俺が教室の隅でライトノベルを読んでたら、クラスのヤンキー女子に体育館裏へと呼ばれた。俺はまだレベル上げが足りないらしい。

ゆうらしあ

レベル上げ

 冬が終わり、まだ少し肌寒い新学期が始まった最初の日。


 学校が早く終わり、早く帰ってアニメグッズを買いに行こうと荷物を急いで纏めてた俺に、1人の女子が近づく。


「ちょっと、こっち来て」

 突然言われた言葉に後ろを振り返ると、俺は頭の中が真っ白になる。


 世の中の学生はワクワクと心が弾むだろうその日に、俺は金髪イケイケのヤンキー女子に話掛けられた。


 鈴木 隆は高校3年生にして、人生初めて女子に呼ばれた。しかも呼ばれた相手が、斎藤 桃華。確かヤンキーで喧嘩が強いが、美少女だと噂の女子だ。


 その有名な斎藤に呼ばれた場所は、なんと体育館の裏。


 普通なら告白か? と思うシチュエーションだが、俺に限ってそれは有り得ない。高校のこの3年間は極力目立たず、目立たなすぎずを目指したんだ。女子と関わる事なんて1度もなかった。


 隆は桃華に付いていくと、体育館裏へと着く。グラウンドから砂が巻き起こされ、異様な雰囲気を出している。


 これってまさか、決闘じゃ無いよな!?


 桃華の金髪ボブの髪が風でたなびく。そして口元には黒マスク。姿勢は堂々としていて、噂通り喧嘩も強そうだ。


 そして斎藤は立ち止まる。


 そして此方を振り返ると、俺と目が合わさる。


 斎藤は俺の目の前まで近づく。


 そして言った。



「あの…先輩はもう少しレベル上げして下さい」

「は?」



 いきなり言われた言葉に、俺の頭の処理能力が追いつかない。まず、落ち着いて1つずついこう。


 俺は大きく深呼吸をした後、噛み締める様にして先程言われた言葉を思い出す。


 まず、先輩。教室にいた時はタメ口だったから無意識に同級生だと思ってたけどまさかの後輩。


 まぁ、通りすがった時にちょっと聞こえた程度の情報だからこれは仕方ないとしても…


 その次の言葉…これには逆に驚きを越して、もはやキレている。


 好きですでも、決闘しろでもない。


 レベル上げして下さい?


「何を言ってんのじゃ!!?」

 俺が高校に入学してから発した事のない声で叫ぶ。


 すると、それに驚いたのか斎藤の目が飛び出すぐらいに大きく見開かれ、少し後退りする。


「えっと、レベル上げして下さい」

「だからそのレベルアップの意味を言ってんだよ!!」

「あ! その、もっと髪型とか姿勢とかをちゃんと正して欲しいんです。そうすればきっと…」

 桃華は両手を合わせて、モジモジしている。顔は地面を見て見えない。


 最後の方は聞こえなかったが、この子はどうやら俺に格好をしっかりしろと言っているらしい。まぁ、だらし無いのは百も承知だが…


「…何で?」


 話した事もない人に、そんな事とやかく言われたくないんだが…。これは俺の勝手だろ。

 斎藤に聞くと、それに対して狼狽えながらも答えた。


「え、えっと…それはちょっと言えないですけど…とにかく! ちゃんとして欲しいんです!!」

 斎藤は先程の俺よりもでかい声で叫ぶ。両手に握り拳を作りながら、一生懸命に言っている様だが、それだけで俺の気持ちは変わらない。


「嫌だ。別にお前に言われる筋合いないだろ。友達でも、彼女でもないんだし」


 俺はそう告げた後、体育館裏を後にした。



「はぁ。ったく、こちとら『ウルトラ・サコンジンジャー』のフィギュアの限定版を買いに行かないと行けないのに…とんだ道草だったぜ」


 俺は自転車置き場に行き、カゴに鞄を入れ、帰路に着く。


 そして家に帰った後は鞄を置き、私服に着替えた後は、アニメードへ。


「ありがとうございましたー」

「ふふっ! やっと買えたぜ限定版! キラキラしてて精巧な作りだ…惚れ惚れするな…」

 俺がフィギュアを掲げて見ていると、近くから不穏な声が聞こえている事に気づく。


「ッ! やめろ!!」

「おっと! こんな物よりも俺達と一緒に遊ぼうぜ〜?」

「そうだ、そうだ!」

「こんなのよりも俺達と遊んだ方が楽しいって!!」


 女1人と、男3人の声が近くの裏路地から聞こえてくる。


 野蛮だ。まだ日が暮れてもいないこんな時間に、そんな無理矢理女の人を誘うなんて…許せない!!


