第10話 ~アザー・ピープル・マメトーーク! Vol.01~
「やあやあ、皆の衆! クラウンではなく、ピエロの恰好に扮して大人気なパントマイムベテラン芸人! ぼくこと
……と言った風な大道芸パフォーマンスを、ぼく自身は
ええっと、決して大手ではないのですが、一応芸能事務所にも所属しておりまして、地方営業なんかで食い繋ぎ、辛うじてプロのお笑い芸人を名乗っておりまする。はは、念を押して言いますけれど、頻繁に吐き気を催すくらいには、本当に売れてはいないのですね、はい。
来年にはついに、ぼくも還暦を迎えてしまう訳ですが、今の所は相も変わらず
やはり、ぼくのお笑いスタイルでありまする、「道化師のパフォーマンスで笑いを取る」と言う行為は、相当ハードルが高いので御座います。ええ、そいつはもう、からきし白けられること山の如しですから。
自身のお笑いの表現形式を変えようか、もしくは芸人自体をもう辞めてしまおうとは、一度ならず繰り返し考えた事で御座います。だけれども、その
こんな
ぼくの趣味は読書で御座いまして、ちょくちょく散歩がてらに古書店街巡りなどを致すので御座います。何と今日はその町に、あの人気高校生芸人の一角である
はは、彼らも本が好きなので御座いましょうかね? うーん、一体どの様なジャンルの著述書に目がないのかとか、個人的に興味をかきたてられまする。
まあ、それはともかくとして、半ば衝動的に突発的なS.O.B.を、ぼくの方から志國三さんに申し込んじゃっていたので御座います。はは、実を言うとぼくがS.O.B.に挑むのも、随分と久方振りだったりするのですけどね……。
志國三さんはお笑いにイリュージョンを織り交ぜたショーが得意であると、小耳には挟んで御座いました。であるならば、笑いよりもサプライズに重きを置いておるのではないかと、ぼくが勝手に思い込んでしまっていたのです。
以上の理由から、これはひょっとしたら勝てるかも知れないと言う淡い期待を抱き、
はは、左様で御座います。お察しの通り結果は惨敗です。
志國三さんはしっかりとお客さんを笑わせておりましたし、途中からはそのトリックの技術力の高さに、ぼくの方が見とれてしまう体たらくで御座いました。
ぼくは全く
しかも今回に至っては、お笑い芸人としてあるまじき「舐めた態度」でS.O.B.に臨んだので御座いますから、当然の報いだと言えるでしょう。
そして、こう言う時に限って悪い事は重なる物で御座いまして、追撃するが如く突然のゲリラ豪雨に見舞われてしまいます。
そんなごたごたの最中、丁度目と鼻の先にファミリーレストランがありましたもので、ぼくは入店するに至ったので御座います。
「はは、
当たり前の事で御座いますが、もうお笑いモード用のメイクは落としておりますもので、ぼくの事を佐々木次郎だと認識する人はまず居りません。ぼくのスッピンの見た目なんぞ、ただの老いぼれですからして。……はは、最も化粧を
そんな事を考えつつ、ぼくは午後五時までオーダー可能の、日替わり和膳ランチなる料理を注文し、暫しの間ぼんやりとして居ったので御座います。そうしておりましたらば、背中越しの隣席より、割方
軽く振り返って後ろを拝見し、有り体に申し上げて、おったまげましたので御座います。はは、何しろ同日に、二度も人気高校生芸人との遭遇を為し遂げてしまったものですから。
そう、そこにはあのダダンダウンさんのお二人が座して居られたので御座います。道理で聞き覚えのある声音だと思いましたよ。
はは、先程の対志國三さんS.O.B.以前に鉢合せをしていたのであれば、ぼくは迷わずダダンダウンさんにS.O.B.を申し込んでいた事で御座いましょう。はは、つい今しがた完膚無きまでに
ダダンダウンさんはインターネットの動画投稿で一躍有名になり、今や一大ブームとなりました高校生芸人のパイオニアで御座います。ですが、ボケ担当の
