第13話 当主の妻として

(よし、なんとか噛まずに言えた)


 言葉遣いや作法が合っているかは知らないが、伝えたいことはしっかり伝えられたはずだ。


 そんなクリスの心情など知るはずもないだろうが、実際レノンにしてみれば、言葉遣いや作法などを気にしている場合ではなかった。


「あなた、それは本当なのですか。ヒューゴさんと結婚する、つまり妻になるというのが、どんな意味を持っているのか、理解していて? だいいち、あなたはいったい何者です!?」


 少し前までの落ち着いた雰囲気はどこへやら。激しく狼狽し、クリスに対して問い詰めるように矢継ぎ早に聞いてくる。


 しかしそれを阻むように、再びヒューゴが前に出てくる。


「叔母上、そんなに急に質問されては彼女も困ってしまいます。変わってお答えしますが、今彼女の話したことは全て真実です。私達は、結婚を前提に付き合っています」

「──っ!」


 全くのでたらめを堂々と言い放つ。それを聞いたレノンは、明らかに不満げだ。

 それはそうだろう。彼女にとって、ヒューゴの結婚相手は誰でもいいというわけではない。自分に近しい者をあてがうことで、親族間での自らの立場を良くするのが目的なのだ。なのにこんな見ず知らずの相手と結婚されては、その目論みも全て水の泡だ。


「で、では、この方はいったいどこの誰で、二人はどうやって知り合ったのですか? アスター家次期当主の妻となるのですから、当然、それにふさわしい方なのですよね」


 そうでなければ認めない。いや、例えそうだったとしても、なんとか理由をつけて反対してやろう。興奮しながら問い質すレノンからは、そんな本音が見てとれた。

 それに答えたのは、またもヒューゴだ。


「彼女は、ここから離れたところにある農村の娘です。今から半年前、職を探して警備隊の事務方にやって来たところでたまたま出会い、知り合いました。警備隊では女性の採用はしていないので、それを叶えることはできませんでしたが、それ以来プライベートで何度か会うようになりましてね。つい先日、交際へと至りました」


 今度は、ある程度真実に沿い、しかし微妙に違うことをスラスラと答えていく。

 この設定は、ここに来るまでの間、馬車の中で話し合って決めたことだ。何から何まで嘘で通そうとしては、すぐにバレる。ならばできるだけ真実に沿い、必要なところにだけ嘘を混ぜた方がいい。


 ちなみに、クリスが男のふりをして警備隊に入っていたことは、真っ先に嘘で塗り固めると決まった。そんなことを知られたら、なんと言われるかわからない。


 しかしそれでも、レノンを納得させるには程遠いようだ。最初の最初こそ大人しく聞いていたが、すぐに表情がひきつり、わなわなと肩を震わせる。

 そしてヒューゴが一息ついた瞬間、とうとう耐えられなくなったように、その感情を爆発させた。


「ヒューゴさん、あなた正気ですか! 黙って聞いていれば、この娘は平民、それも、大した富も功績もない、どこぞの田舎娘ではありませんか。そんな者の血をアスター家に入れるなどと、許されるとでも思っているのですか!」


 両手を顔に当て、これでもかというほど大仰に嘆いている。


(まあ、当然こうなるよね)


 ここまで完全否定されるというのは、クリスにしてみれば決して愉快なものではないが、予想通りのではある。


 レノンとしては、ヒューゴの結婚相手は自分の選んだ相手でないと困るのだが、例え彼女でなくても、貴族の次期当主たるものの婚約者として、クリスの出自や経歴は、あまりにそぐわないものと言えるだろう。


(総隊長、大丈夫かな?)


 不安な気持ち顔に出さないようにしながら、ヒューゴの様子を伺う。


 さっきの質問への受け答えもそうだが、この場の発言は、極力ヒューゴに任せるように言われていた。クリスが積極的に何か喋るよりも、口が立ち、相手の人となりを知っているヒューゴが前に出た方がいいだろうという判断からだ。

 実際、クリスにはここからなんと言って反論すればいいのかわからない。だが、ヒューゴにはそれができるのか。


 心配する中、ヒューゴは静かに言い放つ。


「平民ですか。では叔母上、あなたは、平民なら問題があるとお思いで?」

(──っ!)


 口にしたのは、特別効果があるようには思えない一言。しかしなぜだろう。ヒューゴがそう言った瞬間、その場の空気が凍りついたような気がした。


 それが錯覚でないと証明するように、今まで鼻息荒く息巻いていたレノンでさえ、顔を引き吊らせたまま、しばらく言葉が出てこない。


「アスター家に平民の血を入れる。そこに何の問題があるのか、じっくりお聞かせ願いたいものですな」

「そ、それは……」


 いったいどうして、レノンはこんなにもうろたえているのだろう。

 それはわからないが、ハッキリしているのは、問い詰めるヒューゴの声に、明らかな怒気が含まれているということだ。


 その怒りの理由は、もちろんクリスにはわからない。だがレノンはその怒りに気圧され、先ほどとは明らかに攻守が逆転していた。


「現当主であるお爺様は、常々こう仰っています。今日のアスター家があるのは、先祖代々の功績と、それを打ち立てるだけの力があったからだと。そして、そのお爺様に能力があると判断された者には、相応の地位が与えられる。そこにそれまでの立場は一切関係なく、例え養子であろうと分家であろうと、公平に判断される。ならば、妻になる者もいちいち出自で決めることではないでしょう」


 クリスにとっては、初めて聞くアスター家の事情。それがあるからこそ、ヒューゴもこれだけ強気に出られるのだろうか。

 しかしそれだけでは、今のヒューゴから出される威圧的な空気を納得させるには足りないような気がした。


「し、失礼しましたわ。最も必要なのは、出自でなくその能力。わたくしとしたことが、失念していましたわ」


 レノンも、こうまで堂々と言いきられてしまっては、さすがに食い下がることもできないのか、あるいはヒューゴの怒りに気圧されたためか、一応自らの非を認め、頭を下げる。


 しかし、それで終わるかというと、そんなことはなかった。こほんと小さく咳払いをした後、改めて言ってくる。


「ですが、それでこの方を、はいそうですかと認めるわけにはいきません。能力が大事と言うのであれば、この方にそれが備わっていることを証明しなくては納得できません。ヒューゴさんも、それはよくわかっているでしょう」

「なるほど、確かに。ですが、それはどのようにして証明すればいいのですかな?」

「それは、わたくしが教えるものではなく、本人が直接証明しなければならないことでしょう。クリスさんと仰いましたね。あなたは、アスター家当主の妻として、何ができますか?」

「えっ、それは……」


 問われて、クリスは言葉に詰まる。基本、受け答えはほとんどヒューゴに任せ、自分は最低限のことしか喋らないようにと、事前に打ち合わせてある。しかしヒューゴでなくクリスに直接問うている以上、そのような逃げは通用しないだろう。


(私が、当主の妻、ヒューゴ隊長の妻としてできること。いったいなに!?)


 貴族の妻として必要な能力などと言われても、さっぱりわからない。家事ができるなんてのはあまり重視されないだろうし、そもそも自分が特別優れているという自信もない。とはいえ、黙っているわけにもいかない。何か答えなくては。


 考えに考えた結果、なんとか捻り出した答えがこれだった。


「……ぶ、武術には自信があります!」


 クリスとしては、これでも必死で考えた結果だ。

 だがそれを聞いたレノンの反応は、これだ。


「……は? 武術?」


 どうやら、好感触とはいかないようである。

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