 まぁ、だからと言って俺が飛び出していく訳では無いけど…

 俺はカバンから携帯を取り出す。


 さぁて…警察、警察っと。


 俺が番号を押していると、ある声が聞こえた。


「あ? 『ウルトラ・サコンジンジャー』限定版? 変な名前のアニメだな?」

「キモッ!!」

「何だその名前!?」

「キモくない!!」

 男達のバカにする声に、それを否定する女の人の声。女の人の方は声を振るわせている。


「ははっ!! こんなキモいフィギュアで遊ばないでさー、俺達と…ぶへらぁっ!!!」

 男が凄い速さで壁へと激突する。


「な、何だ!?」

「だ、誰だテメェ!?」

「あぁん!!? テメェら『ウルトラ・サコンジンジャー』をバカにすんじゃねぇよ!? あのアニメ見た事あんのか!?? おう!?」

 隆はポケットに手を入れ、威圧する様に男2人を見下す。


 男達は隆の勢いとあまりの剣幕に少し後退った。


「あぁん? 何だ? ビビって殴ってもこれねぇか?」

「ッ! 舐めんじゃねぇ!!」

 男が1人飛び出して、拳を振りかぶる。隆はそれに対して避けようもせず、そのまま顔面にパンチを喰らう。


「へへっ…どんなもん

「ふんっ!!」


 ゴンッ!!


 隆はそのまま、男にヘッドバットを喰らわせる。男はパンチをした姿勢のまま、白目を剥き後ろへと倒れる。


「雑魚がっ!! 『ウルトラ・サコンジンジャー』をバカにした罪はこれだけじゃ晴れねぇぞ!!」

 俺は倒れたそいつの腹の上に足を乗せる。


「はっ!! お前…もしかして『アニメーズ悪魔』か!?」

 最後の男が気づいたかの様に叫ぶ。


「うっせぇっ!! アニメを見てもねぇのにバカにする、しかも女も優しくしねぇ奴は1度痛い目にあった方が良いんだよ!!」


 ドカッ!! ズルズルズル ドサッ


 男は最初の男と同じ場所に突き飛ばされ、地面に倒れる。


 ………やっちまった。高校からは家族に迷惑になるからってこういう暴力は振るわないって決めてたのに…。


 俺は伸ばした前髪を掻き上げ、女の人の持ち物であろう『ウルトラ・サコンジンジャー』の限定版フィギュアを手に持つ。


 そして座り込んでいる女の人を見ると、


「あれ? 斎藤さん?」


「あ、あ、あっ!!」

 俺が声を掛けると、斎藤さんは顔を赤らめて壊れたレコードの様に言葉を連呼する。


 まさかこの人にこんな所を見られるとは…


「悪い。此処で見た事何だけど、受験とかに響くかもしれないから黙って

「あのっ!!!!!」


 俺の言葉を遮り、斎藤さんは声を上げる。


「え、はい」

 そのとてもデカい声に俺は思わず敬語になる。


「『アニメーズ悪魔』さんですよね!! 中学の時からアニメをバカにされると男の人にブチギレるっていう! あの!!」


 桃華は隆にドンドンと迫り、目を見つめる。


 うっ…あまり言われたくない、俺の黒歴史の…!!


「ずっと…ずっと会いたかったです…」

 桃華の目から大粒の涙が流れ出る。


「わ、悪いんだが…俺達って会った事あるか? 今日、教室で初めて会ったんだと思うが…」

 俺が聞くと斎藤は首を横に振る。


「いえ、先輩が中学校3年生の時にお会いしました!」


 中学3年? ちょうど真面目に勉強しようと思った時期か…


「私が今日みたいに路地裏で不良に絡まれている時…颯爽と不良を倒してくれたんです」


 今日みたいに…て事はアニメ関連…自分をバカにされてキレた事は何回もあるが、人が持ってるアニメをバカにされたのは…


「お前…『泣き虫モモ』か?」


「むぅ…その呼び名は不本意ですけどそうです」

 モモは頬を膨らませ、眉に皺を寄せながら言う。


「ほ、本当か!? だってモモだったらもっと小さくて中学生ぐらいだろ!?」


「せ、先輩はあの時私の事小学生だと思ってたんですか!?」


「いや、だって身長も大分小さかったし…黒髪だったし…学校では会えないし…それに胸も…」

 俺はモモの胸へと視線を下ろす。


「身長は少し伸びました! …黒髪は先月、高校に上がる時に金髪に染めました! 学年が上の教室に行くにはとてつもない勇気がいるんです。逆に私のクラスに先輩が来ても騒ぎになるだけです! しかも先輩、中々学校来ませんでしたし。あ! オッパイなら成長しましたよ!!」


 モモは胸を両手で持ち上げる。その大きさはあの時とは比べ物にならない物になっていた。



「…やめんか。それよりも俺に会いたがってたって…どう言う事なんだ?」


「え…いや、その、それは…」


「それは?」




『うっ…うっ…』


『ほら、泣くなモモ。学校の友達にイジメられたぐらいで』


『だ、だって先輩…アイツら私の事蹴ったりして…』


『……モモ、人生はレベル上げなんだ。辛い事や、悲しい事。逆に楽しい事もあれば、嬉しい事もある。人生には色々な事が待ってて、それは俺達にとっての経験値だ。経験値を貰う為にはその困難を乗り越えないと貰えないんだ。…努力しろ。努力した分だけ良い人生が送れる。俺もこれから家族の為に努力するつもりなんだ……モモ、一緒に頑張ろうぜ』




「ふふっ!」


「何だよ…」


「いえ! 先輩と一緒にレベル上げしたかったから、ですかね?」


 モモの顔は真っ赤に染まった。

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俺が教室の隅でライトノベルを読んでたら、クラスのヤンキー女子に体育館裏へと呼ばれた。俺はまだレベル上げが足りないらしい。 ゆうらしあ @yuurasia

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