藍すべきは春の青さか、オカルトか。

神田椋梨

遅い入部、それと料簡と理の研究部

第1話 訳ありの新入部員

 料簡りょうけんことわりの研究部。


 俺がその珍妙不可思議奇々怪々な部活の募集ポスターを見つけたのは7月の中頃だった。梅雨が明け、陸上の中体連も地方大会が始まったくらいだったからよく覚えている。ポスターは人通りの少ない廊下の掲示板に貼られていた。


 俺はそのポスターの斬新さに目を惹かれた。心まで奪われたと言っても良い。

 最後の晩餐を彷彿とさせる配置の数人の男女が、本を読み、ペンを動かし、話合いをしている画。そして白と黒だけのシンプルな配色と妙に達筆な文字によって、シックにまとめ上げられていた。料簡と理という科学的な匂いの漂う名前と,過去の文化的な画を合わせるセンスに、俺は恥ずかしながら唸ってしまった。

 去年、つまり俺が茶々城ささしろ中学校に入学した時なのだが、当時はこんな部活は存在していなかった。まして今年の新入生募集期間においても、この部活の名前は一度も聞いていない。   

 初めてこのポスターを見かけた時は、美術部が分裂して新しい部活を作ったのだろうか、と思ったのだが、その予想が外れていると気付くには数秒もかからなかった。


 活動場所も活動内容も部員数も書いていない中、唯一記述されていた情報は、部長の名前。

 そいつはこの中学校で知らない奴はいないほどの知名度を誇り、あらゆる男子そして女子からの人気を一身に集めていると言っても過言ではない女子、小宮山こみやまあずさだったのだ。

 小宮山梓は美少女、いや、中学生に対して使う言葉としてふさわしいか判断しかねるが、彼女は美人であった。それもとびきりの。

 中学校に入学した当初の小宮山は、お料理研究部という部活に所属していたらしいが、どうもこのポスターを見る限り、今は完全に別の部活を立ち上げているらしいのだ。うちの中学校では兼部は原則禁止だ。


 だが正直なところ強がりでも何でもなく、俺は学校一の女子、小宮山梓に興味があったわけでは無い。同年で小学校も同じ、顔見知りという間柄ではあったが友人というほどでもなかった。小学生の時のことや入学式での一件のようにまた何かやろうとしているのか、と彼女のバイタリティに感動を覚え、賞賛の拍手を送ったものの、『小宮山梓が何か始めたから』という理由だけでは、その部活に入ろうとは思わなかった。


 俺が最も惹かれた理由、それはやはり部活の名前だった。

 料簡と理の研究部。

 いかにもこの世の真理を突き止めるために設立された部活ではないか、俺はそう思った。思わせぶりなポスターもそうだし、少ない情報量でも隠しきれないミステリアスさは俺の好奇心をしきりに揺さぶった。

 第一、俺にはかねてから、推理や考察を重ねて真実を明らかにしてみたいという夢があった。というよりも、推理小説やサスペンスドラマで描かれる探偵役が、見事に謎を解決するさまに憧れていたのだ。

 幼い頃に読んだクリスティの本、とくに名探偵ポワロが好きだったからだろうか。一見冴えない男が事件を解決する。その姿が恰好良かった。

 ただ断っておきたいのは、彼の見た目に憧れているわけではないということだ。俺は禿げたくはないし、太りたくもない。口髭も微妙だ。容姿ぐらいは気にしてもいいだろう。


 そんなこんなで俺はこのポスターを見てからすぐに小宮山との接触を図り、入部届まで提出してしまった。今思えば、あまりに早計過ぎる判断で、明らかに思慮が足りていなかったのだが。せめて活動内容の確認くらいはすべきだった。


 もちろん、忌々しき陸上部への退部届は忘れなかった。

 すぐにでもあの陸上部を去りたかったのだ。

 むしろそれが、料簡と理の研究部に入ろうとした本当の理由だったのかもしれない。


 夏休み前の暑い日、意気揚々と入部届を提出した帰りにふとあの掲示板の前を通った。料簡と理の研究部のポスターは上部を止めた画鋲が外れ、力なく垂れさがっている。その下に、窓からの紫外線で青白く日に焼けた人権宣言のポスターが顔を覗かせていた。そんなありふれた光景が、なぜだか頭に張り付いて離れなかった。

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