……うーん、自身のネタをミーチューブに投稿で御座いますか……はは、そうですよね……今じゃ圧倒的にネットを駆使してのアピールが主流ですものね……はは、ぼくも少しばかり、
「なはは、なあ、
「ふん。ベタですまないが、やはり僕は志國三と、熟練ピエロ芸人・佐々木次郎さんの対戦模様が印象的であったな」
……はは、先刻のS.O.B.を、お二人にもしっかりと見られちゃっておったので御座いますね。いやはや、
「なはは、やっぱ煜もそうやったか。その次郎さんの来歴なんやけどな、あの人ってばズブの素人とかとちゃうくて、ああ見えても
「ふん。相手は今ノリに乗っている高校生芸人トリオの志國三だ。仕方あるまい。それに僕らとて、現時点で
「なはは、それやんな。悔しいけどそれが現実ですわな。因みに俺が今日一番気に入った志國三のネタやけどな、優輝はんの指パッチン合図で
「ふん。しかも、それにお笑いをブレンドさせるとか不公平が過ぎるよな。ふむ。しかし嘆いていてもどうにもならん。僕らは
「なはは、そやな。その意気で頑張らなな。しやけどそれだけに、今日の志國三のS.O.B.を見とったら、やっぱし次郎さんの
はは、言われちゃっているなあ。しかし、反論する言葉も御座いません。はは、至極ごもっともで御座います……。
「なはは、あないな歳になっても一向に芽が出えへんって、ホンマどないなってんねんって感じやん? 何であの人引退せんねやろな?」
はは、至極ごもっともで御座います……。
「ふん。大なり小なり、人にはそれぞれ事情って物があるさ。それに、僕は次郎さんがつまらないとは
はは、至極ごもっともで御座います……。って、えええ? それマジで御座いますか!?
「ふん。道化役者ってやつはチビっ子達からも人気があるだろう? それから漫画や映画でもおいしいポジションに居座っている事が多いよな? なので、今はパッとしない存在であったとしても、突如として化ける事を秘めたるキャラクターなのだよ」
「なはは、そら完全に煜の個人的な意見やん。どっちかって言うと俺はやね、ピエロはホラー映画やらの悪者のイメージが強かったりしよるからね」
「ふん。そう、そう言った側面も併せ持っている人物像でもあるのだ。早い話だ、何であれ先が読めない、トリッキーなキャラである事は間違い無いのさ。……時に圭助よ。道化師はピエロかクラウンと呼ばれているが、その違いを知っておるかね?」
「なはは、俺を舐めんなや。アレやろ? 確かメイクで右頬に、涙のマークの有り無しが決め手やった筈やで。有る方がピエロで、無い方がクラウンやんな?」
「ふん。正解だ。次郎さんは必ずネタ披露の前口上にて、「ピエロの方を演じている」と宣言しているのだよ。こいつの意味する所は即ち、「自らは何か悲しみを抱えつつ、お笑いをやっています」と言う事を示唆しているのさ」
はは、流石のダダンダウンさんだなあと感心してしまうので御座います。はは、良く聞く言葉である「最近の若者は」論ですが、そんな物はもう死語なので御座いましょうね。
いえいえ、
「……ほーん、なるほどの。せやったらアレかいな? 煜は同情の気持ちから次郎さんを擁護していたりするんかいの? もしもそうなんやったら、それこそ形はどうであれ、お笑いに真剣に
この新堂圭助君の発言により、束の間、空気が張り詰めるので御座います。
……はは、ぼく
「ふん。
「なはは、やめいやめい。もうええもうええ、もうええわ。俺が悪かったっちゅうねん。ったく、ちょいちょい電波な人が言葉を発してるみたいになるん、やめとくんなはれや。怖いんじゃボケ!」
「ふん。……あ~ん
