第3章 魔人討伐

第3章(その1)

 さて、魔人とリテルはその後速やかに山の洞穴へと舞い戻りました。魔人にはとりあえず当面片付けるべき、少々面倒な仕事があったのです。

 そう、火の山へと意気揚々と向かっていった、王国軍の兵士達の相手でした。

 魔人にしてみればこれは難しい話でも何でもなくて、元よりおのが住処を土足で踏み荒らそうという無粋の輩ですから、何の遠慮があろうか、といったところでした。とは言えリテルの手前、あまりむごたらしい目に遭わせるのも忍びありません。軽くおどかして、逃げ帰ってもらえればそれで充分、という心づもりでした。

 たまったものではないのは兵士達の方で、魔人の方では手加減しているつもりでも、結局のところ彼らの行く手をさえぎるのは地獄の炎のごとく燃えさかる灼熱の業火でした。熾烈を極める火柱の数々がそこかしこから吹き上がるのに出くわして、兵士達はいったんは火の山を駆け上っていったものの、ほどなくして這々の体で逃げ帰ってくる事になったのでした。

 火の山の魔人がまさに実在する、それをまざまざと思い知らされた彼らでした。何せ相手は炎です。ちょっとした火傷程度で済んでいるうちはまだしも、いずれ焼死体が出来上がるのも時間の問題のように思われました。

「王子殿下。相手が炎では、つわものどもがいくら刃を振るおうとも、どうにも太刀打ちできませぬぞ」

 一足遅れで村にやってきたホーヴェン王子に、フォンテ大尉はそのように苦言を示しましたが、聞く耳を貸す王子ではありません。

「お前はそういうがな。だったらどうする? 民を救いに来たはずの我ら王国軍の精鋭が、おめおめと逃げ帰ったとあっては沽券に関わるというものぞ」

 実際のところ王国軍云々というよりは、思いつきで派兵を決めた王子個人の名がますます下がるだけなのかも知れませんが、当人は何を思っているのやら、至って呑気なものでした。

「多少の火ぐらいなんだ。水でもぶっかけて、消してしまえばよかろう」

「村人どもが飲み水にも困窮しているという有様なのに、ですか? 第一、民を救うというのであればバラクロア退治よりも、まずは糧食を開放でもした方がよろしいのではありませんかな。魔人が火を放った糧食の燃えかすを、村人どもは灰も砂もなく律儀にほじくり返すような有様でしたぞ」

「なら、そうするのがよかろう」

 あまりにあっさりと言い放った王子ですが、大尉が困惑したのはいうまでもありません。ただでさえ火を放たれて一部を焼失したというのに、さらに民に配るとなれば補給のこともあらためて検討し直した上で、早急に手配をかけなければなりません。そう簡単にいく話ではないのだ、と大尉にしてみれば反論したいところでありましたが、ここはぐっと言葉を飲み込みました。村人の窮状に関しては自分から言い出したことでもありますし、最終的に責任を取るのは命令を下した王子本人です。ここは事を荒立てず、唯々諾々と従うまででした。仮に魔人を討ち取るまで村に居座る事になるのであれば、先だっての火の山からの無様な退却を思えば、かなりの長期逗留も覚悟しなければならなかったでしょう。そうなってくると費用的な事なども大きな問題ではあったのですが、大尉は敢えて、王子はきっと把握しておられるはずだ、とあり得ない事をさもあり得る事と決め込む事にして、満足顔の王子にはそれ以上は敢えて何も進言しなかったのでした。

 それからの一週間は、王国軍の兵士達にしてみれば、とてもむなしい、徒労感にあふれる日々だったかも知れません。ホーヴェン王子は自ら号令をかけ、兵士達を整列させると、連日のように火の山へと向かわせるのでした。

 もちろん、何度足を運んだところで、結果は同じでした。山は裾野付近の比較的傾斜がなだらかな辺りに申し訳程度にまばらな灌木が立ち並んでいる程度で、あとは岩だらけで遮蔽物も何もない、丸坊主の岩山でした。魔人が潜むと思しき洞穴まで、身を潜めて接近する事もほぼ不可能なありさまです。また万が一洞穴に踏み込まれたところで、元々生身の肉体を持ち合わせているわけでもない魔人を、いかようにして捕らえたり殺したりするのか、至難の業と言えたでしょう。そもそも魔人の操る炎は、出現地点もその威力も全く持って自由自在、それに行く手を阻まれてしまえば人間はなすすべもなく逃げまどうしかなかったのでした。しかも相手は屈強な兵士、魔人にしてもリテルが迷い込んできた時のような遠慮も不要と来ています。

 立ち向かう兵士達にしても、まさか魔人を剣で討ち取れるとは思ってもいませんでしたが……上官に突撃しろと命じられれば、従わないわけにもいきません。どうにかして極力岩陰に身を潜めるようにしつつ、忍び足で少しずつ山を登っていきますが、結局毎度炎の壁に阻まれて逃げ帰ってくるありさまでした。

「まさか王子殿下は、俺たちに焼け死ねとはいわないよな……?」

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