第3話 星の歌姫

 朱塗りの柱の間を、数多くの女たちが駆け回っていた。どの女も、せわしなく走り回っている。


 その中で、老婆が眼光鋭く周囲に目を配っていた。

 時折走りゆく者に声をかけ、その者に指示を与える。何かの儀式の準備をしているのだろう。それが繰り返されていた。


 その中で、不機嫌さを隠そうとせず、老婆はある若い女を見つけて呼びとめる。


「モミジはどうしたんだい?」

「それが…………」

 申し訳なさそうに告げた言葉ともに、若い女はかしこまる。


「――またかい? 困っただよ。ここはいいから、早く見つけてつれてきな」

 何かを察したかのように、老婆はその若い女に告げていた。


 ただ、その様子が気になったのだろう。年配の女が老婆に近づき、困った顔を向けていた。


 その事に気が付いたのだろう。若い女は慌てて立ち去り、その様子を老婆は鼻を鳴らして見つめていた。


「巫女様。モミジはもはや歌えませぬ。それに、禁忌を破りし大罪の女の娘です。あまり気にかけては、巫女様にも――」

「バカげておる。それに、あのの歌は本物だよ。あのが幼い時に何を呼んだか知ってるのかい? あの年であれだけの……。末恐ろしいとはこの事さ。しかし、サクラは何を考えておったのやら。世界中を渡り歩いたかと思えば、あんな事……。何が『これでもう大丈夫』だ。まったく、母娘おやこそろって人の言う事きかない子だよ」


 年配の女の話を遮って、老婆は自らの想いを吐き出すと、深々とため息をついていた。

 だが、それをたしなめるように、年配の女は抗議していた。


「巫女様のお言葉ですが、『あんな事』ですますのはいかがなものかと。あの時、サクラは『黄泉がえりの歌』を歌ったのです。それは大罪。己の死をもって償っても、許されぬ行為です!」


 憤る女の興奮が収まるのを、老婆は静かに待っていた。その様子を察したのだろう。女は自らの衣服を整えはじめた。


「『黄泉がえりの歌』は己の命と引き換えにするもの。じゃが、サクラは生きておったではないか?」


 その優しい声とは裏腹に、老婆の瞳は有無を言わさぬ迫力を持っていた。だが、それに気圧されまいと、女は懸命に反論する。


「サクラ程の歌い手です。誰かの命を引き換えにでもしたのでしょう。あの人ならできると思います。ひょっとすると、夫の命と引き換えに……」

「バカなことを申すな。確かにあの男はあの場所で死んでおるが、暴走した枝からサクラを救ったと聞いておる」

「ですが、サクラの歌で命を取り戻したものが数多くいます。何よりもモミジがそう証言しました」


 その言葉に、老婆は一瞬その表情を暗くする。だが、それは幻だったかのように、老婆からは不機嫌さが噴き出していた。


「その証言をしたために、モミジは歌えなくなったのじゃ。モミジにしてみれば、見たままを語っただけじゃ。『黄泉がえりの歌』を歌ったとは言っておらん。ただ、その事で己の母親を死罪に追い込んだと考えておる。忌々しいあの事件で、我らは優秀な歌い手を二人も失ったという訳じゃ」


 さらに不機嫌さを増す老婆に、女は言葉を失っていく。

 ただ、そこに近づく足音の主を見たことで、女は救いを得たようだった。


「『黄泉がえりの歌』は、己の命を燃やす禁忌の呪歌。そして、世界の理を崩す歌です。死刑は当然の結果です。巫女様ともあろう方が、私情に流されませぬように。それと、その上で申し上げますが、モミジの処罰を考えて頂きたい。祭典の儀に出ないのであれば、星の歌姫たる資格をはく奪は当然ではないですか? いい機会です。次の『星降りの大祭』は、カエデに任せてはいかがです?」


 二人の会話に入り込んできたのは、さらに年配の女だった。高い背から見下ろす顔は、どこか勝ち誇るものがある。


「たしかにそうじゃ。じゃが、シズよ。何度も言わせるでない。『星降りの大祭』を任せる歌姫はモミジしかおらん。カエデでは実力が足りぬ。あのでは、全ての星を結べぬよ。予言の世界となるだけじゃ」


 小さく鼻を鳴らした老婆。だが、何かを思案するかのように眼を閉じる。その雰囲気を察したのか、それ以上シズは何も言わなかった。


「仕方がない。歌えるようにするためには……」


 再び目を開けた老婆には、どこか覚悟を決めた面持ちがあった。しかも、時間が惜しいとばかりに、老婆は黙って歩き去っていく。


 その背中を、シズは何も言えずに見送る。ただ、その瞳には暗い光が宿っていた。


「あなたの期待するモミジ・ヨシノ。あの娘、本当に歌えるようになりますかな? もし、歌えたとしても……」

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