第10話 ~アザー・ピープル・マメトーーク! Vol.01~

「やあやあ、皆の衆! クラウンではなく、ピエロの恰好に扮して大人気なパントマイムベテラン芸人! ぼくこと佐々木次郎ささきじろうさんのご登場だよ! あらら? そこはかとなく元気が足りないみたいだね? よーし! しからばちょっくら景気づけに! いっちょ決まり文句のご挨拶でもちゃいましょうかね! さあさ、いずれもさまもご一緒に! せーのっ! それいけ! アンポンタン!」


 ……と言った風な大道芸パフォーマンスを、ぼく自身は筆舌ひつぜつくしがたきユーモラスさと信じ、やり続けて早幾星霜はやいくせいそうで御座います。とほほ、「大人気」って所はしちゃってご免して。


 ええっと、決して大手ではないのですが、一応芸能事務所にも所属しておりまして、地方営業なんかで食い繋ぎ、辛うじてプロのお笑い芸人を名乗っておりまする。はは、念を押して言いますけれど、頻繁に吐き気を催すくらいには、本当に売れてはいないのですね、はい。


 来年にはついに、ぼくも還暦を迎えてしまう訳ですが、今の所は相も変わらずで御座いまして。いやはや、何ともお恥ずかしい限りです。


 やはり、ぼくのお笑いスタイルでありまする、「道化師のパフォーマンスで笑いを取る」と言う行為は、相当ハードルが高いので御座います。ええ、そいつはもう、からきし白けられること山の如しですから。


 自身のお笑いの表現形式を変えようか、もしくは芸人自体をもう辞めてしまおうとは、一度ならず繰り返し考えた事で御座います。だけれども、そのたびにある人の顔が浮かんで来てしまって、結局はこの世界観を貫き通し、あっと言う間にこの年齢になってしまいましたとさ、ちゃんちゃん♪(笑)。……はは、「何わろとんねん。笑ってる場合か」って、どなたかがツッコんで頂ければれ幸いだったり致します。


 こんな腑甲斐無ふがいないぼくですが、本日千載一遇せんざいいちぐうのチャンスが訪れたので御座います。


 ぼくの趣味は読書で御座いまして、ちょくちょく散歩がてらに古書店街巡りなどを致すので御座います。何と今日はその町に、あの人気高校生芸人の一角である志國三ここさんさんのお三方がられたのです。

 はは、彼らも本が好きなので御座いましょうかね? うーん、一体どの様なジャンルの著述書に目がないのかとか、個人的に興味をかきたてられまする。


 まあ、それはともかくとして、半ば衝動的に突発的なS.O.B.を、ぼくの方から志國三さんに申し込んじゃっていたので御座います。はは、実を言うとぼくがS.O.B.に挑むのも、随分と久方振りだったりするのですけどね……。


 志國三さんはお笑いにイリュージョンを織り交ぜたショーが得意であると、小耳には挟んで御座いました。であるならば、笑いよりもサプライズに重きを置いておるのではないかと、ぼくが勝手に思い込んでしまっていたのです。

 以上の理由から、これはひょっとしたら勝てるかも知れないと言う淡い期待を抱き、あまつさえ相手を見くびってトライすると言った愚行をかましてしまったので御座います。


 はは、左様で御座います。お察しの通り結果は惨敗です。


 志國三さんはしっかりとお客さんを笑わせておりましたし、途中からはそのトリックの技術力の高さに、ぼくの方が見とれてしまう体たらくで御座いました。


 ぼくは全くなかった仕事の時と同様に、無様に落ち込んでの帰り支度を余儀なくされる訳で御座います。

 しかも今回に至っては、お笑い芸人としてあるまじき「舐めた態度」でS.O.B.に臨んだので御座いますから、当然の報いだと言えるでしょう。


 そして、こう言う時に限って悪い事は重なる物で御座いまして、追撃するが如く突然のゲリラ豪雨に見舞われてしまいます。

 そんなごたごたの最中、丁度目と鼻の先にファミリーレストランがありましたもので、ぼくは入店するに至ったので御座います。


「はは、仕様しよういですね。今日の所はこちらのお食事処にて、いつものように一人ぼっち反省会&雨宿り&晩ご飯にする事と致しましょうか」←今ここ。


 当たり前の事で御座いますが、もうお笑いモード用のメイクは落としておりますもので、ぼくの事を佐々木次郎だと認識する人はまず居りません。ぼくのスッピンの見た目なんぞ、ただの老いぼれですからして。……はは、最も化粧をほどこした姿だったとしても、このぼくだと気付かれるかどうかは微妙な所ですけどね。


