第27話 贈り物

 ヒューゴと一緒に、街の中を歩き出す。

 初めての土地ではあったが、目的の場所はすぐに見つかった。だがそこに到着した時、中に入るより先に、まずヒューゴの顔色を伺う。


「この店か。お前が行きたかった場所というのは」

「ええ。一応、そうなるんですけど……」


 クリスが向かったのは、ビスクドールの専門店。要は人形屋だ。少し前までは上流階級のものという印象が強かったが、近年では比較的安価なものも作られ、目の前にあるような、庶民に向けた店というのも出てくるようになった。


 ただここに入るには、一つ心配事がある。こういう人形は主に女性向けであり、人形の姿形も、ほとんどが女性を模して作られていた。


「すみません。やっぱり、女性が苦手な総隊長は、こんなところ入れませんよね。帰りましょうか」


 せっかく気晴らしに来たというのに、苦しめてしまっては申し訳ない。踵を返し帰ろうとするが、その肩をがっちりと掴まれる。


「待て。まさかお前は、俺が女の人形を怖がるとでも思っているのか?」

「えっ? だって、実際に苦手じゃないですか?」


 その瞬間、ヒューゴのこめかみにくっきりと青筋が浮かんだ。


「バカにするな。いくら俺でも、人形でどうにかなるほど拗らせてはいないぞ!」

「す、すみませーん!」


 怒られながら店に入るが、それでもつい、本当に大丈夫だろうかとヒューゴの顔色を伺ってしまう。とはいえ本人が言うように、さすがに人形相手にどうにかなりはしないようだ。

 ただ、入店時女性の店員が声をかけてきた時は、まるでクリスを盾にするように後ろに下がってはいた。


「俺としては、お前がこういうのに興味があるという方が意外だぞ。今までそんな話、一度も聞いたことがなかったからな」

「まあ、男として通している間は、とても言えませんでしたからね。そもそも、私が興味があるわけじゃないんです。実家にいる末の妹が好きなので、送ったら喜ぶかなって思ったんです」


 クリス自身は、男兄弟の影響で、野山を駆け回り武術の鍛練に勤しむような日々を過ごしていたが、一番末っ子の妹は、こういういかにも女の子が好きそうなものを好んでいた。

 実家には、何度も仕送りや手形をやってはいるが、たまにはこういうのを送るのもいいかもしれない。


「相変わらず、家族仲がいいんだな」

「そうですか? 普通だと思いますけど」


 ヒューゴの言葉に、首を傾げる。

 もちろん、家族仲が悪いと思ったことはないが、余裕があれば喜ぶようなことをしたくなるし、何かあったら助け合う。クリスにとって、それは特別でもなんでもない、当たり前の家族の形だ。

 だが、言った後で思い出す。ヒューゴが、その家族との間に何があったのかを。


「あっ……」


 動揺が声となって漏れ、それを隠そうと慌てて口を閉じる。だが既にヒューゴは、クリスが何を思ったのか察していたようだ。

 それでも、彼は気を悪くした様子は一切なかった。


「変な気は使うなよ。お前が気にする必要は一切ないんだからな」

「は、はい。すみません」

「あと、謝る必要もない。それより、送ろうとしてるのは、これでよかったよな」


 そう言って、クリスが一番熱心に見ていた人形を持ち上げ、会計に持っていこうとする。


「何してるんですか? それくらい自分で買いますよ」


 見ていた人形は、この店にある中では比較的値段が高めだが、決して手が出ないわけじゃない。

 だいいち、わざわざヒューゴに買ってもらう理由がない。


「別に、大した額でもないだろ」

「それなら余計に自分で買いますよ。だいたい、今は総隊長の息抜きに来たんじゃないですか。自分のために使ってください」


 人形を取りあげ、自分の財布を開こうとするが、ヒューゴもまたそれを止めた。


「あんなつまらん話につきあわせたんだ。これくらいさせろ」

「えっ?」


 あんな話。昨夜語った、ヒューゴの生い立ちについてのものだろう。だがそれにつきあったからといって買ってもらうというのは、やはり納得がいかない。


「いやいや。話を聞いただけで買ってもらうなんて、それこそおかしいじゃないですか」


 そんなよくわからない理由なら、なおさらもらえない。しかしヒューゴも、それならやめようなどと言う気はないようだ。


 二人とも、半ば意地になったように譲らず、少しの間硬直が続く。だがそれも不毛だと思ったのだろう。ヒューゴが軽くため息をつき、言う。


「いいから、もらってくれ。迷惑かけて詫びの一つもできないというのは、どうも落ち着かん」

「迷惑って、何がです? 話に付き合ったことなら、迷惑なんて思ってませんよ」


 ヒューゴの話を聞くと決めたのは、あくまで自分の意思であり、それに負い目を感じることはない。

 だが──


「それはわかっている。けどお前、話を聞いた後も、今朝も、ずっと元気がなかっただろうが」

「あっ…………」


 思わず声をあげたのは、ヒューゴの言う通りだったからだ。

 昨夜話を聞いてから今朝まで、ずっと気持ちが沈んだままだった。


 それがマシになったのは、こうして憂さ晴らしの付き添いとして街に出てからだ。


「総隊長。もしかしてこの憂さ晴らしって、私のためにやったんですか?」


 いや、さすがにそこまで思うのは、自惚れが過ぎるだろう。こんな的はずれなことを聞いてしまって恥ずかしい。

 そう思ったが、なぜかヒューゴは、それに答えず目をそらす。


「とにかく、これは俺が買う。でないと、高級街に行ってもっと良いものを送りつけるぞ」

「い、いえ。それでいいです!」


 今でさえややこしいことになっているのに、この上さらに拗れてはかなわない。結局クリスが根負けし、人形はヒューゴが買うこととなる。


(お詫びの贈り物って、こんな押しつけるように渡すものだっけ?)


 そう思ったが、不思議と不快には感じなかった。不器用だが、これがヒューゴなりの気づかいだとわかったからだろう。


「総隊長、ありがとうございます」

「別に、礼などいらん」


 お礼を言うと、少し照れたような表情を見せ、それがなんだかおかしかった。


 それから二人して店を出てた頃には、下町に来てからそれなりの時間が過ぎていた。

 今日中にナナレンに帰るなら、そろそろ領主館に戻った方がよさそうだ。


 高級街の方へと足を向け、歩き出す。だがその時だった。

 行き交う人の中から、突如悲鳴のような声があがった。


「誰か、その男を捕まえてくれーっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る