「なはは、何や何や? 妙なフレーズを交えながら泣き崩れおってからに。煜も大概に小心者やんな。これこれ、店の迷惑になるし静かにせんと。これなる俺のハンカチーフを貸してあげるで、その吹き出た鼻汁多めの涙をお拭きなっせよ」
「ぐふん。うん。ぐすん。……ふん。こうして
「なはは、そないなこったろうと思うとったわ。あっ、成功した折には、俺にもお
はは、お見事の一言に尽きるで御座いますなあ。先程までの緊迫したムードも、即興のコントにて吹き飛ばしてしまいましたよ。こう言う所ですな。ぼくも見習わないといけませぬな。ちゃんとメモメモっておきましょうな。
「なはは、んまあ、次郎さんの話題に戻すとやね、ピエロっちゅうのはサーカスみたいなチームでより輝く事が多いし、
「ふん。その指摘は実に興味深いのだがね、お笑いの可能性は無限大だ。今の世の中、何が当たるか分かったもんじゃないのでな。ふん。そう言った意味合いから、
「なはは、何やその使い物にならん予想屋は。なはは、ちゅうか流石にそれはないやろ。単に煜が次郎さんをお気に入りってなだけで、そう感じとるだけやって」
「ふん。ならば次郎さんの人気が近日急上昇するかどうかで、ここは一つ僕と貴様で賭けでもしてみないか?」
「なはは、おう、ええで。もしそうなったら俺が女装して、煜に丸一日奉仕したる権利を差し上げじゃいろたけしで、ばっきゃろー、こんにゃろーや」
「ふん。先刻の「うえんつ」に対しての
「なはは、いやいや、これには
「ふん。あれま、どうしましょう。貴様の女姿ってだけで、
「なはは、まだ大丈夫やって。開場時間までは二時間以上もあるし、その上出演キャストの舞台挨拶とか、
「ふん。阿呆か貴様は。メインキャストが揃って来日しているのだ。そいつを観ずして何とするか。学校の朝礼で、長く退屈な校長先生のスピーチとは訳が違うのだぞ。ふん。さては貴様、映画冒頭に挟まれる別作品の予告編も含めて、楽しめていない人間だな?」
「なはは、
「ふん。
「なはは、まあええやん。人にはそれぞれ事情って物があんねん。そうやんな? ……ちゅうか、ちょう待ってえや。煜は飯食うのん早過ぎやって。俺はまだ全然食い終わってへんねや」
「ふん。だから言ったであろうが。僕が注文した様な、小腹を満たす程度のスイーツ系にしておけば、もっと迅速に食せたものを」
「なはは、煜が頼んだのって、デカ盛りのジャンボパフェやったやん。あれかて結構な量がありましたで。なはは、志國三の山田はんばりにあんなけのもん、よう綺麗さっぱり完食でけたな自分」
「ふん。それではBARでの、「あちらのお客様からです」システム的に、店内の誰かさんに献上して差し上げろよ」
「この食いかけのラーメンをか! 格好悪すぎ&迷惑やろ! ……おおい、煜! ……あいつマジか……考えられへん……ホンマにレジを済ませて店から出て行きよったで。……うおおい、待ってぇなー!」
すると新堂圭助君は、「すんまへん。残りのこれ食べたって下さい。お願いします。ごっそさんでした!」と、ぼくの席に食べ散らかしたラーメンどんぶりを置き去り、焔煜君を追い掛けて行ったので御座います。
……うわあ……はは、 食が細いぼくには酷な話で御座いますが、合掌して「いただきます」ですね(そこじゃねーだろ。てか、食うんかい)。
はは、ダダンダウンさんのお二人が慌ただしく出て行った館内は、
はは、それにしても、焔煜君の人間分析には恐れ入ったので御座います。はは、ぼくが「悲しみを抱えつつ、お笑いをやっている」と言う推測は、
そう、一緒に幸せな人生を歩んで行こう。そんな風に共に誓った女性が、このぼくにも
その彼女の名前は
はは、ぼくも永遠さんも、まだまだお互いが青き頃で御座いました。……嗚呼、そうですか……もう四十数年も前になるのですね……。
結論から申しますと、永遠さんは死に至る病……
元々体の強い方では無かった
