第2話~裏バイトの世界へ

「え~、加納かのう あきら君。年齢が、21歳。趣味は、あり地獄じごくの飼育。志望動機、貴社の業務を通して、ウスバカゲロウみたいに美しく成長して社会へ羽ばたいて行きたい……お前……」

 裏バイト専門の日雇い派遣会社「スクランブル・エッグ」の面接は、船橋市本町の薄汚い路地裏の雑居ビルの4階の1室。汚くて狭い事務所内で行われた。

「蟻地獄とか、ウスバカゲロウとか……お前、昆虫が好きなのか?」

 面接をしてくれた所長のあずま かめ千代ちよっていう若くて背の高いイケメン風の男性は、僕のエントリーシートを見て厳しい顔をして眉をしかめていた。

「はい、昆虫は、大好きです!特にアリジゴクが、大好きなんです!」

 お茶を入れてくれた事務員らしき女の子が、突然、吹きだして笑い始めた。

「所長~、面白いじゃないですか!その子!」

「う~ん、うちは、扱っている案件が普通じゃないからねえ~。やれる自信ある?ヤバい仕事ばっかだよ!まあ、その分報酬は、破格だけど……因みに、社会保険とか労災とか、雇用保険なんかも、うちは、一切入れないからね!裏バイト専門だから!」

 亀千代は、ここに登録している君塚きみづか 弥生やよいという僕の幼馴染の女の子からの紹介でやって来た僕の顔を怪訝けげんそうにエントリーシートと交互に見つめていた。


「まあ、身体もガッチリしているし……うちは、男性に関しては、AV男優の仕事が結構多いんだよね。顔とか、思いっきりモロ出しだけど、その辺も大丈夫?」

「かぁ~、AVですかぁ。可愛い女の子とセックス出来て、お金を払うどころか逆に貰えちゃうなんて夢の様な仕事ですねぇ~!」

「加納君、そのAV男優の仕事なんだけど、結構ハッタリかまして現場に行ったら、緊張で全然ダメなパターンが多いんだけど、その辺大丈夫?」

 事務員の高瀬たかせ 淳子じゅんこが、結構あっけらかんとストレートな質問を投げかけてきた。

「後、性病とか、持ってないよね?勿論検査は、自費で性病科に行ってもらうけど……」

 亀千代は、高瀬 淳子に僕のエントリーシートを渡して、パソコンのデータベースに僕を登録するように指示していた。

「性病科で異常が見つからなかったら、ここの近くのストリップ劇場でまな板ショーやってもらうから。どうしてもねえ、口先だけの輩が多くて……勇んで行く割には、本番でしなびちゃうんだよねぇ……」


「あ、あの……」

 そこまで話を聞いていた僕は、亀千代と淳子にある質問を投げかけた。

「何?」

「僕、実は……」

「うん、実は?」

所謂いわゆる、タイガー・ウッズというか……」

「あん?タイガー・ウッズ!?」

「つまりはですね……性欲異常者というか、セックス依存症なんですよ!」

「……」

「……」

 亀千代所長も、事務員の淳子も言葉を失って、数秒間の静寂が訪れていた。

「まあ、取り敢えず病院行ってこい!なんか、どうでもよくなってきた……」



 その日の夜遅く、「スクランブル・エッグ」を紹介してくれた君塚 弥生からLINEメッセージが届いた。

「ヤッホー、どうだった?私は、今日も風俗の現場で身体バッキバキになるまで働いて、1日で10万と7千円稼いだよ!明も頑張ってね!!」

 まあ、風俗とかAVで働くんなら、そっち系の事務所とか店舗と雇用契約結んでやった方が、女子の場合は全然良いと思うんだけど……

 男は、女性ほど風俗業界ではニーズが少ないからなあ……


 その時、いきなり携帯電話の着信音が鳴り響いた。

「あ、スクランブル・エッグからだ!何だろ……もしもし……」

「あっ、加納君、高瀬ですけど。ごめ~ん、明日AVの現場入ってくれな~い?1人ドタキャンしやがってさぁ~!!性病とか、絶対に無いよね!?」

「また、その話ですかぁ~。まだ、お医者さん行ってませんから。いきなり明日AV男優デビューって、話が急過ぎるんですよ!無理です!」

「はは~ん、さてはお前、いよいよここまで来てビビってるな!?何がタイガー・ウッズだよ!セックス依存症ってのもウソだろ!」

「高瀬さん。もしその案件、僕がやるって言ったら、せめて手当付けてくださいよ!」

「分かった!手当の代わりに、あたしと一発只でやらせてあげる!」

「いや、そればっかりは、勘弁してください……」

「……お前」

 そのまま電話は、プツリと切れた。


 結局僕のAV男優デビューは、流れてしまって代わりにキモオタニート野郎が喜び勇んで引き受けたらしいが、案の定現場の雰囲気に呑まれてしまって立たず仕舞い。だろうよ、いきなり引きこもり野郎が、大勢のスタッフや監督の見ている前でSEXなんて身体が敏感に反応してしまって立つものも立たないだろうよ……


「加納君、今度はAV男優じゃない案件が舞い込んできたけど……」

 スクランブル・エッグの事務員、高瀬淳子から、また僕の携帯に電話がかかってきた。裏バイトってこんなに多いのだろうか?

