第9話 恋人になってくれ

 見合い。聞き間違いでなければ、ヒューゴは今確かにそう言った。

 別に、彼が見合いをしてはいけないなんてことはない。しかしその事実は、クリス達を驚かせるには十分だった。


「見合いって、総隊長、結婚する気があったんですか?」


 早速キーロンが訪ねるが、やはりと言うべきか、その答えは予想通りのものだった。


「あると思うか?」

「いえ、まったく」

「そうだろ。自分の家の中に常に女がいるなんて、考えただけでも気が狂いそうだ」

「ですよね……」


 女であるクリスからすれば、なんとも複雑な気分になってくる発言。しかしヒューゴは触れただけで気分が悪くなるほど女性が苦手というのも事実。

 そんなヒューゴが見合いを望んでいないというのは、大いに納得できる話である。


「もう何度も断っているし、結婚する気がないのしっかり伝えてある。それでも、懲りもせず勧めてくるんだよ」

「ああ。そういえば私の村にも、お見合いを勧めるのが趣味みたいな人がいましたね」


 村の中に、あるいは近隣の村で独り身の者がいれば、どこからともなくそれを聞きつけ、同じく独り身の者を紹介していく。そんな人がいたのだ。

 本人は善意でやっていることだし、相手がほしいと思っている者からしたらありがたいのだが、ヒューゴのように全くその気がない人間からすれば、ありがた迷惑に違いない。

 そう思ったクリスだが、それを聞いたヒューゴは、フンと鼻を鳴らした。


「善意の押し売りか。それはそれで迷惑だが、こっちは少し事情が違う。親戚が俺にやたら見合いを勧めてくるのは、自分の立場を有利にするためだ」

「どういうことですか?」

「貴族なんてのは、親族間での権力争いなんて普通に起こるし、アスター家だって例外じゃない。俺はこれでも、アスター家次期当主候補の一人だからな。その妻に、自らの推薦した者をあてがうことで、自分の益になると考えているんだよ」

「そんな……」


 クリスはなんとなく、モヤモヤした思いを抱かずにはいられなかった。

 話を聞いていると、なんだかお見合いも結婚も、権力争いの一部にしか過ぎないように思えてくる。

 もちろん、結婚というのは、家と家との結び付きという側面もあるし、貴族となれば、なおさらそういうものかもしれない。だけど自分の両親や、知り合いの仲の良い夫婦を思い出すと、とてもそんな風に割りきっていいものとは思えなかった。


 キーロンもまた、同じことを思ったようだ。


「なかなか大変なもんですね。結婚なんて、惚れた相手と一緒になるってだけで十分でしょうに」

「貴族にとって、見合いや結婚なんてものは、大抵そんなものだ。だから最初に言っただろ、下らん話だとな」


 自らもそんな貴族の一員だろうに、それを語るヒューゴは、どこか別の場所からそれを見ているようにも思えた。

 もっとも彼には、たとえどんな理由で見合いや結婚を勧められようと、一切変わらないものがある。


「なにんせよ、俺は妻を娶る気なんぞまったくないし、見合いの間だって、女とは一緒にいたくない。誰がなんと言おうと、全て断る。それだけだ」


 結局ヒューゴにしてみれば、他人が結婚に何を求めようとどうでもいい。女が苦手だから、見合いも結婚もしない。それだけだ。


「って言っても総隊長。それって、そう簡単に断れるもんなんですか? 権力や利益なんて話が絡んでるなると、簡単には諦めてくれそうにないような気がしますがね」

「残念ながらその通りだ。かなり骨が折れるだろうな」


 これから起こることを想像したのだろう。まだ始まってもいないのに、ヒューゴの表情には早くも疲れが見える。

 だからだろうか。二人に向かって、こんなことを言ってきた。


「お前達。何か断るのにうまい言い訳でもないか?」

「と言われましても……」


 ヒューゴが本気で困っているのはわかるし、できることなら力になってやりたい。とはいえ見合いの断り方なんて聞かれても、すぐには出てこない。

 キーロンはどうだろう。そう思って様子を伺うが、彼もまた、特に良いアイディアがあるようには見えなかった。

 それでも、とりあえずといった感じで、考えを話し始める。


「うーん。結婚する気は無いってことは、既に伝えてあるんですよね?」

「ああ。それでも、実際相手に会ってみたら変わるかもしれないなどと言い張ってくるんだよ」

「じゃあ、誰か既に心に決めた女がいるって言うのはどうです?」

「そんな嘘をついても、そいつを連れてこいって言われるに決まってる」

「誰かに恋人のふりをしてもらえばいいじゃないですか」

「その恋人役の女が、一切俺に触れることも近寄ることもなければいいんだがな」

「そんな無茶な……」


 お手上げといった感じでキーロンが嘆くが、ヒューゴは女性と近づくのが嫌だから断りたいと思っているのだ。そのために女性を近くに置くなど、本末転倒だ。


「やはり、うまい言い訳などそうそう出てくるものではないな。いい加減屋敷に戻らないとまずいし、これ以上考える時間もなさそうだ」

「すみません。力になれなくて」


 結局、なにひとつまともな案が出ないまま、ヒューゴは部屋を出ていこうとする。

 だがその時だ。再び、キーロンが声をあげた。


「あの、総隊長。恋人のふりがダメなのは、相手の女に近づかれるのが嫌だからですよね?」

「ああ。そうだ」

「それなら、総隊長が近づいても触っても平気な女なら、大丈夫ってことですよね」

「まあ、そうなるな」


 嫌がる原因が解決されるわけだから、当然それなら何の問題もなくなる。しかし、そんな相手などいるのだろうか。少なくともクリスの知る限りでは、ヒューゴが接近して平気だった女性なと一人もいない。そう思っていた。

 だが……


「そういえばいたな。俺が触れても平気な奴が」

「でしょ。俺もさっき聞いたばかりなんですが、それならいけるんじゃないですか?」


 ヒューゴとキーロンには、その心当たりがあるようだ。そして二人の視線が、残る一人に集中した。


「あの~。どうして私を見ているんです?」


 視線を注がれているクリス本人は、未だその意味に気づいていない。いや、実を言うと、少し考えればわかりそうではあるのだが、頭が考えることを拒否していた。

 なんとなく、嫌な予感がしたから。


 だが、そんな逃避は通用しない。


「クリス。手を出してみろ」

「──? は、はい。これでいいですか?」


 言われるがまま、右手を前に差し出す。するとそれを包むように、ヒューゴの手が重なった。


「えっ? ちょっと、総隊長!?」


 驚くクリスだが、ヒューゴはそれを気にする様子もなく、ただ重なりあった手をまじまじと見つめている。


「やはり平気だ。他の女なら、そろそろ吐き気がしてくるはずなのだがな」

「そ、そういえば、私は総隊長に触っても平気でしたっけ」


 クリスをずっと男だと思っていたため、ヒューゴの女性に対する拒否反応は、クリス相手だと発動しない。昨夜も確認したことだが、普段のヒューゴを思うと、驚かずにはいられない。


 しかしそんなヒューゴの様子を見て、さっきからしていた嫌な予感が、ますます強くなってくる。

 だがその答えを出すより先に、ヒューゴは決定的な言葉をを口にする。


「クリス。俺の恋人になって──」

「無理です!」


 気づけば、全てを告げられるより先に、全力でそれを拒否していた。

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