永遠さんが天に召された日の……最早これまでと彼女が覚悟した最後の会話……。あの日の事だけは、時が何十年過ぎ去ろうとも、こうやってぼくが目を閉じさえすれば、
――***
『ふふ、あのね、次郎さん。わたしの一生涯の事だけど、特に次郎さんと結婚してからの毎日はね、とびっきり輝いて幸せだったんだよー』
『はは、永遠さんにそうやって言ってもらえると、ぼくの喜びも
『ふふ、けれどね、たった一つだけ残念な事があるかなー』
『はは、それはいけませんな。
『ふふ、だって、次郎さんのピエロの芸がもう観られないと思うとね。ふふ、あーあ、もっと見ていたかったなー』
『はは、嬉しい事を言ってくれちゃって。それじゃあ、今から披露してあげるよ。さあさ、特とご覧あれ』
『ふふ、だーめ。今はわたしの手を握ってて。そして、決して離さないでいて』
『はは、分かったよ。さあさ、特とお握りあれ』
『ふふ、とても温かい掌。次郎さんの穏やかさが伝わって来るみたい。ふふ、余は満足じゃ。なーんてね、ふふ』
『はは、苦しゅうない、近う寄れ……って、もう近くに居るっての、はは』
『ふふ、わたしの
『はは、心配無いよ。ぼくも
『ふふ、わーい♡やったー♡ありがとー♡これは楽しみが増えちゃいましたぞ♡♡♡ ふふ、絶対よ。約束ね』
『はは、
『ふふ、いけないわ、次郎さん。お笑い芸人さんは、お客さんを笑わせるのがお仕事でしょ。
『はは、分かってる……分かってるよ……分かってるさ……はは、妙ちくりん三段活用で御座いやす~みたいな~……な、な~んちゃって~、はは……』
永遠さんは終始微笑んでいて、だからぼくも精一杯笑ったんだ。
『ふふ、うん、良い笑顔。花丸をあげちゃう。なーんてね、わたしなんかが偉そうだったかな……ふふ、大好きよ、次郎さん……』
この言葉を最後に、永遠さんはもう喋らなくなってしまった。
ずっと
それでも、ぼくは笑った。
永遠さんの手を取り、
……けれども、目から
――***
……はは、ぼくがピエロスタンスに
……はは、駄目だなあ。又しても
「……はは、そうだね。ぼくもそちら側の世界へ行く前に、もう一頑張り、こちら側の世界で芸を磨かねば。……そうだよね、永遠さん……」
ぼくが店を出る頃には、とうに雨は止んでおりまして、夕暮れの空に綺麗な七色の虹が架かっているのが見えるので御座います。
「はは、止まない雨は無いって事でしょうかね。……はは、ちと長過ぎる雨の様な気も致しますが、いくらか本気を出しちゃいますか! ……よーし! しからばちょっくら景気づけに! いっちょ決まり文句のご挨拶でも
そう決意を新たにした、ピエロなパントマイムベテラン芸人・ぼくこと、佐々木次郎なので御座いました。
*
これより数日後のこと、特にお笑い界的に、ある大事件が起こったのである。
「ガッハッハ、何だこのお笑いネタ動画はよ! クッソ馬鹿臭いんだが、どうした事か、謎めいた中毒性があるじゃねぇかよ、バッキャロー、コンニャロー! 俺様、この
ピエロなパントマイムベテラン芸人である佐々木次郎が、動画サイト・ミーチューブに、とある一本のジェスチャーを駆使したリズムネタをアップロードした。タイトルはPPAP|(ピーエロピエロアッポンタンノピエロ)である。
これを若手人気ナンバーワン芸人のジャイロたけしが、自らのSNSツール・釣りッターアカウントで、「ガッハッハ、面白ぇのがあんぞ。つべこべ言わず、テメェら観やがれ、バッキャロー、コンニャロー!」と、このムービーを紹介したのだ。
間もなくして、この映像はバス釣り(注目を集めるの意)、これ以降に、佐々木次郎が一躍大ブレイクする切っ掛けとなった訳である。
因みに
時を同じくして、ダダンダウンの新堂圭助が、釣りッター釣り糸(
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