事前打ち合わせ

 朝から藍のせいで他愛事ばかり考える一日になってしまった。こうしてたかだか十五の少女のせいでエライ目に遭ったと嘆く当たり、僕はとんだ糞野郎だ。

 ただ事実、あまりまとまった思考を出来る時間がないまま放課後がやってきてしまった。


 放課後、つまり藍との二人きりでのロングホームルーム事前打ち合わせの時間だ。

 見事に須藤先生の二の舞を踏んでしまった。こういう時、話がまとまらないと悟ったなら事前に相手に話をし、日取りを変更してもらうのも一つの手だったが……朝の藍との会話があった手前、容易にそれは言い出せない雰囲気になってしまった。


 それにぃ?

 ほら、藍が妙案思い浮かんでいるかもしれないし。


 本当、失敗するパターンの典型を突き進んでいる。


「青山、放課後だけど」


 藍に言われ、露骨なため息を吐いた。ギリギリまでなんとかならないか頭を捻ったが、僕の頭では面白そうな案は考察出来なかった。


「うん。そうだね」


「じゃあ、さっさと始めよう。グダグダになって、時間無駄にしたくないし」


 昨日の僕の言葉を借りながら、藍は言った。


 断りの言葉は出し辛かった。余計なプライドが働いたせいであることは、言うまでもなかった。


 ただ、ここまで来て……提言者の立場として、時間を無駄にする打ち合わせは出来なかった。


「そのことなんだけどさ」


「何も浮かんでないんでしょう?」


「え」


 筒抜けな状況に、僕は目を丸くした。いや本当、察しが良すぎやしないだろうか。結構驚いた。


 藍は驚く僕の顔を見て、しばらくしてため息を吐いた。


「別に。無駄な時間は過ごしたくないよ、あたしも。でも、少人数で集まって話し合う時間は別に無駄な時間ではないでしょ」


「……確かに」


 言われてみれば。

 無駄なプライドに縛られるあまり、僕は随分と凝り固まった考え方、見方しかしていなかったらしい。


「ほら、始めるよ」


「……でも、いいの?」


「何が」


「坂本さん。いくら無駄な時間じゃないからって……その、僕と二人きりで話したら変な噂流れるかも」


 言いながら、随分と卑屈すぎる言い方をしてしまったと思った。

 前までと一緒で相変わらず頼りない状況に、我ながら嫌気が差してしまっていたのだろう。


「別に」


 別に。


 別に、嫌ではない。

 別に、とても嫌。


 要領を得ない回答に、僕は渋い顔で首を傾げた。


「い、嫌ではないってことっ! わかってよ、それくらい」


 藍は、頬を染めて捲し立てた。


「ほら、始めるよ」


「あ、うん」


 そうして、ようやく一学期のロングホームルームで何をやるのか。

 それの事前の打ち合わせが始まった。


 仕切り役は、勿論僕。

 仕切り役である以上……さっきまでのうだつが上がらない気持ちに整理を付けて、切り替えようと思った。


 ため息が、切り替えの合図だった。


「それで、坂本さん。何か良い案浮かんでる?」


「気を取り直したと思ったらいきなり他力本願じゃない」


 鋭い人である。

 僕は誤魔化すように苦笑した。


「いやあ、僕は何も浮かんでないけど。この際もし、あ……坂本さんが浮かんでいるならそれでも良いかなって」


 掻き捨てる恥も無くなったおかげか、さっきよりも気楽に言えた。


「お調子者」


「エヘヘ。褒めてくれてありがとう」


「別に褒めてない」


 藍はため息を吐いた。


「残念ながら、あたしも浮かんでない」


「そっかぁ」


「なんでそんなに露骨に落ち込むのよ。お互い責任は平等じゃない」


 でも君、何も案を浮かんでいない僕を責めようと……していなかったな、確かに。僕が勝手に気を張っていただけだ。なんだ、悩む必要なかったな、それ。

 

 話が進まないだけで。アハハ!


「真面目に考えて」


「ごめん」


 筒抜けな気持ちに謝罪しつつ、僕は再び気を取り直した。


「さて、早速行き詰ったね」


「そうね」


「このままだと本当に埒が明かなくなるね」


「そうね」


「なんで思い悩んでいるんだろうね、僕達」


「はあ?」


 未だふざけていると取られたのか、藍の声は怒気交じりだった。


「先に、良い?」


 僕はしかめっ面の藍に言った。

 藍は顎でクイッと、言えと言ってきた。


「別にふざけているわけでないよ?」


「どうだか」


「本当だよ。僕がしたいのは、この進まない現状がどうすれば進むのか。それを話したいだけ」


 話を進めたいなら事前に考えておけよ、と言う批判はナンセンス。事前に考える責任は今回両者にあった。批判する権利は、藍にはない。だからって我が物顔で語られるのはウザいと思うが、一旦堪えて欲しい限りである。


「それで、どうして話が進まないんだろうか、か」


「そういう事」


 僕は頷いて、


「で、どうしてだと思う?」


 そう尋ねた。


「……難しく考えているのかも」


 顎に手を当てた藍が、しばらくして言った。


「と、言うと?」


「簡単なことはさ、いくつか浮かんでいるの」


「ああ、それは僕も」


「でもそれを、クラスの皆に言うのかと思うと、どうしても口から出せない」


「なるほど」


 確かに。

 似たような状況であることは、僕も同様だ。

 一学期は四月から七月の夏休みまでの三か月。その間のロングホームルームですることを決める、と言っても、正直たった三か月で出来ることはかなり限られている。そういう時間的な制約。そして、望むべきやることが明確ではない今、色々と頭の中に浮かぶ案を曖昧に不可と判断し、結局手詰まりになっている、と言うのが現状だ。


 恐らく、この現状を打破させる上で必要になることは、可、不可を定める判断基準だろう。


「よし、まずはテーマを決めようか」


「テーマ?」


「そ、この一学期のロングホームルームで、一体何を目指すのか。それを決めよう」


 藍は要領を得ないと、目を丸くしていた。

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