 そんな事を考えつつ、ぼくは午後五時までオーダー可能の、日替わり和膳ランチなる料理を注文し、暫しの間ぼんやりとして居ったので御座います。そうしておりましたらば、背中越しの隣席より、割方のトーンでの話し声が聞こえて来たのです。


 軽く振り返って後ろを拝見し、有り体に申し上げて、おったまげましたので御座います。はは、何しろ同日に、二度も人気高校生芸人との遭遇を為し遂げてしまったものですから。


 そう、そこにはあのダダンダウンさんのお二人が座して居られたので御座います。道理で聞き覚えのある声音だと思いましたよ。


 はは、先程の対志國三さんS.O.B.以前に鉢合せをしていたのであれば、ぼくは迷わずダダンダウンさんにS.O.B.を申し込んでいた事で御座いましょう。はは、つい今しがた完膚無きまでににされたぼくに、もう気力・体力・精神力は残っておりませぬもので。はは、あな情けなや。


 ダダンダウンさんはインターネットの動画投稿で一躍有名になり、今や一大ブームとなりました高校生芸人のパイオニアで御座います。ですが、ボケ担当の焔煜ほむらゆう君はネットにはうといらしく、方面の分野は相方であるツッコミ担当の新堂圭助しんどうけいすけ君に、ことごとくをなのだそうで。


 じつ、ぼくもネット関連は不得手で御座います。唯一たずさわっているとすれば、時折動画観覧でアクセス致します、ミーチューブのサイト程度でしょうか……って、はは、ぼくみたいなじじいが言っても何の自慢にもなりませんし、お笑いのネタにもなりゃしませんってね。


 ……うーん、自身のネタをミーチューブに投稿で御座いますか……はは、そうですよね……今じゃ圧倒的にネットを駆使してのアピールが主流ですものね……はは、ぼくも少しばかり、に興味を持ってみようかしら……。


「なはは、なあ、ゆう。今日拝見した何戦かのS.O.B.の内、おもろかった勝負ってどれやったよ? やで」

「ふん。ベタですまないが、やはり僕は志國三と、熟練ピエロ芸人・佐々木次郎さんの対戦模様が印象的であったな」


 ……はは、先刻のS.O.B.を、お二人にもしっかりと見られちゃっておったので御座いますね。いやはや、まったもって、みっともない限りで御座いますよ、はは……。


「なはは、やっぱ煜もそうやったか。その次郎さんの来歴なんやけどな、あの人ってばズブの素人とかとちゃうくて、ああ見えても一端いっぱしのプロ芸人なんよね。それやのに、あの滑り具合&惨敗っぷりはなんやねんってな感じやったわ」

「ふん。相手は今ノリに乗っている高校生芸人トリオの志國三だ。仕方あるまい。それに僕らとて、現時点で彼奴等きゃつらとS.O.B.をかましても負け確定だと、昨日実感したばかりではないか」

「なはは、それやんな。悔しいけどそれが現実ですわな。因みに俺が今日一番気に入った志國三のネタやけどな、優輝はんの指パッチン合図での虎が現れたと思たら、瑠璃はんがまたがっとった竜と対決が始まったやつやな。なはは、あないなごっついもんを、連チャンでバンバン見せられるんやから、かなわんでホンマ」

「ふん。しかも、それにお笑いをブレンドさせるとか不公平が過ぎるよな。ふむ。しかし嘆いていてもどうにもならん。僕らはを超越した笑いを産み出し、そして提供するまでだろ。ふん。実にシンプルな話であるぞ」

「なはは、そやな。その意気で頑張らなな。しやけどそれだけに、今日の志國三のS.O.B.を見とったら、やっぱし次郎さんの味噌みそかすさ加減が目立ってもうてたで」


 はは、言われちゃっているなあ。しかし、反論する言葉も御座いません。はは、至極ごもっともで御座います……。


「なはは、あないな歳になっても一向に芽が出えへんって、ホンマどないなってんねんって感じやん? 何であの人引退せんねやろな?」


 はは、至極ごもっともで御座います……。


「ふん。大なり小なり、人にはそれぞれ事情って物があるさ。それに、僕は次郎さんがつまらないとは露程つゆほども思わないがな」


 はは、至極ごもっともで御座います……。って、えええ? それマジで御座いますか!?


