第37話 庶民のように扱ってくださいませね


 心底驚いた様子のキリアンに、少しばかり得意げにジュリエットは答えた。


「はい。アンさんとジャンに料理について聞いたのと、見様見真似みようみまねでスープを作ってみたのです。案外美味しくできましたわ」


 そうして先程見つけた食器棚から、スープ皿を取り出して鍋のスープを取り分ける。

 

「あ、そうでしたわ。パンがどこにあるか分かりませんでしたの」

「ああ、それならここに……」


 食器棚の近くにある戸棚に、茶色味を帯びた硬めのパンが仕舞ってあった。


「それでは、いただきましょう」


 机に運んでから二人揃って食事を始めた。


「あんた、これ本当に自分で作ったのか? ジャンが来たのかと思ったぞ」

「それは、褒め言葉と捉えて宜しいのでしょうか?」

「まあそうだな。確かにうまいってことだ」

「キリアン様の為に愛情を込めて作りましたもの。喜んでいただけで光栄ですわ」


 ジュリエットはにっこりと微笑んでから食事を再開する。

 硬いパンにももう慣れたのか、小さくちぎっては口に運んでいる。

 

「髪……、結べたんだな」

「ああ、なんとかしてみたのですがやはり上手くできなくて……」

「あとで俺がやってやるよ」


 心なしか今日のキリアンは優しい表情をしていた。


「ありがとう存じます。ではお願いいたしますわね」


 スープは分量が分からないジュリエットが大量に作ったので、残った分は夕食にまわすことにした。

 

「そういや、ニンジンの皮はどうやって剥いたんだ?」

「ああ、それは難しかったのでそのまま入れました。駄目でしたか?」

「なるほどな。まあ、いいけど」


 そんなことを話しながら後片付けを終え、ジュリエットはソファーに座っていた。

 キリアンはその後ろに立ち、ジュリエットの髪を丁寧に櫛でいてから髪紐で縛った。


「キリアン様、器用なんですのね」

「まあな。これでよし! さぁ、今日もそろそろアンのとこへ行くぞ」

「はい。キリアン様が髪を結ってくださったから、やる気が漲ってきましたわ。本日も私は精一杯頑張りますわね」


 ジュリエットが意気揚々と握り拳を作ってキリアンへと宣言すれば、キリアンはフッと口元を緩めた。


「まあ、ほどほどにな」


 愛するキリアンの笑顔を見れば胸の苦しくなるジュリエットは、グッと胸を押さえる素振りをしている。


「キリアン様、その笑顔は反則ですわ。その私好みのかんばせが緩むのが素敵過ぎて胸が……」


 そんなジュリエットを、キリアンは眉を下げて困ったような顔をして見たのだった。


 そうして二人はまたジュリエットの仕事場である工房へ向けて集落の中を歩いて行く。


 途中でジャンと出会い、一緒に工房へと向かうこととなった。


「キリアン、頭痛くないか? 僕、起きてからすごく頭が痛くて……昨日さすがに飲み過ぎたかな」

「そりゃあ二人であれだけ飲めばな。朝起き抜けは頭が痛かったが、今は平気だ」


 ジュリエットは二人の会話を聞くともなしに聞いていれば、どうやら昨日キリアンはジャンと一緒に飲んでいたらしいと分かる。


「よかった……」


 二人に聞こえないほどの呟きを漏らしたジュリエットは、キリアンがアリーナところに行ったのではないと知ってホッとするのであった。

 気にしないでおこうと思えども、やはり違うとわかれば安心する。


「で? お嬢、今日は朝食作ったの?」

「はい! スープを作りましたのよ! ジャンも食べにいらしたら良かったのに」

「本当に? おい、キリアン! 本当にお嬢がスープ作ったのか?」


 ジャンは自分から聞いておいて、いざジュリエットが朝食を作ったと知れば、まるで信じられないという風に驚いたのである。


「ああ、やっぱ貴族のお嬢様は俺らと違って何でも覚えがいいみたいだ」


 キリアンはわざと意地の悪い言い方をしてジュリエットを揶揄からかう。


「まあ、意地悪な言い方ですわ! 私はもう皆様と同じく庶民なのです! そのように扱ってくださいませ」


 色の良い唇を尖らせていじけた風を装うジュリエットに、ジャンは大きく笑い声を上げた。


「ははは……ッ! なるほどね。お嬢も頑張ってるんだ? まあこれからも呼び名はお嬢だけど。アンのところで揉まれたらいいよ。あそこも色んな人間がいるからさ。庶民ってやつをしっかり学べるよ」


 ジャンは案外この二人が上手く生活できていることにとりあえず安心するのであった。

 


 


 


 





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