ダウト・トリガー 生まれ変わっても貴方の傍に

ペテン

プロローグ

「この腐れきった世界を我々の手で壊し、新たに造り上げようではないか!!」




いつか語り合った仲間達は、己の右腕たる彼一人を残して消えてしまった。


生と死を賭けた戦場を愛しすぎたのかもしれない。


初めから勝ち目などないと分かっていたにも関わらず、それでも我々は戦いを、戦場を求めた。


「いってきます」と笑った彼らは「おかえり」の言葉に、返事を返してはくれなかった。


腕を切り落とされた者、脚を斬られた者、一部を残して何も見つからなかった者、亡骸すら見つからなかった者、目を斬られ、喉を裂かれた者、敵の異能で倒れた者達がいた。


「総統」


「いくぞ」


流す涙は遠の昔に枯れ果てた。


最後の戦場は…


この命を刈り取る死神は目前に________________








荒廃と瓦礫が散乱する灰色の戦場に、色鮮やかな朱あかが舞う


「エドワルドッ!」


エドワルドが、彼が私を庇ってその身に何発もの銃弾を受けた。


ふらつくエドワルドに敵の兵士が背後に迫る。


どんなに手を伸ばそうとこの手は届かない。


唯一届くのは、彼が誓いと共に渡したこの剣の切っ先のみ。


彼もそれを理解したのだろう。「殺せ」と音も出さずに震える唇が動いた。


……もう、他の誰かに仲間を奪われたくなかった。


また仲間を失うぐらいなら、せめて彼だけは、エドワルドだけでもこの手で__


強く握りなおし、振りかざした剣はまるで吸い込まれるかのように彼のその白く細い首へと食い込んだ。


エドワルドの目に今の私はどう映っているだろうか。


きっと、軍の総統にあるまじき情けない顔をしていたのだろうな。


見えたエドワルドの顔は、私が執務に嫌気がさした時や仲間達と馬鹿みたいに騒いでいた時と同じ、穏やかな笑みを浮かべていた。


「ありがとう」も「ごめん」の言葉も、私達の間には必要なかった。


勢いのままに薙いだ剣は、彼の首を容易く切り裂いた。


噴き出したエドワルドの瞳と同じ朱あかが頬を濡らす。


______まるで泣けない私の代わりに彼が泣いてくれているようだ。


緩く孤を描いたその口が、私を呼ぶことはもう無い。


彼を殺そうとした敵兵を葬り、彼と共に最後まで戦った剣を拾い上げ迫りくる敵兵共を物言わぬ屍へと変えていく。


「死にたい奴から掛かって来い」


これ以上彼を傷つけないために。少しでも彼が穏やかに逝けるように。


「俺達は安くないぞ」


数えるのも嫌になるほど切り殺しても湧いて出る敵兵共の目には、色濃く恐怖が映っていた。


恐怖に支配された人間ほど動きが単調になる。


震えて死を待つだけの愚かな者達は私を悪魔だと、化け物だと叫んで死んでいった。


それならば良いさ。だが、その行為は見逃せないなぁ?


「そいつに触るな」


何を思ったのか、エドワルドの体に剣を突き刺そうとする馬鹿がいた。


悪魔や化け物の仲間ならば死んでもまた蘇るなどど戯言を喚く煩い兵の首を地面に叩き落とす。


蘇るのならば、この胸の切り裂かれるような痛みも苦しみもただの悪い夢だと思えただろうな。


剣を振るい銃を用いて敵兵を倒し続けた。


全てを薙ぎ払い傷つこうが構いなしに動き続けて、周囲に生きている敵兵は無く、俺だけがそこに立っていた。


(いたい)


戦争に、この戦いに勝ったというのに、何時ものように楽しくない。


(くるしい)


何故なら、彼らがここにはいない。


(さみしい)


馬鹿みたいに騒いで、笑い合っていた彼らの声が聞こえない。


(……こわい)


『レオ』


『レオちゃん』


『レオポルド』


『レーさん』


『レオポルドさん』


彼らがいないと、楽しくない。


(お前たちがいないと、さみしい)


