社会人経験

 予想外のアクシデントに見舞われつつ、無事各クラスメイトの委員会選定も滞りなく終えて、放課後の時間はやってきた。

 今日一日、色んなことがあった一日だった。


 まずもって僕はどうして高校生の姿に戻っているのか。


 そのことが未だ疑問のままな現状に過度のストレスと不安を覚えそうになる気持ちで一杯だったが、そんなことを忘れるくらいの疲労も押し寄せていたのでそれらを忘却の彼方へ吐き捨てた。


 久しい環境で、一日勉強に集中する。

 思ったよりも集中力を要してしまったらしい。須藤先生主導のショートホームルームが終わり、起立を命じられた時、肩に重りでも乗っているかのような重みを感じて、疲労具合をより一層理解した。


 礼をして、クラスメイト達は談笑の中クラスを去っていった。


「あ、そうだ」


 そんな中、須藤先生は声を荒げた。


「クラス委員の諸君、ちょっといいか?」


「なんですか?」


 聞き返すも、須藤先生は集まれとばかりに手を振るばかりで要領を得なかった。一刻も早く家に帰って休みたかったが、親玉の意思を削ぐわけにもいかず、渋々須藤先生のいる教壇の周りに僕達は集合した。


「来週のロングホームルームのことについてだ」


 須藤先生は、そう切り出した。


「入学して約一か月。ようやく委員会の体制も整ったところだし、今後の水曜日のロングホームルームは君達主導で場を取り仕切ってもらいます」


「……えー」


 他の男子が嫌そうに言った。


「えー、じゃない。この学校では定番なの」


「定番?」


 思わず聞き返した。

 この学校では、国英数社理、その他いくつかの一般的な授業に加えて、毎週水曜日の六時間目にロングホームルームの授業が設定されていた。そのロングホームルームにて、須藤先生は何かをしろと僕達に言っている、というわけだ。


「代々ウチの学校では、水曜日のロングホームルームはクラス毎にテーマを決めてそれに則った作業をすることになっているんだ」


「へー」


 感嘆の声をあげたのは、かつて経験したはずなのに覚えがない僕だった。


「例えばどんなことをするんです?」


「色々だよ。美化活動。読書。本当に、クラス毎に話し合って決めるんだ」


 須藤先生は続けた。


「と、言うわけで。一連の所作は話したから、後は君達に任せる! 俺はテストの採点があるから職員室に行く! じゃあな!」


 そして、満足げに教室を後にした。


「……どうする?」


 さっき嫌そうだった男子が、僕達の顔を一つずつ眺めていた。未だ、嫌そうな顔は崩れていない。


「まあ、成り行きに任せるしかないんじゃない?」


 他の女子が言った。


「えー、それで大丈夫かなぁ?」


「いや、駄目でしょ」


 心配げな各人に告げて、僕は言った。

 おおよそ、須藤先生の意図は理解した。クラス委員にのみ、事前にこんな話をした意図だ。


「明日、放課後時間ある?」


 僕はクラス委員の人達に尋ねた。


「ごめん。明日は部活」


「あたし達も」


「え」


 部活、か。

 ……それはまあ、強制は出来ない。


 ふと、無言の少女がいることに気付いて、そちらに視線を寄越した。


「……別に、ない」

 

 藍は、僕から目を背けて言った。


「そっか」


「青山、何をする気?」


 他女子が怪訝そうに言った。


「事前の打ち合わせ」


「打ち合わせ? どうして?」


 疑問を呈してくれると、とても話がしやすい。ありがとう。他女子。




「さっきの須藤先生の仕切り、覚えているかい?」


 僕が言うと、クラス委員の連中は顔を見合わせ合った。


「ほら、クラス委員を決める段取りの、だよ」


「あー、うん」


「凄いグタグダだったろう?」


「うわ、青山はっきり言うね」


 他女子は引いていた。でも事実だし、事実を認めないことにはその先の何も見えてはこない。


「どうしてあんなにグダグダになったと思う?」


「須藤先生が根暗だから」


「君こそ、凄いはっきり言うじゃないか」


 他女子の言い振りに苦笑しつつ、僕は続けた。


「あれはね、須藤先生に自分の思惑がないからああなったんだよ」


「……思惑?」


 藍の言葉に、僕はうんと頷いた。


「あの場で須藤先生に求められた役割は、あの場でクラスメイトから不平不満を生まないようにしつつ、各人の委員会を選定することにあった。でも須藤先生、初っ端から反感買うようなこと言って、見事反感買って自分の仕事を頓挫させそうになっていただろ?」


