性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました

無月兄

私が隊長の恋人に⁉

第1話 プロローグ

 その夜、男はえらく上機嫌だった。

 リドル王国の最東端にある、隣国の街ナナレン。その付近を拠点とする盗賊団に入って十年近く経つが、今回の成果はそんな盗賊人生の中でも格別だった。


 旅の商人の一団を襲って手に入れた、物資に金品。それに女が二人。それらをアジトへ運び込みながら、自らの取り分を想像し笑いがこぼれる。

 しかし、そんな時間は長くは続かなかった。











「くそっ、なんだってこんなことに!」


 目の前で繰り広げられる光景を見ながら、男は腹立たしく吐き捨てる。アジトの中は、突然の襲撃により完全に戦場と化していた。


 襲撃をかけてきたのは、ナナレンの街を守る警備隊。男達が今まで重ねてきた罪の報いを受ける時が来たのだ。


「こんなことなら、拐った女のうち一人でも抱いておけばよかった!」


 この期に及んでまだそんなことを言いつつ、しかし頭は極めて冷静に、物陰に隠れながら状況を分析する。


 戦況は明らかに自分達の方が不利だ。周りでは、仲間達が次々に戦闘不能へと追い込まれている。


 仲間達も盗賊なんてやってるだけはあり、腕っぷしには自信を持っていたが、それ以上に警備隊が強かった。


「中でも、特にヤバいのはアイツだな」


 男の目が、警備隊員の一人を捉える。

 それは、若くて美しい男だった。こんな血生臭い戦いの場よりも、どこぞの劇場の舞台に立っている方が似合う。思わずそう思うほどの色男。


 しかしそんな華麗な容姿とは裏腹に、戦いぶりは驚くほどに勇猛だ。誰よりも前に立ち剣を振るい、腕に覚えのある盗賊達を次々と薙ぎ倒していく。

 他の警備隊員と比べても、その強さは群を抜いていると言ってよかった。


 普通なら絶対に戦いたくない相手である。そう、普通なら。


「だが、だからこそあえて仕掛ける意味はある」


 改めて、色男の格好に注目する。警備隊員は皆同じ制服を身につけているのだが、よくよくよく見ると彼だけは、制服の所々に独自の装飾が施されていた。

 

 これは、通常の隊員より上の地位にいるという証だ。恐らく部隊長か何かなのだろう。

 ならば、その部隊長がやられたらどうなるか?


 太い柱を失った集団は、とたんに脆くなる。トップがやられ動揺したところをうまく立ち回れば、この状況をひっくり返せるかもしれない。勝つのは無理にしても、逃げ出すくらいならできるのでは。

 危険な賭けだが、やってみる価値は十分にある。


 もちろん、まともにやって倒せるとは思わない。だからこそ、男は仲間達が戦っている中、一人物陰に隠れていた。

 いかに強くても、不意打ちなら勝機はある。


 幸い、自分が隠れていることには気づかれていない。息を殺したまま短剣を構え、部隊長と思われる男が近づいてくるのを待つ。一撃で仕留められるチャンスが来るのを、じっと待つ。


