夜の帳が落ちる頃

Mist

真夜中の内緒話

「眠くなる方法にさ、羊数えるってあるじゃん。」

「あるね。」

「あれやったことある?」

「ないね。」

「数えてると2桁目の後半からさ、普通に数数えるの難しくなってきてさ、逆に目冴えた事あるんだよね。」

「真理じゃん。こわ。

ちなみに羊数えようとして山羊しか出てこなくてやめた事ならあるよ。」

「それもまた真理じゃん?

羊と山羊の謎の方に辿り着いてるのは結構強者よ。」




月曜AM2:00




明日も仕事だと言うのに一向に訪れない睡魔を待ちながら、とととっとスマホをタップする。

部屋も暗い。

布団も被ってる。

しかしどうにもお目目はぱっちりしているのである。


「眠気は?」

「いや、困ったことに全く。」

「同じく。」


画面の向こうの彼も同じようだ。

トークアプリの画面にはかれこれ3時間前から彼との履歴が連なっている。


「隣に彼女居るんでしょ?大丈夫なの?」

「大丈夫。布団別だし。」

「え、そうなの。」

「もう1年半くらい。」

「じゃあ同棲する前からじゃん。」

「そうそう!」

「正直、布団別のほうがめっちゃ快適に寝れる。」

「それね。実際快適。

ただ、こんなこと言うとだけど、布団別にしてからそういうことしなくなった。」

「だよね。

私も同棲してた頃別だったもんな。

うちは生活リズム違いすぎて。」

「やっぱそうなるんかね。」


他愛もない話に花が咲く。

私は割とこの距離感を気に入っているらしい。


一度ここで彼に触れておこう。

彼は私と職場が同じで隣の部署の3歳年下、同じ部署の彼女が居て1年程前から一緒に住んでいるらしい。

そして今日は同じ会社の人数名で新作のゲームをやっていた名残で今現在までやり取りが続いている。


以上だ。


喫煙所でひょんな事から仲良くなって連絡先を交換してから、全くやり取りなんてしたことがなかったというのに、タイミングとは分からないもである。




そして私が何故寝付けないか。

心当たりはありすぎる。

今日は特別嫌なことがあった。


どのくらい嫌かと言うと、久しぶりにウキウキしながら作ったペペロンチーノを全部トイレへ吐き出すくらいには嫌だった。

今もなお胃のあたりがムカムカする。


「体調は少しはマシになってる?」


見透かしたようにかれに問いかけられる。


「体調は全然!あれは、なんていうか、拒絶反応みたいなものだから。」

「それならよかった!」


不思議な男である。






「ねね、凄い疑問なんだけど、休みの日とか何してんの?

失礼なのは重々承知なんだけど正直君らカップルが趣味が合うようには見えなくて。」

「俺は一人カラオケか、ゲーム、YouTube、映画鑑賞、たまにパチンコ。

向こうはパソコン、仕事、向こうの趣味、マッサージ行く、ネイル行く、みたいな感じ。

こんな被らんかってくらい被ってないよ。」

「それはなんていうか・・・。

家でも仕事してるとかブラックだなぁ・・・。」

「ね、でも俺はあの部署の人達を仕事面では一切認めてないから自業自得感あるけど。」

「そうなんだ。

まぁ、私も言いたいことはいっぱいあるな。主に部長に対して。」

「ヤバい・・・。

思ってる事を全部打ってしまう時間帯になってる・・・。」

「やばいね。骨髄で会話してる。」

「でも事実そっちもめっちゃ迷惑かけられてるもんね。

マジで可哀想だと思う。」

「まぁうちはもっと納期守ってくれないかなぁとは正直思ってる。」

「そりゃそうだよね。」


どんどん話が展開していく。

なんだかんだ、既に時計はAM2:30を指している。

先程からすでに30分も経過しているなんて。


「あそこの部長、人物腰柔らかそうに見えてまじプライドの塊でくそ頑固だからヤダ。」

「そうそう!よくわかってるね!

