ロッティと焼き付き

 代理店にて初回点検とオイル交換を終えたロッティ(SR400)と俺は店の隅に設けられた接客スペースへ移動し、のんびりしていた。


 ・・・・・・営業妨害ではない。


 無料でおかわり自由のコーヒーを飲みながら、買う気もないバイク用品の雑誌を眺めているフリをしているだけだ。


『・・・・・・まぁ、でも貴方の様にちょっとでもバイクの仕組みを理解しようって姿勢をしてくれるだけまだ有難いのかも知れないわね』


 読んでいた雑誌をパタリと綴じて、ロッティは先程交わしたエンジンオイルの話の続きを始めた。


「ん?」


『あれはまだ私がまだ店頭に並んでいた頃だったわ・・・・・・お店にJOGが運ばれて来たのよ』


 乗ってきたのではなく、運ばれてきたとロッティは言った。つまり、エンジンが掛からないか駆動系に問題があったのだろうと思われた。単にガス欠やバッテリー切れということもあるのだろうが。ともかく、JOGのオーナーは動かなくなった彼女を押し歩いて代理店を訪れたのだ。


『足回りは錆や汚れが少しだけ目立っていたけれど、外装は案外綺麗でまだまだ現役で活躍出来そうな雰囲気だったのを今でもはっきりと覚えているわ・・・・・・』


 ピットにいたスタッフが出てきて症状を見ていた。セルスイッチを押してみる・・・・・・エンジンは掛からない。でもセルは回ったからバッテリーが原因ではない。


 キックペダルも試してみる・・・・・・しかし、いくら蹴り込もうとしてもペダルが降りない。ガッチリと固まってしまい少しも動かない。


「・・・・・・『焼き付き』だ」


 スタッフのひとりがボソリと諦めのため息を漏らした。その頃になると他のスタッフも集まってきて口々に『焼き付きだ』『焼き付きだ』と呪文のように呟いていた。


 当時のことを思い出すロッティの顔面は蒼白そのものだった。


「それで、どうなったの? そのJOGは?」


『そのまま廃車になってしまったわ・・・・・・』


 代理店の接客スペースに冷たい空気が流れた。


 そのJOGは凡そ30000km走る間一度たりともエンジンオイルを交換されなかったらしく、エンジンが『焼き付き』を起こしていたそうだ。


 原付スクーターのオーナーたちはそこまでの知識を要求されず、またメンテも必要不可欠では無いためその様に酷使されることも少なくないと言う。


『原付スクーターを差別する訳では無いけれど、あの時ほどミッション車に産まれて良かった思ったことはないわね・・・・・・』


 ロッティはしみじみと語る。


『そう言えばだけど彼女、最後にそのソファに横たわっていたの・・・・・・ちょうど今貴方が座っている・・・・・・』


「ちょ、やめてよ!」


 エンジンオイル、ではなく血が凍ってしまうような話だった。


※焼き付き

油圧の低下などの原因や、エンジンオイルの品質・管理不良などの原因で、普段シリンダーとピストンの間にある油膜が一瞬でも無くなる事で過剰な摩擦熱が発生して両者が溶着、そのままエンジンの回転が完全停止してエンジンストールに至るか、溶着部分が回転力で剥がれる事でシリンダー又はピストンに傷が入る現象の事である。

Wikipedia様参照

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