『……レオさんは、ホントさみしがり屋ですね』


仕方ないだろう?寂しいものは寂しいんだ。


……彼らは、こんな俺と共にいて幸せだったのだろうか。


俺と出会わなければ、彼らはこんな所で死なずに済んだんじゃないだろうか…。


今となっては、もうそれすらも聞けない。


(でも……ありがとな)


こんな俺に付いて来てくれて。


共に戦ってくれて。


支えてくれて。




エリオ


軍医なのに、苦手な重火器をもって最後まで戦ってくれた。


どんな傷も治せるようにと、軍学校時代から勉学に励みいつも俺達を支えてくれた。


お前が作ってくれる菓子は最高だった。




カルロ


その類い稀なる頭脳と力をもって戦ってくれた。


俺達を生徒と呼び、俺達も貴方を先生と呼び慕っていた。最後の最後まで、俺達を信じてくれた。


貴方が語る物語は何時も希望に溢れていて、聞くのが毎日の楽しみだった。




アルミノ


敵軍を内部から崩し、戦ってくれた。


様々な武器を己の手足のように使いこなし、美しい舞のように戦う様は見ていて楽しかった。


基地内での可愛らしい悪戯は、優しいお前らしくてつい引っかかってしまったな。




ロドルフォ


縦横無尽に戦場を駆け回り、敵を翻弄しつつ戦ってくれた。


彼がいなければ、我々はもっと早く負けていたかもしれない。


何時も明るくて本当に楽しそうな笑い声を聞くのが好きだった。




ネヴィオ


戦うことも基地内から出るのも苦手だったのに、最前線で戦ってくれた。


面倒くさがりでも仲間の為に戦うお前は俺達の誇りだ。


お前が造り出す様々な兵器にはロマンがあって面白かった。




フィエロ


ロドルフォと共に戦場を駆け回り、部下達にも声を掛けながら戦ってくれた。


その声に多くの部下や幹部達は勿論、俺達も励まされ最後まで全力で戦うことが出来た。


得意の泳ぎは見ていて飽きなかったな。




ルッカ


誰よりも先を見据え、最善へと仲間達を導こうと戦ってくれた。


他の幹部達の死を見て、涙を流しながらも戦う姿に俺達も立ち止まらず前を向けた。


他の悪戯っ子達と遊んで、よく皆に笑顔を届けてくれたな。




ダンテ


何時もの鎧姿で、綺麗好きなのにボロボロになってまで戦ってくれた。


無口だが、誰よりもこの軍を愛してくれていた。


一人で苦しんでいたり寂しがっている仲間の所に行っては、寄り添って話を聞いてくれたな。




ジュスト


この軍の中ではまだ新しい幹部で、戦場では周囲のサポートに徹し支えてくれていた。


的確なサポートにエディが流石だと褒めていた。勿論俺もな。


毎晩遅くまで自主訓練して努力し続ける姿に負けてられないと力をもらったな。




エドワルド


最後まで共に戦い俺が終わらせた、俺の右腕。


俺が国を、居場所を造る理由となった人。


多くの戦場を駆け、この世界の醜さと美しさを知った。


あの柘榴石ガーネットの瞳が輝くのを見るのが好きだった。


彼の瞳の輝きを引き出しているのが俺達だという事が嬉しかった。


隣にいることが当たり前で、お前がいないと酷く息がしずらかった。




その瞳は瞼で閉じられ見ることが出来ないけれど。


鉛のように重い体をノロノロと動かし、エドワルドの隣に横たわる。


「………またな、エディ」


「さよなら」ではなく「また」


来世なんて信じてはいないが、また仲間達とたくさん話して腹が痛くなるまで笑い合いたい。


だから次があるなら、と願ってしまうのだ。


灰色の空から降る雪が頬にあたり、雫となって地面に落ちた。


それに懐かしいなと苦笑して、手招く闇に逆らうことなく身を委ねる。






その直前




彼が基地に置いてきた筈の赤いマフラーが見えたような気がした。














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