第3章(その2)
「まさか王子殿下は、俺たちに焼け死ねとはいわないよな……?」
日々突入作戦の失敗を繰り返す中で、兵士達の一人が、そんな風に漏らしたりもしたのでした。度重なる失敗に、王子や大尉といった上官の態度がピリピリと嫌な雰囲気になってゆくのを見るにつれ、いずれ王子辺りがやけをおこしてそのように命じる事もあるのではないか、というのはあながち有り得ない事でもないように思えてきたものです。
もちろん、最初は呑気に構えていた王子も、火の山の炎の壁がどうしても突破できぬままにいたずらに村での滞在が長引いていくにつれて、苛立ちを隠しきれなくなってきていました。
「王子、ここはやはり、撤退するのがかしこいのでは。幸い魔人めは防戦一方でこちらへは手出しをしてきておらぬ事ですし」
「今はこちらが攻勢ゆえ、様子を見ているだけかも知れぬ。我らが引き揚げたあとになって、残された村が焼け野原にでもなってみろ。寝覚めが悪いどころの話では済まないぞ」
「それは、まぁ実際にそうなれば、確かにそうではありますが……」
「それに、忘れてはならぬぞ。魔人は実際に、年端も行かぬ少女を無惨にも焼き殺してしまっているのだ。その無念を我らが晴らさずして、一体誰がやり遂げるというのか」
王子はもっともらしい熱弁を振るいましたが、大尉の心を強く打つことはありませんでした。その少女が元々は生贄として火の山に差し出されたのだ、というようなうわさ話を大尉は兵士達を通じて耳にしていましたし、火事騒ぎでうやむやになってしまったとはいえ村の子供が部隊の糧食をこっそり盗み出そうとしていたというような報告もあって、あまりこの地に長く留まるのは賢明ではないと彼は考えていたのです。
と言って、手ぶらで敗退となれば大尉の進退とて多少なりとも問われないとも限りませんし、出来うることならなるべく人的にも物的にもあまり損害の出ない範囲内で、あくまでもホーヴェン王子当人の勇み足、大失態、というような話に落ち着くに越したことはないな、などとというのが彼なりの目論見でした。
* * *
そんな中、今日も兵士達はまるでそれが日課であると言わんばかりに、火の山へと送り出されていくのでした。
彼らの中でも、こんな事を繰り返すだけ無駄ではないのかと思い始める者は当然ありまして、そういった思いが日増しに他の兵士達にも広まっていくのは避けられない事だったのかも知れません。魔人の住処と思しき洞穴の存在は早くから明らかになっているというのに、そこをいざ目指すとなると丸坊主の山をただひたすら登っていくしかないわけで、魔人ならずともいくばくか見張りの目を置くだけで、接近は容易に知れてしまうのでした。
そうやって気付かれてしまえば、あの火柱がいつどこから襲ってくるのか分かりません。今のところ幸か不幸か兵士の中には死者や重傷人は出ていませんでしたが、すでに村の少女が犠牲になっていることもあり――これはもちろんリテルの事で、言うまでもなく彼女は本当は無事でしたが――魔人が兵士達のことを煩わしく思うのであれば、あっという間に灰に変えてしまうことも恐らくは全く難しいことでは無かったのでしょう。いつそんな風になるのか分かったものではない、というような事を考えると、兵士達も心穏やかではいられないのでした。
「バラクロア様、兵隊さんたち今日も来てるわよ」
水鏡を覗き込んでいたリテルがそう言いました。近頃は村の様子を観察するのはすっかり彼女の役割で、今や大事な日課となっていました。もちろん水鏡の術自体は魔人でないと使えないのですが、ここ数日はいちいち見張っているのも面倒になってきたので、村やふもとの様子が大体分かる位置を大雑把に映し出しっぱなしにしておいて、それをじっと見張るのはリテルに任せきりになっていたのです。
リテルはリテルで、与えられた仕事に対しやけにはりきった様子でした。無理もありません、王国軍の兵隊達が村に長く留まれば留まるほど、彼女にとっては――村人達にとっては都合が良いわけですから。
火の山に向かってくる兵士達は何度でも撃退しなければなりませんし、さりとてもう二度とかかってくる気になれないほど、完膚無きまでに叩き潰すわけにもいきません。兵士達に戦死者が出たりということはリテルのもっとも望まないところだったので、魔人にしてみれば加減の難しいところでした。そんな魔人に対して、手加減の具合をあれこれと細かく注文をつけていたのがリテルだったのです。
「……いっそ一人残らず焼き払う方が、おれとしては楽なんだけどなあ」
「駄目。そんなのは駄目」
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