第6章(その3)
ともあれ、結局ルッソと王太子の面談の中で、今後の具体的な方策について満足に話がまとまるでもなく、二人はその天幕を後にして引き下がるのでした。
「賢者さま、王太子さまに魔人さまの事を言わなかったのはどうしてですか?」
「結局魔人めに協力は拒まれてしまったわけであるしな。あの場で話題に挙げたところで、詮無きことだ」
それに、魔人について詳しい事が話題に上ったとして、そこでリテルが魔人と共謀して何事か企んでいたのだ、というような話が明るみに出てはリテルの立場が悪くなるので、ルッソがその辺りに配慮した、ということなのかも知れません。
「でも、誰かがあの魔王バラクロアとたたかうのだとして、やはり魔人さまの力は必要なんじゃないの?」
「私とて、無論それは考えたとも。個人的には非常に気に食わぬやつだが、力ある魔人であるのは確かだからな。だが今はともかく、先々に至ってもずっと人間の味方をしてくれるとは限らぬ。そのような者を迂闊に王都に近づけるわけにもいかぬしな。……それに、そなたが頼んで駄目だったというに、だれがどのようにあの魔人を説得するというのかね」
「それは……まぁ確かに、そうだけど。でもそうなると結局、ルッソさまがあのバラクロアと対決して、勝つしかないって事なのよね……?」
「うむ……そうなるな」
「もし負けちゃったら、どうなるの……?」
リテルがおそるおそる質問しました。それはひとたびあの魔王に敗北しているルッソにしてみれば屈辱的な問いかけでしょうが、彼女は何もそんな賢者の顔色を窺って遠慮がちに問いかけたのではないのです。その勝敗の行方に王国の未来がかかっているからこそ、むしろそれは問わなければいけない質問だったのかも知れません。仮に、苛立たしげに怒鳴り返してくるような者には任せられぬ大事な局面であるとさえ言えるでしょう。
「……たしかに、そなたがそのように不安に思うのも無理は無かろう。本当に賢い者はこのような無謀な勝負は挑まぬし、挑んだとして負けたときの事もしかと計算にいれておくものだ。……だが相手は魔王だ。誰にでも簡単に倒せるものではないし、過去の偉大な先人の力をもってしても封じ込めるのが精一杯だった、そんな相手だ。もし私以外に、そのようなものを相手にするにふさわしいものがいるというのなら、そのものに任せるべきであろう。だがこの私以外に他に適当な者がいないというのであれば、やむを得ぬ話だ」
勝つより他にないのだ、と悲痛な決意を、彼はリテルに示すばかりでした。
今のところ、バラクロアはすぐに王都を灰にしてしまおうというのではなく、あくまでも魔物の軍勢どもに攻め滅ぼさせようという腹づもりのようでした。となれば、ここでルッソがバラクロア自身に勝負を挑んで、これを打ち破る事が出来れば、たしかに人間達の側にも一縷の望みはあるという事なのかも知れませんでした。
けどそれは、決して簡単な事ではないのでした。
* * *
そうやって、どのくらい両軍が川を挟んでにらみ合っていたでしょうか。
ホーヴェン王子を引き廻していた魔物の一団はすでに対岸の軍勢の元に引き下がってしまっており、橋の上には人間も魔物もだれもおりませんでした。
動きがあったのは人間の側でした。一人の男が、両軍が差し向かい合うそんな大橋の上に、ゆっくりと進み出てきたのでした。
言うまでもなく、それは賢者ルッソでした。
「魔王よ! 聞いているか! 我が名はルッソ、そなたをかつてあの火の山に封じ込めた、かつての賢者の末裔たる者だ! 祖先の偉業を、今ここでこの私がもう一度成し遂げてみせようぞ! いざ、この私と勝負しろ!」
ルッソがそのように口上を述べると、夜闇に包まれた空のずっと上の方に、星明かりさえもさえぎる黒いもくもくとした雲のようなものが湧き起こってきて……それが次の瞬間一斉に炎を吹き上げたかとおもうと、夜空にあっという間に先ほどの炎の魔人像を浮かび上がらせたのでした。
(えらそうに口上など述べるから何者かと思えば、火の山でこのわしの前からおめおめと逃げ出した、あのときの若造ではないか。ひとたび遅れを取っただけではまだ懲りぬか!)
「そうやって侮っているがいい! 次は負けぬ!」
ルッソはそう叫んだかと思うと、果敢にも炎の魔人像に挑みかかるべく、ふわりと宙に浮き上がったのでした。空を一直線に上昇していくその姿は、勇敢であると同時に、はっきりと言ってしまえば無謀そのものでした。
人々の期待を一身に集め……それでも、誰もがしかとその勝利を確信できぬ、悪い方の結末がどうしても人々の脳裏を過ぎってしまうという中で、ついにその戦いが始まろうかという、まさにそんな時でした。
不意に――今にも激突しようかという両者の間に無粋にも割って入るかのごとく、一筋の光線がさっと横切っていくのが見えました。
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