ねーちゃん見る目あるよ!」

「男見る目はねぇけどな!」




「てことは今日の体調不良はそれが原因?」

「・・・流石だねぇ。」

「企画部の課長でしょ?」

「・・・流石すぎない?」

「もっと褒めてくれてもいいよ!」


私はそんなに分かりやすい人間ではないと思う。


「そんなに分かりやすかった?」

「前に推しって言ってたからさ!」


前言撤回。


「よく覚えてるね。」

「もっと褒めてくれていいんだよ!!」

「あれデジャヴ??」




「まぁ、なんていうか、端的に言えば凄いクズなんだよ。」

「正直さ、」

「うん」

「推しって言ってたから言いづらかったけど俺もともと嫌いよ。」

「そうなの?なんかごめん。」

「仕事が適当すぎて無理!」

「君が嫌うって珍しくない?

てかこの前までやってたプロジェクトしんどくなった?」

「そうなの・・・。めっちゃしんどかった・・・。」

「だよね??頑張ったねぇ。」

「ありがと!!」

「今日のはさ、」

「うんうん。」

「知りたくなかったことを知っちゃって、その反動でパスタ出たって感じ。」

「なるほどねー。」

「こんな時間だけど、聞いてくれるかい?」

「いいよ!こいこい!!」


年下のやさしさに素直に甘えることにする。


「まずさ、課長結婚してるじゃん?」

「うんうん。」

「でさ、前噂になってた人居るの知ってる?」

「あー。総務でしょ?」

「そう!で、私じゃん。」

「うんうん。」

「あとうちの先輩。課長と課長の部下と先輩と金曜日4人で飲みに行ったんだけど、帰り道に同時刻で口説かれてたの草生えない?」

「え、それはもう森。」

「大 森 林」

「やべぇね。」

「なんなの?あの人クズ極めてんの?」

「俺はもともと好きじゃないから何とも言えないけど、良い噂聞かないよ?」

「やっぱそうなのかー。まぁ潮時かなと思ってる。」

「大事になる前にね。正直俺は手を引いてほしい。」

「なんで?」

「なんかしんどそうなの見るの嫌。」

「あ、ごめんね。

こんな話にこんな時間まで付き合わせて。」

「それは全然平気です!!!」

「いや強っ。」




ふふっ、と息が漏れる。

一人暮らしの我が家には、声に気をつけなければいけない誰かも居ないのに、それはまるで私と画面の向こうの彼の2人以外に知られてはいけないかのような、とても密やかな笑みだった。