「あー、確かに」


「場を和ませたかったんだろうけどさ、それは仕事ではなくプライベートでやるべきだったんだろうね」


「……高校生の癖に、仕事を語ってるよ」


 他女子に突っ込まれ、僕は少し慌てた。


「と、とにかくさ! そう言うわけで須藤先生の仕切りは、最初からクラス委員の役割決めまで、終始グダグダだった。それは最初の話から始まって、とにかく一貫してどういう風に進めれば上手く仕切れるか。円滑に話し合いが進むのか、それがなかったのが悪かったというわけだ」


 多分、僕が手を挙げなければ、藍が言っていたようなものの数分の話し合いでは終わらなかっただろう。

 さっきの話し合いで、おおよそクラスメイト達の特徴は理解した。主体性もあまりないし、恐らく来週の話し合いの場も、事前に対策しないと終始グダグダになることだろう。


 恐らく須藤先生は、そこまで理解したからこうして一週間前に僕達に来週のロングホームルームの話をしたのだ。


 自分と同じ轍は踏むなよ、と。


「つまり青山が明日したい話は、来週のロングホームルームの話し合い、どうすれば円滑に進むのかを話すってこと?」


 他女子さんは言った。


「いいや、違う」


「え、違うの?」


「来週のロングホームルームの話し合いは確か……今後一学期中のロングホームルームで何をするか、だったよね。




 僕がしたいのは、クラス委員でそれを決めることだ」




 えっ、と藍含めたクラス委員が声をあげた。


「き、決めちゃうの? クラス全体の意見も聞かずに?」


「うん。ただ勿論、クラスメイトの皆の話は聞くよ? 僕達はこういうことをしたいけど、代案はあるかって聞くんだ。まあ恐らく、最終的には話もまとまらず、僕達の案で行くことになると思うから、決めるって言い方をした」


「それ、良いの? なんだかズルいような」


「別に端から否定するわけじゃない。良い案があるなら多数決でも取って平和に決めるさ。ただ、僕が嫌なことは話し合いがグダグダになることってだけ」


「つまり?」


「ロングホームルームで今後したい事がありますかって聞くのと、ロングホームルームで僕達はこういう事をしたい思っているけど、何か代案ありますかって話だと、どっちの方が円滑に話が進むと思う?

 答えは後者だよ。

 何故なら前者は、結局一つも案が出ていないからね。絶対に何か一つを絞り出さないといけない。反面後者は、出ないようならさっさと話を打ち切れる」


「……なるほど」


「と、言う意図で明日、皆に放課後時間がないのか、と聞いたわけだけど……」


 僕の意図に納得した周囲に、僕はようやく長い説明を終えて本題に戻れたことを喜びつつ、苦笑する彼らにため息を吐いた。


「ごめん」


「謝る必要はない。部活なら仕方ないさ」


「今度、何か埋め合わせするよ。青山……と、坂本さん」


「ふんっ」


 ご立腹そうな藍に、僕は苦笑することしか出来なかった。

 申し訳なさそうなクラス委員達は、しばらく謝罪の言葉を繰り返して、居た堪れなさそうに教室を後にした。


 残された僕と、藍。


 居た堪れないのは、どうやら僕も同じらしい。


「あぃ……坂本さん、明日どうする?」


「どうするって、何をよ」


「……話し合い、やる? 二人だけど」


「やる」


 食い気味に、藍は言った。


「……青山は、嫌なの?」


 まあ。


 ……危ない。口に出なくて良かった。


「嫌ではないかな」


 社交辞令社交辞令。


「そう」


「……うん」


「……嫌じゃ、ないんだ」


「…………うん」


 しばらく無言の時間が流れた。

 丁度時を同じくして、校庭からサッカーボールを蹴る音と、快活な叫び声が聞こえてきた。部活が開始したのだろう。


「じゃあ、明日までに考えておくから」


「え?」


 何を?


「ロングホームルーム、何をやるか。話し合いを円滑に進めるには、思惑を持っておくことが大事、なんでしょ?」


「……あはは」


 苦笑したのは。


 かれこれ十年来の付き合いである彼女が……こうして早速、僕の言葉を実践しようとしてくれたのが、嬉しかったからだ。


 思えば僕は、ずっと藍におんぶにだっこだった気がする。


 こうして藍に、何か一つでも教えることが出来ただろうか。

 藍に、手を貸すことが出来ただろうか。


 藍が僕に怒るようになったのは、僕が悪かったのかもしれない。


 頼りない。頼れない。


 僕のせい、だったのかもしれない。




 少しだけ、身に染みた。

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