABCの女性インタビュアーが、カメラマンを引き連れてパイソンにインタビューに来た。

「途中、彗星群襲来のアクシデントはあったけど、まずまずな内容かな」

パイソンは答えた。

「今回のレースを最後に引退を表明されていますが、まだまだご活躍出来るのではと思ってしまいます」

「家族との時間を大事にしたいんでね。自分は今までレース中心で生きてきた。だから今回は是が非でも優勝し、貰った賞金でゆったりとした余生を送りたいんだ」

「最後にファンに向けて一言お願いします」

「今回のレース、絶対に優勝し、皆さんと喜びを分かち合いたいと思います」

「ありがとうございました」


インタビューが終わるちょうどその頃、パイソンは八幡㈱のミツルが操縦するロケットボートが、セクター06へと向かっている姿を上空にとらえた。

いよいよミツルもやって来た。

ロックの奴もそろそろやって来るだろう。


「あとどれ位だ?」

パイソンはメンテナンスクルーに尋ねる。

「あと15分もあれば終わるだろう。ボートにも異常はなさそうだしな」

「分かった」

このまま火星からの離陸もトップでいけそうだ。

パイソンはエナジードリンクを飲みながら、焦らずに待っていた。


だがその時、地球の管制官から無線が入った。

「パイソン、出来るだけ早く出発しろ!」

「なんだ?どうした?」

「ロックのロケットボートが火星をスイングバイし、木星へと向かった」

「そんなバカな!ピットインしなかったっていうのかよ?!」

パイソンもメンテナンスクルーも唖然とした。

火星でのピットインはこのレースでは通説なのだが、ロックはそれをしなかったようだ。

「信じられないが、そういう事だ。ピットインは義務ではない。ギャラクシーファクトリーはロケットボートの性能をかなり向上させたのかもしれない」


パイソンは驚いたが、冷静さは失っていなかった。

「焦っても仕方ない。メンテナンスはしっかりやってくれ」

「あと少しだ。待っててくれ」

パイソンはロックが通過したであろう火星の空をずっと眺めていた。

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