「はい、それでどんな仕事内容ですか?」

 僕は、どうせ今回も無茶ぶりされるのを覚悟で聞いてみた。

「うん。まあ簡単な仕事だから、安心してね!」

「いやいや、その手には乗りませんよ!裏バイトと言うからには、尋常じゃない案件でしょう?」

「北海道でね、ヒグマの赤ちゃんを飼育する案件だよ。加納君、動物好きでしょう?」

「勘弁してくださいよ。僕が好きなのは、昆虫、特にアリジゴクとウスバカゲロウです!ヒグマ!?母熊が、育児放棄でもしたんですか?」

「母熊は、山にエサが無くなってしまって赤ちゃん小熊の為に山の麓の町に降りていってしまったの。町の人間を数人襲ってしまってライフル銃で射殺されたのよ。だから、赤ちゃん小熊の面倒見てくれる人が欲しいっていう案件なんだけど。取り敢えず北海道までの往復の交通費と麓の町の民家での下宿代。三カ月間350万円の報酬は、約束できるの。仮に小熊に襲われて怪我をしたり、死に関わるような事があれば、町から100万円の負傷給付金が出るわ。無事に三カ月小熊を育てたら、山に返すんだけど、ついでに町の役所の環境保全課で継続して、野生の熊とか鹿の調査、データ入力、山の管理なんかが、一年契約で最大定年まで続ける事が出来るのよ。やってみる?」

「やるわけねえだろうよっ!!あ~、もう死にたくなってきた!」

「おいしい案件だと思うけどなぁ~!」

「常に死と隣り合わせの様なバイトじゃねえか!育てた小熊が大きくなって、また町に降りてくるよ!」

「大丈夫。町の方で生命保険に加入してくれるらしいから!」

「……怖え。もうちょっとソフトな案件ありませんか?報酬は少なくてもいいですから……」

「ダメかぁ~。後は、そうだなぁ~。ちょっと待ってね……ああ、これはどうかな?旦那を亡くした七十歳の欲求不満熟女のセフレのバイト!」

「マジか?七十歳って俺の母ちゃんより年上じゃねえか……で、その案件の内容は?」

「週五日、フルタイム勤務で欲求不満熟女未亡人をオルガスムスに導いた数だけ一回十万円の出来高報酬のバイトだよ!」

「だよ、じゃねえっすよ!セフレのバイトで週五日のフルタイム!?やりっぱなしって事ですか?」

「そうじゃないの。日中は、主に介護をして欲しいんだって!あと、買い物とか料理作ったりとか、掃除とか洗濯とか……」

「あの、それってセフレじゃなくて完全に介護の仕事ですよね!?ある意味、恐ろしいわ!」

「ダメかぁ……それ以外だと……」

「なんていうか。もっと裏バイトっぽいの紹介してくださいよ!!」

「じゃあ、これなんかどうかな?競馬場で馬糞ばふんの処理係。どうかな?」

「まあ、それならやりたいですけど。場所は、どこなんですか?」

「北海道の、ばんえい競馬場だね~!」

「ばんえい競馬って、あのノロノロしたやつですか?」

「うん。日当7千円!」

「地元で警備員でもやってた方が良いわっ!他は?」

「ダメかぁ、う~ん、AVやってみる?」

「なんで、結局AV男優に戻るんすか?まだ、性病科行ってませんから!」

「贅沢言わないで、やるだけやってみなさいよ!しっかりしなさい!」

「あなたが、しっかりしてくださいよ!ロクでもない案件ばっかり紹介して……」

「大富豪の家の一人娘と一日ディズニーシーでデート。日当3万円。は?」

「いよっ!待ってました!最初からその案件紹介してくれれば何も問題なかったのに!」

「ちなみに、この大富豪の一人娘は、現在二十五歳。彼氏いない歴二十五年。趣味が、向精神薬のオーバードーズとリストカット……」

「……怖え。無理っすよ……」

「ニューハーフの高校生と一緒に新宿歌舞伎町のホモサウナで愛のメモリー。ってのは?」

「ホモサウナだけは、勘弁してくださいよ~!」

「う~ん、じゃあ……」

「まだ、あるんですか!?どんだけ~!」

「いじめられっ子の男子生徒に、激しくののしられて虫けらのように扱われる、いじめられっ子救済身代わりのバイトは?」

「捕まりますよ……いじめは大変な社会問題じゃないですか!それを助長するような……」

「あっ、あった!」

「何があったんですか?また、どうせ……」

 そう、どうせロクな案件じゃないと思ったその案件が僕のスクランブル・エッグでの初仕事となった。内容も報酬も諸条件も僕にとってギリギリセーフの裏バイトだった。

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スクランブル・エッグ 双葉 黄泉 @tankin6345

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