 そして、ついにその時がきた。男が近く潜んでいることも知らずに、部隊長がこちらに背を向ける。

 恐らくこれ以上のチャンスはもうやってこないだろう。そう思った瞬間、男は迷わず飛び出した。


 両手で握った短剣が相手に迫る。あとわずか、あと一歩で、その無防備な背中に突き立てられる。だが、その一歩が届かなかった。


「危ない!」


 突如声が上がり、誰かが真横からぶつかってきた。


「うわっ!」


 衝撃が走り、思わず体勢が崩れる。

 思ったほど痛みはないが、不意打ちの邪魔には十分だった。


「無事ですか!?」

「クリスか。おかげで助かったぞ」


 いつの間にか部隊長は完全にこちらに向き直っていて、そこに一切の隙は見られない。

 さらにその傍らには、先ほど自分にぶつかってきた隊員もいる。


「くそっ!」


 千載一遇のチャンスを逃した。その事実を理解しながら、それでも男は諦めようとしなかった。


「おいお前達、手を貸せ! コイツさえ殺せば、あとはなんとかなる!」


 近くで戦って仲間達に呼び掛けると、すぐにその意図を理解したようだ。一斉に集まってきて、次々と部隊長に向かって切りかかっていく。


 男もまた、武器を長剣に持ち替え斬りかかろうとする。

 だがその前に、先ほどぶつかってきた隊員が立ち塞がる。確か名前は、クリスとか言っていた。


「お前の相手は僕だ!」

「ちっ。お前さえいなければ──」


 こいつが邪魔をしなければ、今ごろあの部隊長を仕留められていたかもしれない。そう思うと怒りがこみ上げてくる。


 幸い、こいつはそこまで強そうには見えない。他の隊員達と比べても一回り以上小柄で、顔つきも若いと言うより幼いと言った方がいいくらいだ。さっきは予想外の突撃をくらってしまったが、まともに戦えば十分に勝る。そう男は判断した。


「でぇぇぇい!」


 早々に片付けてしまおうと、渾身の力を込め、二度、三度、剣を振るう。しかしそのいずれも、相手の剣によって阻まれる。

 止めると言うより、受け流されると言った方が近いだろう。まるで柳を攻撃しているみたいに、ほとんど手応えがない。

 どうやら、見た目ほど侮っていい相手ではなさそうだ。


 だが、それならそれで戦いようがある。再びこちらの攻撃が受け流されたその時、間髪入れずに、体当たりを食らわせる。

 体当たりなら男もさっきくらっていたが、体は男の方がずっと大きい。そうなると、当然そのダメージも違ってくる。


「くっ──!」


 相手は転倒こそしなかったものの、その衝撃で握っていた剣を落とす。

 あとは、立て直す間も与えず切り捨てればそれで終わりだ。最後の一撃を見舞おうと、剣を振り上げた。


 だがその時、相手は丸腰のまま体を屈め、そのまま一気に距離を詰めてくる。そしてさらに次の瞬間、男の見ていた景色が、突如として揺れる。


「なっ!?」


 気がつけば、男は仰向けになって天井を見ていた。


 突然の出来事に、何が起きたのかわからなくなる。一瞬間を置いたところで、自らが投げ飛ばされ、地面に叩きつけられたのだと理解した。


 そしてその理解の遅さは、戦いの場では致命的だった。無防備になった腹にめがけて、一切の容赦なく拳が叩き込まれた。


「がぁっ!」


 喉から悲鳴が漏れる。

 ギリギリ気絶こそしなかったものの、意識が飛びかける。これでは、戦いを続けるなど不可能だ。


(これまでか……)


 自らの敗北を悟っだが、彼一人に勝っていたところで、あまり意味はなかったかもしれない。辛うじて開いた目に映ったのは、あの部隊長に向かっていった仲間達が、いつの間にか一人の残らず地面に倒れている姿だった。

 わかってはいたが、やはり強い。


 これでは、仮に目の前にいるクリスという奴を倒したとしても、あの隊長にやられて終わりだっただろう。つまり、自分はどのみち詰んでいたのだ。


 その時、別の隊員やって来て報告を行う。


「ヒューゴ総隊長。盗賊一味、ほぼ制圧完了しましたよ」

「よし、一人残らず捕縛しろ。抵抗するようなら手荒になっても構わん」


 絶対に抵抗はしないでおこう。完全に心が折れた男は、潔くそう決意した。


 しかし、こいつがあのヒューゴか。

 目の前で、部下に指示を飛ばす男の姿を見ながら、その名前を思い出す。


 ヒューゴ=アスター。

 部隊長なんてとんでもない。それは、数年前からナナレンの警備隊の全てを統括する、総隊長の名前だった。

 そして、この辺のならず者の間では、最も恐れられている名でもあった。

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