「ふん。道化役者ってやつはチビっ子達からも人気があるだろう? それから漫画や映画でもおいしいポジションに居座っている事が多いよな? なので、今はパッとしない存在であったとしても、突如として化ける事を秘めたるキャラクターなのだよ」

「なはは、そら完全に煜の個人的な意見やん。どっちかって言うと俺はやね、ピエロはホラー映画やらの悪者のイメージが強かったりしよるからね」

「ふん。そう、そう言った側面も併せ持っている人物像でもあるのだ。早い話だ、何であれ先が読めない、トリッキーなキャラである事は間違い無いのさ。……時に圭助よ。道化師はピエロかクラウンと呼ばれているが、その違いを知っておるかね?」

「なはは、俺を舐めんなや。アレやろ? 確かメイクで右頬に、涙のマークの有り無しが決め手やった筈やで。有る方がピエロで、無い方がクラウンやんな?」

「ふん。正解だ。次郎さんは必ずネタ披露の前口上にて、「ピエロの方を演じている」と宣言しているのだよ。こいつの意味する所は即ち、「自らは何か悲しみを抱えつつ、お笑いをやっています」と言う事を示唆しているのさ」


 はは、流石のダダンダウンさんだなあと感心してしまうので御座います。はは、良く聞く言葉である「最近の若者は」論ですが、そんな物はもう死語なので御座いましょうね。


 いえいえ、中々如何なかなかどうして、日本もまだまだ捨てたものではないで御座いまするな。


「……ほーん、なるほどの。せやったらアレかいな? 煜は同情の気持ちから次郎さんを擁護していたりするんかいの? もしもそうなんやったら、それこそ形はどうであれ、お笑いに真剣にうとる次郎さんに対する侮辱とちゃうんけ? なはは、これの返答次第によっちゃ、この場でダダンダウン解散も辞さない所存やぞ」


 この新堂圭助君の発言により、束の間、空気が張り詰めるので御座います。


 ……はは、ぼくなんぞの話題が誘い水となり、ダダンダウンさん終了のお知らせとか、桁外れに心苦しいので、絶対に止めて下さいと心から願いますですよ、はい!


「ふん。たわけた事を抜かすな圭助よ。僕は純粋に次郎さんのネタが好きなだけだ。人には合う合わないが必ず存在する。次郎さんのネタは圧倒的に合わない人が多かった。ただそれだけの話よ。……ふむ。しかしそうだな……爆笑させるには今一つと言われるのには理解する。その要素は一体何なのかと聞かれれば、そいつは僕にも明白では無いのだ。ふん。と言うか、それが手に取るように分かっておるならば、僕らはとっくにお笑い界の神と謁見えっけんし、いては天上界よりの祝福を受けてだな、女神の太陽神・天照大御神あまてらすおおみかみ様の御加護があらん事を――……」

「なはは、やめいやめい。もうええもうええ、もうええわ。俺が悪かったっちゅうねん。ったく、ちょいちょい電波な人が言葉を発してるみたいになるん、やめとくんなはれや。怖いんじゃボケ!」

「ふん。……あ~ん安堵あんどしたよ~! もうダダンダウンも年貢の納め時かと思って肝を冷やしたよ~! うえ~ん、うえ~ん、うえ~んつえいじはハーフ芸能人~!」

「なはは、何や何や? 妙なフレーズを交えながら泣き崩れおってからに。煜も大概に小心者やんな。これこれ、店の迷惑になるし静かにせんと。これなる俺のハンカチーフを貸してあげるで、その吹き出た鼻汁多めの涙をお拭きなっせよ」

