私、悪役令嬢
陽炎氷柱
魔性の艶声を持つ悪役令嬢の話
私の声を聞いた攻略対象がみんな失神する
人の第一印象は顔が一番大事と言うが、声も案外人の意識を占めている。
例えば、人形のような綺麗な顔立ちをしているのにダミ声で話し出したらぎょっとされるし、爽やかなイケメンから甲高い声が出たら2度見は免れないだろう。
それに声が顔より大事な場面だってある。明るくてよく通る声であれば発表などで好感を抱かれやすいし、電話口から柔らかい声が聞こえれば話だって弾むだろう。
まあ、つまりは良い声を持っておいて損はないってことだが_______。
「お初に目にかかります、ディラン殿下」
「ミ゜ッ」
齢10になったばかりの王太子は、私の声を聴くとそのまま人類に早すぎる音を発して気絶した。
。。。
人権が欲しくばアリエル・ローレライの声を聞いてはいけない。
それがこの国の暗黙の了解である。
というのも、その声を聞いた人があられもない姿を晒して気絶してしまうからであった。稀に中毒症状が出る者もおり、また彼女の声を求めてとんでもない行動に走ることもあるのだ。
「聴く麻薬かな……」
「ヒョォ」
ストレスでつい独り言がでてしまったが、10メートル先にいた罪のないメイドが失神した。
腰まである緩やかなウェーブを描く赤い髪に、この国ではよくある緑の瞳。キツめの顔立ちではあるが、まあ美人と言えなくもない。
外見だけなら普通の侯爵令嬢である私、アリエル・ローレライだが、その声は魔性の艶声である。
産声で両親と医者の腰を砕き、言葉が話せるようになってからは親族があいさつで全員が恍惚とした表情を浮かべた。
高齢の執事セバスのぎっくり腰を悪化させ、メイドたちは日に10回は失神し、家庭教師には命が持たないからと筆談を泣きながらお願いされた。
そんな私でも両親は可愛がってくれているが、私が声を発する度に口の中で頬肉を噛んでいるのは知っている。
普通の貴族令嬢ならとっくに気を病んで自害するレベルで公害な私の声だが、私は案外この声を気に入っていた。
というのも、私は転生者であるからだ。
前世の記憶はほとんどぼんやりしているが、この世界が学園物の乙女ゲームの世界であることは何故かハッキリと覚えている。その記憶によれば、私は攻略対象の一人である王太子の婚約者だが、自分より愛されるヒロインに嫌がらせをして断罪される悪役令嬢らしい。
記憶を思い出した当初こそ断罪を回避しようと躍起になっていたが、それは初めて攻略対象である王太子ディランとの初対面で当初の計画は全て崩れた。
どうにか婚約しない方向性に持っていきたい私は結局良案が見つからず、心中焦りながら自己紹介をした。そこで間近で私の声を聞いた、海のような青い髪と瞳をもつ王太子は白目を剥いて倒れたのだ。
ついでに言うとその空間にいた側近と侍女たちもみんな失神したので、王宮はちょっとした騒ぎになったりしたのだが。
それはそうと、最初はこれで婚約も白紙に戻るだろうと会心の笑みを浮かべた私であったが、何故か婚約が成立していた。王太子とその周りをたった一言で失神させたのに婚約が成就したことには驚いたが、これが強制力ではないかと思い至って、しばらく怯えたものだ。
しかしその恐れはすぐに消えることになる。原作ではアリエルを嫌っていたはずのディランは意外と乗り気だったのだ。
彼は三日とあけず私の元にやってきては卒倒し、そして耳栓をした側近に運ばれて帰っていく。彼が自己紹介できるまでに実に20回目もの訪問を要した。10回目くらいから何とか意識を保って腰を抜かすだけに止めていたので、さすがは攻略対象と言うべきか。
ちなみに執事のセバスは未だにぎっくり腰を繰り返している。
訪問回数が三桁を超えたあたり、私はなぜそうまでして婚約を維持するのかと聞いたことがある。
「僕は、欲しいと思ったものは、絶対に手に入れるんだ」
結局理由は分からなかったが、天使の如き顔をほろばせるディランの足が産まれたての子鹿のように震えていたので、それ以上追求するのはやめた。
そのあとに特訓して欲しい、とも付け足した。どうせ婚約は破棄されるから無駄だとも思ったが、仲良くなっておいて損はないし、原作から逸れない方が対策立てやすいだろうと了承した。
そうしてディランが少しづつ私の声を聞いても震えなくなってきた一方で、私は続々と攻略対象たちと邂逅を果たしていった。まあ初対面は言うまでもなく、全員が失神したわけですが。
ちなみに顔がいい男たちが目にハートマークを浮かべて卒倒する絵面は、なかなかやばいものである。
そんな前途多難な幼少期を乗り越え、いよいよ原作の時間軸に突入した訳だが。