「てかなんでそれ発覚したの?」

「ご親切にも先輩がスクショ全部送ってくれましたとさ。」

「鬼なの・・・?」

「天使のつもり。知っておいたほうがいいと思って・・・って。」

「いや大分きちー。」

「まぁまぁ。親切心だから。」

「本当に?」

「そう思っておかないと物理的に死ぬ。」

「確かに。」




指先からポロポロと溢れる本音を全て吸収して返事をくれる。

彼の前世はスポンジだろうか。




「てか俺その部下の人も好きくないし。」

「そうなってくるとあの課に好きな奴いなくね?あとは到底好きとは思えないんだけど。」

「嫌いよ、実際。」

「嫌いだったーーー。」

「ストレスMAX」

「胃に穴空く。」

「ストレス発散でカラオケ行こうぜ!」

「突然だな!行こうぜ!」

「明日休んでカラオケ行く?」

「ありよりのあり。」

「マジでそうしたくなるレベルで明日は使い物にならないー。」

「明日の予定考え始めたら負け。

私は常務のお茶出しさえちゃんと遂行できればそれでいい・・・。」

「常務にお茶掛けないようにね。」

「善処します。」




元々彼とは話は合うと思っていた。

が、顔を合わせる機会も大して無ければわざわざ連絡を取らなければいけない用事も無かった。

もし彼が誰のものでもないなら、気晴らしに今回みたいな無駄口も言えるし、本当にカラオケに行けたかもしれないなぁ、と柄にもないことを考えてしまう。



「あんまこのペースでやり取りすることなくない?もはや普通の会話の速度だもん。」

「流石に無いよね。フリック上手になっちゃう。」




「明日何時起き?」

「6:30過ぎくらいには・・・。MAX7:00かな。」

「起きる時間ほぼ一緒だわ。俺は6:50を狙ってる。」

「めちゃくちゃいいところ。目覚ましはかけとかないと。」

「1.5時間刻みの睡眠が目覚めやすいらしいからあと30分以内に寝れば寝坊はない!何故なら目覚めやすいから!」

「30分で寝付くには、今すぐスマホ置いて目を閉じることです。」

「確かにそれも一理ある。」




しかし全くと言って良いほど訪れない眠気を待ちきれなくて電子タバコに手を伸ばす。

一口、深く吸い込みゆっくりと吐き出す。

電子タバコに変えて正解だな、と思った。

何故って布団に入ったままタバコが吸える上に家事も匂いも気にしなくていい。

最高か??

そう言えば彼との出会いも喫煙所だったなーなんて考えているとポンッとメッセージを受信する。



「もう一個聞いていい?」




とととっと返事を打つ。




「ん?なにー?」

「結構いろんなさ、集まりに顔出してるじゃん?」

「そうかな?まぁ成り行きでは多いかもね。」

「あれってさ、楽しいの?」

「え?それ聞く??」

「いや、楽しいのかなーって思って。」

「楽しいは楽しいよ。でもやっぱり自慢し合う場かゲスい噂話する場になるよね。」

「やっぱそんなもんか。」

「そうそう。接客してるのかと錯覚する。」

「大変だねぇ。」

「まーた愚痴になってしまった。ごめんね。」

「気にせず吐き出して貰って構わんよ!俺は全然気にしないから!」

「本当ありがたい性格してるわ。

なんて言うか皆人間だしさ、」

「うん。」

「いい人だとは思うけど、思うところはあるよ。」

「俺は思うところしかないよ。笑」

「えーそうなの??ちょっと安心したわ。」

「思ってたよ。だから楽しいの?って聞いた。」

「付き合いの延長線上と思ってる。

そちらが楽しければいいんじゃないですか?(笑)みたいな。」

「辛辣ー!でも本当にそうだよね。」




感覚が近い人間の安心感たるや。

もしくは人に合わせる天才なのかもしれない。

とても居心地がいいが、このままでは寝ずに仕事をする事になってしまう。




「ねぇ。そろそろ寝ないとまじでやばいと思ってるんだけどどう?」

「同じく!流石にヤバそう。寝る努力しないと。」

「寝れそ?」

「うーん。眠くはないからたぶん動画みる事になるかと。寝落ちに期待。」

「寝落ちできることを祈ってる。」

「ありがと!ごめんよ、遅くまで付き合わせて!」

「こちらこそ!ごめんね!重たい話聞かせちゃって!また明日!」

「全然いいよ!


辛そうなの見てるの俺も辛いから、少しでも楽になればおっけ!


おもろかった!また明日!」




時刻はAM3:30

まだしっとりとした夜続いている。

通知を知らせなくなったスマホはさっきとは打って変わって寂しそうにしている。

外気の寒さとは裏腹に満たされた暖かい満足感に包まれながら私は目を閉じる。

どうか、願わくば彼といい関係で居られますように。

良き友人で居られますように。

寧ろ、この関係が壊れることがありませんように。

含みを持たせた願いは夜の闇に吸い込まれていく。




私の残酷な今日は始まっている。











「しんどくね?????気のせい?????」

「めっちゃしんどい。マジでさ、目があかんのよ、いつもに増してさ。」

「私は最強に具合悪い。」

「マジで帰る?ってか間に合った??」

「奇跡起きて間に合った。ワンチャン帰るのありだと思っている。」

「奇跡だね、まさに。

俺は若干寝坊した。許容範囲の寝坊。

ありだよね。もはや戦力にはならない。」

「許容範囲はそれは寝坊じゃないまである。まじでお茶出しだけはやろう。」

「それ、なんなら頻度考えるとデフォまである。今日はお茶に捧げる1日。」

「わかりみが深ぇーーー。

乗り切れたら褒めてあげよ。自分のこと。」




「そうしよ。今日頑張れたら俺が褒めてあげるから、俺のことも褒めてね。」




嗚呼、君はなんて人を喜ばせるのが得意なのだろう。

誰にも言えない、彼にだって言えない気持ちを、夜の帳に隠して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る