「ぐふん。うん。ぐすん。……ふん。こうしてりげく僕の弱みを見せて母性本能をくすぐり、ギャップ萌えにて新たな女性ファンを増殖させるってな目論見もくろみだが、如何いかがであろうぜ?」

「なはは、そないなこったろうと思うとったわ。あっ、成功した折には、俺にもおこぼれを頂戴ね」


 はは、お見事の一言に尽きるで御座いますなあ。先程までの緊迫したムードも、即興のコントにて吹き飛ばしてしまいましたよ。こう言う所ですな。ぼくも見習わないといけませぬな。ちゃんとメモメモっておきましょうな。


「なはは、んまあ、次郎さんの話題に戻すとやね、ピエロっちゅうのはサーカスみたいなチームでより輝く事が多いし、では限界があるっちゅう事かもしれへんの」

「ふん。その指摘は実に興味深いのだがね、お笑いの可能性は無限大だ。今の世の中、何が当たるか分かったもんじゃないのでな。ふん。そう言った意味合いから、くだんの次郎さんは近い将来大ブレイクしそうな予感がビンビンしているのだよ。ふふん。僕の勘は良く当たる訳では無いからな。大抵の場合外れるぞ」

「なはは、何やその使い物にならん予想屋は。なはは、ちゅうか流石にそれはないやろ。単に煜が次郎さんをお気に入りってなだけで、そう感じとるだけやって」

「ふん。ならば次郎さんの人気が近日急上昇するかどうかで、ここは一つ僕と貴様で賭けでもしてみないか?」

「なはは、おう、ええで。もしそうなったら俺が女装して、煜に丸一日奉仕したる権利を差し上げじゃいろたけしで、ばっきゃろー、こんにゃろーや」

「ふん。先刻の「うえんつ」に対してのこすりかよ。と言うか、なして女装子を選択肢に持ちだしたのだ? もしや貴様にはそっち系の性癖でも有るのか? 強大無比の嫌悪感が爆裂だぞ」

「なはは、いやいや、これには理由がありますねや。んまあ、それは時期が来たら話したるさかいに、乞うご期待ですわ」

「ふん。あれま、どうしましょう。貴様の女姿ってだけで、あまねく望みが無い。どうせろくな話ではなかろうな。おっと、そろそろ退店しようぞ。今日は「スカー・ウソォーズ」のシリーズ最新作、「スシネタの最後ダジェイ」の特別先行上映会だからな。会場まで急ぎ向かわねば」

「なはは、まだ大丈夫やって。開場時間までは二時間以上もあるし、その上出演キャストの舞台挨拶とか、なごうてけったるいだけやろ」

「ふん。阿呆か貴様は。メインキャストが揃って来日しているのだ。そいつを観ずして何とするか。学校の朝礼で、長く退屈な校長先生のスピーチとは訳が違うのだぞ。ふん。さては貴様、映画冒頭に挟まれる別作品の予告編も含めて、楽しめていない人間だな?」

「なはは、やで。もっと言わしてもらうとやね、俺はエンドロールを迎えた時点で即刻席を立ちますわ」

「ふん。熟熟つくづく救えん人種だな貴様は。クレジットタイトル後に、もうワンシーンが控えている作品もざらだと言うのに」

「なはは、まあええやん。人にはそれぞれ事情って物があんねん。そうやんな? ……ちゅうか、ちょう待ってえや。煜は飯食うのん早過ぎやって。俺はまだ全然食い終わってへんねや」

「ふん。だから言ったであろうが。僕が注文した様な、小腹を満たす程度のスイーツ系にしておけば、もっと迅速に食せたものを」

「なはは、煜が頼んだのって、デカ盛りのジャンボパフェやったやん。あれかて結構な量がありましたで。なはは、志國三の山田はんばりにあんなけのもん、よう綺麗さっぱり完食でけたな自分」

「ふん。それではBARでの、「あちらのお客様からです」システム的に、店内の誰かさんに献上して差し上げろよ」

「この食いかけのラーメンをか! 格好悪すぎ&迷惑やろ! ……おおい、煜! ……あいつマジか……考えられへん……ホンマにレジを済ませて店から出て行きよったで。……うおおい、待ってぇなー!」