「アリエル、君のその極上な蜂蜜のような声を聞かせておくれ」
「ごきげんよう」
「その美声で俺の名前を呼ばれたら、俺は正気でいられないだろう」
「なら私があなたの名前を口にする日は来ないですね」「はぁ……」
「静かに興奮するのやめて貰えませんか?」
人を殺せそうな美貌を恍惚とさせながらとろけるという器用な技をこなす攻略対象たちは、私の声を聞いてさらに溶けた。
最近ではたまに変な声が上がるものの、私と会話まで出来るようになったディランとは違い、他の攻略対象は今でも声を聞くだけで腰が砕ける。魔性の艶声は今日も絶好調である。
ちなみにヒロインだが、私の顔を見るなり何やら叫び出したところ。
「姦しいのは嫌いです」
「はい、二度と喋りません♡」
と私が声を出した瞬間、目と語尾をハートにして即落ち一コマで失神した。なお、初対面で一言でも対話できたのはこれが初めてである。
そんな感じで原作はスタートしたわけだが。
私の声を聞いただけでクラスメイトが奇声を上げて失神し、攻略対象である先生が教師がしては行けない顔で教壇にへたりこんでいたり、ヒロインがモザイク必要なレベルの表情を晒したりしているのでまともに進行するわけがない。
もし断罪されそうになっても何か声に出せばみんな失神するので、その間に逃げればいいだろう。
。。。
ゲームのエンディングを迎えるのに必須なイベント、それが私の断罪イベントである。
卒業パーティの開会式で悪役令嬢アリエルの悪行がみんなの前で断罪され、王太子との婚約を破棄される。
ヒロインはめでたく王太子と結ばれるわけだが。
特に何も無いまま平和に終わるかと思われたこの日。
私の予想を裏切って、断罪イベントのイベントスキルのような光景が始まってしまった。
思い返せばあの日も結局ディランと婚約したし、これもゲームの強制力なるものかもしれない。これはいよいよ歌でも歌ってみんなを失神させるべきか?と大きく息を吸ったとき。
「待て、アリエル。君はたぶん何かを勘違いしているような気がするから、本当にちょっと待って。君が歌なんて歌った日には、ここにいる人がみんな永遠の眠りについてしまうよ」
慌てた様子のディランに、違和感を覚える。
たしかに断罪イベントでのディランはもっと釈然としていたし、私への嫌悪を隠そうともしなかったはずだ。
攻略対象たちとヒロインはゲームと変わらず殺気立っているけど。長年婚約者やってちょっと情が芽生えてきたのもあり、私は一旦口を閉じた。もちろんいつでも全員を失神させて逃げる用意はできてる。
しかしディランはそんな私の様子に、大天使の如き顔をとろけさせた。今日も顔がいい。
「アリエル、君に話が話がありますって待ってなんで歌おうとするのお願いだから僕のためにも踏みとどまってえもしかして僕のことが嫌いなのならせめて話を最後まで聞いてから歌って」
嫌いなのかとまで言われると、申し訳なくなってきて歌う準備をやめた。別に何時でも失神させられるんだから、そんなに身構えなくてもいいような気がしてきた。
「はあ……最後まで格好つかないなあ。それも今更かな?」
私が話を聞く気になったのを確認すると、ディランは苦笑いをしたあと、また真剣な顔を作った。
「アリエル、初めてあった時から好きです。初対面があんなんだから……きちんと君の隣に立てるまで、勇気がなくて言えなかったんだ。ずっと困っていたのは分かっていたけど、ごめんね」
ゲームでヒロインを愛おしいそうに見つめていた目線は、まっすぐ私に向けられていた。
頭が真っ白になって、深い海のような青い瞳をじっと見つめていると、まるで本当に溺れたみたいに息が出来ない。
そういえば。ディランはどんなに震えていても、意識がある時はいつも私を見つめていた、ような気がする。
「ディラン」
「声のせいであんまり話さない代わりに、ころころと表情が変わる君を見ているのがとても好きだよ」
そういえば。ディランが特訓以外で声を聞かせてくれと頼んできたことは一度もなかった。
失神したくないのかと思っていたが。そうか、私の、声が以外を見ていたのか。
なんだかふわふわする。
失神するって、こういう感じなのだろうか。
ならば。
気を失う前に、言わなくちゃ行けないことがある。
「ディラン」
「あっ、返事は急いでないよ!父上たちもアリエルの事情分かってるから、急がなくていいって言ってくれ」
「私も好きです」
「ミ゜ッ」
なにか言おうとしていた齢18の麗しき王太子は、私の告白を聞いた瞬間失神した。
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