第61話 とうとうキリアン様の秘密を伺ってしまいましたのよ


 メノーシェ伯爵は事件の関係者たちを捕らえたのちに、とにかく娘のジュリエットが心配だということでティエリーの街へとやってきた。


 遣いから聞いた宿屋に訪れたメノーシェ伯爵は、そこで元気そうなジュリエットと再会して男泣きするほど喜んだのだった。

 そして父と娘は固く抱擁ほうようを交わした。


「お父様、ご心配をおかけいたしました」

「良かった! 話を聞いて気が気ではなかったぞ! 呪いの件も、私が甘く考え過ぎていた。悪かった、ジュリエット」

「いいのです。もう本当に呪いは解けてしまいましまから」

「本当か⁉︎ 本当にもう心配いらないのか⁉︎」

「はい。キリアン様が、私のことを真に愛していると示してくださったので……」


 少し身体を離して見下ろせば、赤く頬を染め目を伏せる幸せそうなジュリエットに、伯爵は心底安堵あんどしたのである。


 そしてゆっくりと娘から離れた伯爵は、そばで見守るキリアンたちに向け言葉をかけた。


「キリアン殿、そしてジャン殿も……此度こたびのこと本当に感謝する。ありがとう。そして、これからも、どうか娘のことを頼みます」


 伯爵は平民である二人に向けて深々と頭を下げて感謝の意を述べた。


「まあ、ジュリエットのことはアンタが心配しなくても十分集落の仲間たちに受け入れられてるしな。それに……これからは俺も素直になるようにするというか……」

「ご心配は無用ですよ! 二人はこれからやっと本当の新婚になるんですから!」


 照れ臭そうな様子で視線を背けるキリアンと、キリアンの背をバンバンと叩きながら満面の笑みで答えるジャンに、伯爵は笑顔を返したのであった。




 その後三人はエマ婆さんのところへ寄った。


「エマおばあさん、ご心配をおかけいたしました。あの時、助言をいただいたにも関わらずまんまと攫われてしまって。お許しください」

「本当に、あん時ゃ私は言っただろう? 気をつける為に教えたのにイミがないじゃないか。まあ無事だったんならいいよ」

「はい、ありがとうございます」

「まあ、他国の言葉に『雨降って地固まる』って言葉があるんだけどね。あんた達には丁度良かったようだね」


 ジュリエットはエマ婆さんの言葉にとりあえず頷いている。

 キリアンとジャンも、エマ婆さんの言っている言葉の意味は分からなかったが、いつになく優しげに笑うエマ婆さんに大変驚いたのであった。




 ティエリーから集落へと向かう馬車の中で向かい合わせに座っているジュリエットとキリアンはどこか落ち着かない。

 そしてとうとうジュリエットはキリアンにずっと気になっていたことを尋ねたのであった。


「あの、キリアン様。実は以前にアリーナさんから伺ったのですが、キリアン様は何か特別なお仕事をされているのですか? 私の知らないところで、頭領の仕事以外に何かなさっているの?」

「……気になるのか?」

「はい。教えていただけると嬉しいです。私、キリアン様とは隠し事のない夫婦でいたいのです」


 ジュリエットの真っ直ぐな視線を向けられて、観念したようにキリアンは大きく息を吐く。


「俺らの集落があの森にできた時、盗賊や訳ありの犯罪者、亡命者が多かった。その名残で今でも俺とジャンが中心となって盗賊稼業を続けてきたんだ。だがもうそれも終わりにしようと思ってる」

「盗賊……」


 不安げな表情になったジュリエットに、キリアンは話を続けた。


「俺らだって好きで盗賊なんざやってきた訳じゃない。時が流れて林業だけに携わる世代も増えたし、集落で学ぶことも出来る様になって来たからな。これからの世代には後ろ暗い道ではなく、明るい道を歩んで欲しいと願っている」


 そう語るキリアンはフワリと微笑んでみせた。

 その笑顔は、ジュリエットが見てきた中で一番優しく穏やかなものであった。


「よく分かりました。私も子どもたちや若い世代の方たちが明るい道を歩んでいけるようにお手伝いしていきますわね」


 キリアンの言葉は、ジュリエットの胸にストンと落ちた。


 よくよく考えたら分かることなのだ。

 あの深い森の集落で、年寄りや子どもも多い中で林業だけを生業なりわいにすることはそう簡単なことではないだろう。

 いや、きっと慎ましい生活ですら厳しいと思われた。

 今までは学ぶことができなかった者たちも多い為に、外の世界で仕事に就くことも困難なのだから。


 だが集落には学ぶ場所が出来た。

 最近になって、林業に使う道具や運搬の方法も改善された。

 これからの世代は盗賊などせずとも暮らしていけるようになるだろう。


「そのうち森の中の生活から外へ出る者も増えるだろう。いっときは寂しくとも、それは喜ばしいことだ。お前もいつかは森を出たいか?」


 キリアンに問われてジュリエットは首をかしげて考えた。

 

「私はあの場所の生活がとても気に入っております。キリアン様が街で暮らしたいならば仕方ありませんが……。頭領として、集落に人がいる限りはあの場所で暮らすのでしょう? それならば私もキリアン様と共にいます」

「そうか」


 ジュリエットの答えはきっとキリアンにとって完璧なものだったのだろう。

 フッと微笑みを浮かべたキリアンは、自らの薬指にめられた銀の指輪に触れながら甘い声音こわねで呟いた。


「やっぱお前には敵わねぇな」








 


 


 




 

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