 すると新堂圭助君は、「すんまへん。残りのこれ食べたって下さい。お願いします。ごっそさんでした!」と、ぼくの席に食べ散らかしたラーメンどんぶりを置き去り、焔煜君を追い掛けて行ったので御座います。


 ……うわあ……はは、 食が細いぼくには酷な話で御座いますが、合掌して「いただきます」ですね(そこじゃねーだろ。てか、食うんかい)。


 はは、ダダンダウンさんのお二人が慌ただしく出て行った館内は、たちまち静かになった気がするので御座います。何と言いますか、これが人気者の存在感と言う物なので御座いましょうね。


 はは、それにしても、焔煜君の人間分析には恐れ入ったので御座います。はは、ぼくが「悲しみを抱えつつ、お笑いをやっている」と言う推測は、まごうことなき図星だったものですから。


 そう、一緒に幸せな人生を歩んで行こう。そんな風に共に誓った女性が、このぼくにもかつては居たので御座います。


 その彼女の名前は佐々木永遠ささきとわさんと言いまして、心の底からぼくの芸を喜んでくれるお客様で有り、ぼくの愛する妻だった人で御座います。


 はは、ぼくも永遠さんも、まだまだお互いが青き頃で御座いました。……嗚呼、そうですか……もう四十数年も前になるのですね……。


 結論から申しますと、永遠さんは死に至る病……所謂いわゆる不治の病にかかりまして、若くしてこの世を去ったので御座います。


 元々体の強い方では無かったの人では御座いましたが、ちょっと風邪をこじらせた位で、あの様な大病にまで発展しようとは思いも寄らず……誠にもって、生命とはもろはかないものだと実感させられました……。


 永遠さんが天に召された日の……最早これまでと彼女が覚悟した最後の会話……。あの日の事だけは、時が何十年過ぎ去ろうとも、こうやってぼくが目を閉じさえすれば、まるで昨日の出来事の様に思い出されるので御座います……。


――***


『ふふ、あのね、次郎さん。わたしの一生涯の事だけど、特に次郎さんと結婚してからの毎日はね、とびっきり輝いて幸せだったんだよー』

『はは、永遠さんにそうやって言ってもらえると、ぼくの喜びも一入ひとしおだよ』

『ふふ、けれどね、たった一つだけ残念な事があるかなー』

『はは、それはいけませんな。ただちに解消せねば。そいつは一体何なんだい?』

『ふふ、だって、次郎さんのピエロの芸がもう観られないと思うとね。ふふ、あーあ、もっと見ていたかったなー』

『はは、嬉しい事を言ってくれちゃって。それじゃあ、今から披露してあげるよ。さあさ、特とご覧あれ』

『ふふ、だーめ。今はわたしの手を握ってて。そして、決して離さないでいて』

『はは、分かったよ。さあさ、特とお握りあれ』

『ふふ、とても温かい掌。次郎さんの穏やかさが伝わって来るみたい。ふふ、余は満足じゃ。なーんてね、ふふ』

『はは、苦しゅうない、近う寄れ……って、もう近くに居るっての、はは』

『ふふ、わたしのつたないボケに、こうやって何時いつも次郎さんは付き合ってくれるのよね。本当に優しい次郎さん。ふふ、こんなにも愛してくれたのに、わたしだけ先に向こうの世界へ行っちゃうなんて、ごめんね』

『はは、心配無いよ。ぼくもぐに追い着くから、ほんの少しだけあっちで待っててよ。なあに、大した時間じゃないさ。はは、こっちでもうちっとだけ芸を磨いて、又今以上に笑わせてあげるからさ』

『ふふ、わーい♡やったー♡ありがとー♡これは楽しみが増えちゃいましたぞ♡♡♡ ふふ、絶対よ。約束ね』

『はは、御意ぎょい。勿論ですぞ。ピエロの次郎さんってば、嘘付かない。……や、約束……す……る……から……なので……』

『ふふ、いけないわ、次郎さん。お笑い芸人さんは、お客さんを笑わせるのがお仕事でしょ。貴男あなたが笑っていないと、見ている人も心配になっちゃって、笑えなくなっちゃうよ?』

