平日のスーパーは別世界だった
碧月 葉
恐怖の校長室
校長室をこれほど怖いと思ったことがあっただろうか。
何か悪さをした訳じゃ無いんだし、こんなに緊張する必要はない。
しかし、そう思っても心臓が早鐘を打つ。
二週間前。
「だったら俺が育休を取るよ。任せろ」
産休後直ぐに仕事に復帰したいという妻のため、俺が育児休業を取ると提案したのだ。
俺は教員。子どもの心身 の発達についても勉強していたし、幼児教育の知識もあるし、1年生の担任経験だってある。
何より「子どもが好き」だったので、相手が赤ん坊だろうと、いけるという自信があった。
妻も大賛成だったし、取り敢えず職場へ相談と思ったのだか、いざ言おうと思うと予想以上の緊張感があった。
「失礼します。お時間頂き申し訳ありません」
校長室に入った俺は、ガチガチの状態で勧められたソファに座った。
「大丈夫ですよ、赤城先生。今日は午後の会議は2本だけですから。それで、相談ということですが、何でしょう」
おオゥ。校長、笑顔だが目が笑ってない。圧が…… 無駄に覇気使っているんじゃないかな。
何とか耐えて、負けずに笑顔で答えた。
「2月に子どもが産まれる予定でして」
「それはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「それで、あの……妻が産休明け直ぐに復帰したいというので、その後私が育児休業を取りたいと考えていまして」
「…… ほう。それは良いですね。じゃあ4月から約一年取ってください」
校長は目をパチクリした後、微笑みながら言った。
「はいっ⁉︎」
変な声で返してしまった。校長は、感情の読めない深い笑みを浮かべている。
「絶対その方がいいですよ。赤城先生。今担任している6年生を無事中学校に送り出してからですし。ベストなタイミングですね。いやぁ流石です」
「は、はあ。しかし一年というのは長すぎるというか、申し訳ないというか、3ヶ月位でいいというか……」
「何を言っていますか。子どもと向き合うのに最低一年は要りますよ」
「え、しかし我が子なので、育休でなくても向き合えますし、そんなに長期は……」
「いや、一年必要でしょう」
笑顔が怖いです。
分かりました校長。短いと代替の教員が見つからないんですね……。
「では、お言葉に甘えて、一年程取得させて頂きます」
「それが良いですよ。もし私が取れるならそのくらい取りますし。きっと教員人生にも活かせる、良い経験を積む期間になるでしょう」
「ありがとうございます。そう言って頂けて安心しました」
「いやぁ『個人的な事で相談を』と言われたものだから、病気の告白とか転職の相談かと思って、ヒヤヒヤでしたよ。良いお話で本当に良かった。『働き方改革』と言われて久しいですからね。男性教員の育休取得、良いじゃないですか。微力ながらサポートさせて頂きますよ、赤城先生」
ホッとした表情で告げる校長の笑顔は、今度こそ本物で、俺もようやく肩の力が抜け、改めてお礼を言った。
うちの校長は何かと意識が高くて、時々面倒臭いところもある人だが、今回はそんな所が心底ありがたかった。
想定より幾分長い休みになってしまったものの、理解ある上司に恵まれ、俺は育休取得の第一関門を無事通り抜けたのだった。
*赤城の育休メモ*
育休の申請は、開始1ヵ月前までに必要だけれど、上司に相談を始めるタイミングは、もっと早い方がいい。出産予定日の半年前ぐらいがスムーズだと思う。
担当している仕事の引き継ぎが上手くいくように整理調整も必要だし、同僚との関係も上手く作っておきたい。
仕事を休むということは、職場に負担をかけるのは間違いないから、事前の準備は肝要。
お互い気持ち良くいられるように、周囲が不満、不安を抱かない為の配慮をする事は大切だね。
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