第7話 追憶と決意の歌

「モミジはどうして歌わないの?」


 そう尋ねるタケルの隣で、星樹に寄りかかりながらモミジは空を見上げていた。空一面、灰色の雲で覆われて、青空は全く見えない。


「私、歌えないの……。歌は幸せを運んでくれると信じてたけど……」

「――けど?」


 タケルの問いかけに、モミジはただ頭を振って項垂れる。タケルもまた、それ以上深くは聞かない事を示すために、視線を雨に移していた。


 静かな時間が二人を包む。ただ、その空白をうめるかのように、雨音が静かに彩りを添える。


 だが、それも徐々に小雨になり、次第に遠のいていくようだった。


「なんだかわからなくなったの。おかしいよね、星の歌姫なのに……」


 力ない声と共に顔を上げたモミジは、乾いた笑みを浮かべている。

 ただ、その視線の先に、地面に出来た水たまりを見つめるタケルをみつけ、その顔に引き込まれていた。


「十年ほど前、ここで歌を聞いたんだ……。僕は、その歌を探している……」


 ときおり落ちる雫が描く波紋が、二人の姿を揺らいで見せる。それにつられるように、タケルは自らの事を語り始めた。


「十年前の歌って――」

「でも、それもできなくなる。もうすぐ、星降りの大祭が始まるから」


 珍しくモミジの言葉を遮って、タケルは語り続けていた。あれほどあった雲の間から、所々青い空が顔をのぞかしている。


「どうして――」

「そう。何もない世界で、その歌が僕に『はじまり』をくれた。だから消える前に、もう一度それが聞きたかった……」


「消える? 消えるってどういう事!?」


 自分自身の理解を押し込めるように、モミジはタケルに詰め寄っていた。押し込み、半ば星樹に押し倒すように。


 そしてモミジは感じていた。その手に伝わる感覚を。


「何もない世界……。歌……。『はじまり』……」


 モミジの言葉を、タケルはただ黙って見つめ返している。


「タケル……。君は……」


 体を支える力を失ったかのように、モミジはタケルから遠ざかる。


 モミジの視界は足元に落ち、水たまりに映る二人の姿を見つける。

 落ち葉から落ちる雫が、水たまりに映る二人の姿を揺らぎに変えていた。


「もうすぐ……。雨があがってしまう」


 モミジの頭に届く言葉と共に、雲の間から一条の光が差し込んできた。それが二人の時間の終わりだと告げるかのように。


「モミジ。君の歌が聞きた――」


 顔をあげたモミジの瞳に、タケルの姿は映らなかった。うつむき、立ち尽くすモミジの周囲にレンブラントの光が満ちる。


「タケル……」


 星樹を見上げるモミジの瞳に、強い決意が宿っていた。それと同じ強さの声で、モミジはその歌を歌い始める。その歌声は小さいながらも、力強さを持っていた。


 ただ、それと共にモミジの周囲に人が集まる。


 歌い終わり、捕らえられたモミジ。大きな傘を残したまま、連行されるその背中を、星樹は優しく見守っていた。

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