『はは、分かってる……分かってるよ……分かってるさ……はは、妙ちくりん三段活用で御座いやす~みたいな~……な、な~んちゃって~、はは……』


 永遠さんは終始微笑んでいて、だからぼくも精一杯笑ったんだ。


『ふふ、うん、良い笑顔。花丸をあげちゃう。なーんてね、わたしなんかが偉そうだったかな……ふふ、大好きよ、次郎さん……』


 この言葉を最後に、永遠さんはもう喋らなくなってしまった。


 ずっと快活かいかつに話していた永遠さんだったけれど、お終いの一言だけは、何とも力無く、至りてか細くて。


 それでも、ぼくは笑った。


 永遠さんの手を取り、直向ひたむきに笑い続けた。


 ……けれども、目からこぼちる大粒の涙だけは、如何どうにも止める事が出来なかったんだ……。


――***


 ……はは、ぼくがピエロスタンスにこだわるのは、この様な所以ゆえんからで御座います……。


 ……はは、駄目だなあ。又しても処無どなく溢れる涙なので御座います。……はは、幾ら芸人モードがオフだからって、普通にむせいちゃってるし。……はは、こんなんじゃ、永遠さんに叱られちゃうな……。


「……はは、そうだね。ぼくもそちら側の世界へ行く前に、もう一頑張り、こちら側の世界で芸を磨かねば。……そうだよね、永遠さん……」


 ぼくが店を出る頃には、とうに雨は止んでおりまして、夕暮れの空に綺麗な七色の虹が架かっているのが見えるので御座います。


「はは、止まない雨は無いって事でしょうかね。……はは、ちと長過ぎる雨の様な気も致しますが、いくらか本気を出しちゃいますか! ……よーし! しからばちょっくら景気づけに! いっちょ決まり文句のご挨拶でもちゃいましょうかね! せーのっ! それいけ! アンポンタン!」

 そう決意を新たにした、ピエロなパントマイムベテラン芸人・ぼくこと、佐々木次郎なので御座いました。


   *


 これより数日後のこと、特にお笑い界的に、ある大事件が起こったのである。


「ガッハッハ、何だこのお笑いネタ動画はよ! クッソ馬鹿臭いんだが、どうした事か、謎めいた中毒性があるじゃねぇかよ、バッキャロー、コンニャロー! 俺様、この頓馬とんまをお気に召しちまったぜ、コンニャロー、バッキャロー! 「俺様が最近大好物の道化動画!」と称し、ネットで拡散だぜ、バッキャロー、コンニャロー!」


 ピエロなパントマイムベテラン芸人である佐々木次郎が、動画サイト・ミーチューブに、とある一本のジェスチャーを駆使したリズムネタをアップロードした。タイトルはPPAP|(ピーエロピエロアッポンタンノピエロ)である。


 これを若手人気ナンバーワン芸人のジャイロたけしが、自らのSNSツール・釣りッターアカウントで、「ガッハッハ、面白ぇのがあんぞ。つべこべ言わず、テメェら観やがれ、バッキャロー、コンニャロー!」と、このムービーを紹介したのだ。


 間もなくして、この映像はバス釣り(注目を集めるの意)、これ以降に、佐々木次郎が一躍大ブレイクする切っ掛けとなった訳である。


 因みに至極しごくどうでも良い話ですけれども、この釣りッターに投稿したメッセージにおいて、言葉の頭に付ける「魚」と言う漢字を、フィッシュタグと読んだりします。……へ? それを詳しく教えろ下さいですって? いえ、何にも増して七面倒臭いですし、やなこった。ググれカス(それくらい自分でググれ、カス野郎の略)。……ほ? 素より「ググれ」が分からないだと? 何処どこの原始人か。オマエは死ねェ!!


 時を同じくして、ダダンダウンの新堂圭助が、釣りッター釣り糸(短文ネタを投稿するの意)にて、「なはは、俺の女装確定。オワタ。ギニャー!!! qあwせdrftgyふじこlp」と言う謎の断末摩が呟かれた旨は、未だにファンの間で語り草となっている。

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