第15話 淑女となれ!

「でも総隊長、ちゃんとそこからいい方向に持っていってくれたじゃないですか」

「あんなもの、普段のお前を見ていたら、ひねり出すくらい難しいことじゃない」

「えっ? あれって、出任せを言ってたわけじゃないんですか?」


 先ほどヒューゴが言っていた、数々の賛辞を思い出す。例えその場しのぎの方便あったとしても、あれだけの言葉をかけられてはなんだか照れ臭くなってくるが、ヒューゴの言葉を聞くと、全くの嘘というわけでもないようだ。


「これでも、総隊長として、お前達隊員のことは見ているつもりだ。当然、お前が普段から訓練にもしっかり打ち込んでいることも、危険な任務にも臆することなく挑んでいることも知っている。さっきのは、それを思い出しながらそれっぽく語っただけだ」

「そ、そうなのですか」


 ヒューゴはさも当然のように言うが、クリスとしては、照れ臭さがさっきまでの比ではない。

 ついさっきまでダメ出しをしておきながら、誉めるところはさらりと誉めるというのは、なんだかずるい。

 だが今の話を聞いて、思うところがひとつある。


「そんな風に思ってくれているなら、警備隊をクビにしなくてもいいじゃないですか!」


 一度はスッパリと諦めたつもりだった、警備隊員の継続。しかしこれだけ評価してくれるのなら、実はまだチャンスがあるのではと思わずにはいられない。


「バカを言うな。前にも言っただろ。一度例外を認めたことで、お前の他にも女の入隊希望者が出てきたらどうする。それに、お前が警備隊を続けたら、これから先恋人役を続けられなくなるかもしれないからな」

「そんな……」


 クリスから見たヒューゴは、時に厳しくもあるが、基本的には部下に対してもきちんと向き合い、公平な目で見てくれる人だと思っていた。

 だが今なら思う。この人は、女絡みの状況となると、とんでもなく横暴になれる人なのだと。


「と言うか、恋人のふりって、まだ続けないとダメなんですよね?」


 先ほどレノンが言っていたことからある程度予想はしていたが、この偽の恋人、どうやら今回きりで終わりというわけではないらしい。


「当たり前だ。さっき叔母上も言っていたように、来月本家である夜会に出る必要がある。最低でも、それまでは恋人役を務めてもらうぞ。安心しろ、ちゃんと、その分の報酬も上乗せする」

「報酬! くっ、それを言われると辛い」


 できれば、偽の恋人なんてのは今回きりにしてもらいたい。してもらいたいが、確かにそれでは、ここで投げ出すというわけにもいかないだろう。何より情けないことだが、現在無職であることを考えると、お金はいくらあっても困ることはなかった。


「わかりました。一ヶ月後の夜会はちゃんと出ますし、そこでも恋人役を務めさせていただきます。あっ、でもそれじゃ、聞きたいことがひとつあるのですが……」

「なんだ、言ってみろ」

「えっと……夜会って、具体的には何をするんですか?」


 今まで聞きそびれていたが、レノンからその言葉を聞いた時から気にはなっていたのだ。

 クリスとて夜会という言葉くらいは聞いたことはあるが、金持ちが集まって凄いパーティをやるという程度の認識しかなかった。


「…………そこからか」

「ちょっと、呆れないでくださいよ! 私みたいな庶民には縁もゆかりもないものなんですから、知らなくてもしょうがないじゃないですか!」


 頭を押さえるヒューゴに文句を言いつつ、夜会とは何たるか説明を受けるが、簡単に言えば、やはり宴会やパーティのようなものだった。

 と言っても、クリスが育った村でやっていたような仲間内でのどんちゃん騒ぎとは訳が違う。


 ヒューゴの祖父であるアスター辺境伯の屋敷に、親戚や縁のある有力者を集め、交流の場とする。そしてそこで生まれた繋がりが、後に政治や経済に影響しかねないという、いかにも格調高そうな行事だ。


「当然、そこではそれ相応の洗練された礼儀作法が求められる。叔母上のことだ。大方、それを知らないお前に恥をかかせて、文句の一つでもつけようという算段なのだろう」

「やけにあっさり引いたと思ったら、そういうことだったのですね」


 なんとなく、あれで諦めたわけではないとは思っていたが、しっかりと次に向けての布石を打っていたというわけだ。


 しかしそうなると、なんだかまずいことになりそうだ。


「私、本当に礼儀作法なんて知りませんよ。このままだと叔母様の思うつぼなんじゃないですか?」

「だろうな。あの短い時間でもけっこうボロが出ていたからな。叔母上もそれを見て、これならいけると思ったのだろう」

「そ、そうなんですか。自分では、まあまあできたと思ったんですけど……」

「元々貴族というのは、無駄に礼儀に厳しい連中だからな。昨日まで男のふりをしていたお前が、それに見合う振る舞いをするなんてのは無茶だ」

「そんな! それじゃ、どうすればいいんですか!」


 あまりにバッサリ切り捨てられてしまい腹も立つが、こうもハッキリ言うのなら、おそらく事実なのだろう。

 そんな自分が、夜会とやらに行ったらどうなるか。


 失敗だらけで、周りのからは嘲笑の的。挙げ句こんな奴は嫁としてふさわしくないと言われ、偽の恋人としてヒューゴの見合いや結婚を阻止するという、本来の役目も果たせない。などという、踏んだり蹴ったりな想像しか出てこない。


 いらばいっそ、潔く偽の恋人などやめた方がいいのでは。そう思ったクリスだったが、この状況でなお、ヒューゴの意思は揺るがなかった。


「どうするかなど決まっているだろ。今のお前でダメなら、これからなんとかすればいい。幸い、夜会まで一ヶ月はある。その間に徹底的に鍛えて、叔母上達を黙らせられるような淑女を演じてもらう」

「しゅ……淑女!?」


 それは、案や策の提案というより、決定事項を告げるかのような言い方だった。

 しかし、クリスにしてみれば不安しかない。


「あの……でも私、さっき総隊長が言ったように、昨日まで男を演じてきたんですよ」


 警備隊の中で、自らを男と偽りながら過ごして早半年。ある意味、淑女からは最も遠い位置にいるのではないだろうか。


「安心しろ。演じるものが、男から淑女に変わっただけだ」

「正反対じゃないですか! だいたい鍛えると言っても、どうすればいいのかわかりませんよ」

「知り合いにマナーの講師が何人かいる。そいつらに教わり、朝から晩まで死に物狂いでみっちり練習し続けたら、なんとかなるだろう」


 それを聞いて、「なら安心だ」となるとでも思ったのだろうか。むしろ、余計に気が重くなってくる。


「朝から晩まで死に物狂いでやらなければ、なんとかならないのですね」

「そのくらいの気持ちでやれという話だ。どのみち、そうする他に手などない。頼んだぞ」

「は……はい」


 警備隊でいたころ、ヒューゴから厳しい言葉や指導を受けたことは何度かある。しかしそのどれよりも、今のヒューゴの方が厳しく思えた。

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