小さく願う

 もっと美しい文章を書きたい。


 書き始めたきっかけは、ネット投稿サイトだった。読んでいるうちに、書いてみたいと思った。実際に書いてみると、想像以上のハードルの高さに笑うしかなかった。

 自分はこんなに浅慮で知識がなく、語彙力も乏しかったのかと呆れてしまう。

 それでも。ここで止まれば、もう二度と戻れない気がして、しがみつくように書いている。何よりも、読んでくださる方がいることが有り難くて嬉しくて仕方ない。


 それに本が大好きだった。読み始めれば、時間を忘れる。幼少期は、本読みながら帰ることも常だった。ランドセルには五冊の本を持ち歩いていた。食事の前も、寝る前も、電車に乗る時も、常に本がそばにいた。

 そのうち活字中毒、本の虫と呼ばれるようになり、どんどん悪くなる目を勲章のように思っていた。今では、私の目はコウイカよりも視力が悪い。


 それも、大学院に行くことで次第に小説を読む機会は減り、代わりに論文を読むことが増えた。

 実験の結果を淡々と述べる論文は、小説とは確かに異なるところも多かったが、ストーリーは明瞭で、私は非常に好きだった。


 もっと研究をしたい! 寝食を惜しみ、全力でひたすらに研究することを愛していた。

 でも、その願いは私の心の弱さと業の深さで儚くも終える。出る杭が打たれるわけではない、出る前から打って壊す人間がいる。いや、出る見込みがないからこそ打って潰す人間がいる。そうして、物言わぬマンパワーを生産する組織があった。

 もっとも、自身に特別な才能や優秀な頭が無いことは気が付いていた。なによりも不器用だった。だから、これは既定路線だったのかもしれないと最近は思っている。


 悔しくて辛くて、何度も泣いて、ついには泣けなくなった人生の延長線上に、こうやって文章を書ける穏やかな時間を持てたのは幸せなことだと思う。


 今、私が生きている時間は、人生の延長戦だと思っている。この時間に何をしよう。そう考えると、とても楽しいし、とても怖い。

 人生が終わる頃には、美しい文章が書けているだろうか。小さく願いながら、今日は筆を置きたいと思う。


 一介のなんてことのない人間の話を、ここまで読んでいただいた貴方に感謝を込めて。

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