なんで私/僕が文芸部に 御堂藤学園文芸部活動記

はくすや

『僕が文芸部にいるワケ』① 鴇田量也

 静かな部室にカタカタとキーボードを叩く音がする。長机の上に置かれた古いノートパソコンを前にして僕は首を捻り、必死に考えを搾り出しては、文字を打ち込んでいた。時おり隣の方を見やると、鴫野亜実しぎのつぐみが不機嫌そうに口許を歪めて僕と同じように文を打ち込む作業をしている。

 手元が時々暗くなるのは但馬たじま先輩が覗き込むからだ。但馬先輩の姿がうっすらと画面に写り込むと、たちまち僕は文字が認識できなくなる。気が散って仕方がないと僕は思うが、口にはしなかった。但馬先輩の視線が鴫野しぎのヘ移った際に手を動かすのが今の僕のやり方だった。それはおそらく鴫野しぎのも同じだっただろう。

「君、そんなキャラだったのか?」

 但馬先輩の声がしたと思ったら、鴫野が大きな声で但馬先輩を非難した。

「何ですか、書いている途中で! 良いじゃないですか、これは小説です、フィクションなんですから」

「あ、……悪い、小説だったな」

 あの無礼極まりない但馬先輩がタジタジとなっている。

「失礼した、続けたまえ」

 但馬先輩は鴫野から離れ、離れたところにドカッと腰を下ろした。瞑想しているようだ。いや、迷走かな(笑)。

 何にせよ、僕と鴫野は課題を進めることにした。

 なぜこのような状況になっている?

 時は御堂藤学園入学式の日にさかのぼる。


 僕は縁あって御堂藤学園高等部に進学した。

 十数年前に共学化したが、御堂藤学園の前身はミッション系女子校で、地元ではお嬢様学校として知られていた。その校則は以前に比べてかなりゆるくなっているようだが、今でもその片鱗を垣間見ることができる。それが入学式だ。式案内に赤のアンダーラインが付されて注意書きがあった。式にはフォーマルスタイルで参加せよ。

 新入生の身なりには細かい制限がいくつもあった。特に女子は詳細に説明がされていた。髪は黒髪。長髪の場合、三つ編みまたはシニヨンにまとめ、ピン等で留めて額を出すこと。制服はフォーマルタイプの冬用セーラー服で膝丈、黒タイツにローファー。胸のリボンの色は藤色。指定の革製鞄と教科書教材を持ち帰る指定の折り畳みバッグのみ携帯を許されていた。

 男子はファスナータイプの詰め襟で喉元ホックは必ず留めておくこととわざわざ書かれていた。

 そして名札は校門を通過する際に胸につける。防犯上の理由から校外での名札の着用は禁止されているのだ。そうした身なりのチェックは校門を通過する際に教職員、生徒会、美化風紀委員によって厳格になされていた。だから入学式の日、生徒は皆ほとんど同じ姿に見えたのだ。顔まで区別がつかないくらいに。

 式そのものは静かで厳かな雰囲気の中、無事に終了した。僕たちは誘導されてそれぞれの教室へと移動した。

 僕のクラスは一年H組。一学年八クラスになるからAから始まって八番目のクラスとなる。別に成績順にクラス分けされているのではなかったから何組でも良かったが、Hという響きは何となく良くはなかった。

 担任は五十代男性教師。ちなみに八クラスのうち担任が男性なのはE組とH組のふたクラスだけだ。元女子校の御堂藤学園は今も生徒の六割以上が女子で、しかも教職員の八割以上が女性だった。

 担任が五十代男だと知ってクラスの男子生徒たちが落胆したかというとそうでもない。年配教師が担任の場合、たいてい若い女性教師が見習いのように副担任として配置されていて、事実上この副担任の女性教師が担任として動くのだ、とその日のうちに僕たちは知らされた。

 結構美人の先生だったので僕たち男子生徒は心の中で喝采したはずだ。たぶん。

何はともあれ、その日の行事はあわただしくも滞りなく終了した。

 僕たちは教材部で重い教科書やらを受け取り、下校することとなった。その、校舎から校門までの道のりで、僕たちは部活連の歓迎に巻き込まれたのだ。

 入学式は高等部と中等部合同で、その日登校する生徒はそれぞれの一年生のみだったはずだが、ここにクラブ勧誘する上級生たちが多数押しかけた。

 生徒会と美化風紀委員たちが過度な勧誘を阻止すべく監視していたにもかかわらず数の暴力が暴走し、僕たちはもみくちゃにされた。気がついたら僕はなぜか一人の女子生徒に手を引かれていた。

「こちらへいらっしゃい」

 目元涼しげな彼女は癒しの微笑をたたえていた。

 僕は教材が入った重いバッグを右肩に引っかけ、革製鞄を右手に持ち、左手は細く小さな手に引かれて、顔は火照っていた。

 再び校舎の奥へと入る。似たように先輩たちに囲まれる新入生の姿をたくさん見たが、美人の先輩に手を引かれる僕は新たに声をかけられることはなかった。

 そうして部室棟の一画の、とある部室に連れてこられたのだ。

「ここが文芸部の部室よ」彼女は言った。「ようこそ文芸部へ」

「え、文芸部、ですか?」

「そう、文芸部。私は部長をしている三年A組の槇村雪菜まきむらせつなです」

それが僕と槇村さんとの出会いだった。


 ポーズ


「ちょっと待って! 何かキモい」鴫野しぎのは顔をしかめた。

 部室棟三階にある文芸部部室。そこに男子生徒が二人、女子生徒が一人いた。三年D組の但馬一輝たじまかずき、一年H組の鴇田量也ときたかずや鴫野亜実しぎのつぐみ。三人は部活動の一つとして、創作活動をしていた。

 三年但馬の指導をもとに二人の新入生が悪戦苦闘している。

 鴇田の「作品」を鴫野と但馬が画面をスクロールさせながら読んでいて、途中で鴫野が読むのを中断したのだった。

「いきなり槇村先輩との出会いを妄想小説にするなんて、ないわー」鴫野は容赦なく鴇田をこけ下ろした。

「だからイヤだったんですよ、実名にするのが。いくらフィクションといっても実名が出てたら本人の話だと思っちゃうじゃないですか!」鴇田は但馬を見上げて非難した。

「良いんだよ、これで。練習だし、ゲームだし」

「ゲ、ゲームって」

「登場人物を実名ありきにするのが我が部の伝統なのだ」

「それ、本当ですか」

「うむ、後で先輩方の作品に触れると良い。ウソでないことはわかるだろう」但馬は悪びれず言った。

「実際どうなの?槇村先輩はあんたの手を引いて連れてきたの?」

「ん、どうだったかな」

 鴇田は上を向いた。鴫野は呆れる。

「まあ多少の脚色はあっても課題には影響ないと思う」鴇田は開き直るように言った。

「なかなか興味深いな。恋愛小説、いやラブコメ程度にはなるのかな。続きをみてみよう」但馬の一言で、鴇田の「小説」品評会が続いた。

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