第36話 やっと新婚らしくなってきましたわね


 外は朝日が昇り始め、空が段々と蜂蜜色に輝く。

 小鳥たちは元気にさえずりながら今日も忙しなく飛んでいた。


 パチリ……紫水晶のように美しい両の瞳が、天井の優しい木目を捉える。


「さあ! 今日は私も早起きで朝食を作りますわよ!」

 

 ジュリエットは必要以上に大きな声で自分を鼓舞する。


 昨日のことはあまり深く考えないようにすることにして、パッと起き上がってグーンと伸びをしてから夜着からワンピースとベストに着替えた。

 そして今日はローズピンク色の髪を、耳の高さで一つにまとめた。

 慣れない作業に、多少ボサボサとなってしまったが仕方がない。


 そぉーっと部屋から出ると、リビングのソファーでキリアンが眠っているのが見えた。

 薄手の掛布かけふが呼吸に合わせてゆっくりと上下しているのが見える。


「まずは顔を洗ってきましょう」


 寝ているキリアンを起こさないように扉を慎重に開けて、裏の冷たい井戸水で顔を洗う。


「おはよう、スチュアート。あなたも早起きなのね」


 井戸の縁、二十センチほどの大きさの硬い光沢のある鱗で身体を覆われたスチュアートは昨日と変わらぬ可愛らしい顔で目をキョロキョロと動かしている。


「私、頑張るわね。見てて」


 スチュアートは返事をする様に小首を傾げたのだった。


 ジュリエットは家に隣接する物置から三種類ほどの野菜を選び取り、井戸で洗ってから家の中へと戻っていった。


 キリアンはまだ眠っているようで、先ほどと同じでソファーの上から動いてはいない。


 まずはニンジン、タマネギ、青菜を包丁で切る。

 ニンジンはジュリエットにとって皮を剥くのが難しく、そのまま皮付きで小さめに切ることにした。


 そしてアンやキリアン達に教えてもらったことを思い出しては、かまどに薪をくべた。

 鍋に水を汲み、そこに燻製肉を少し入れてニンジンとタマネギも入れた。

 竈に鍋を乗せて煮込んだら、青菜とバジルを入れ胡椒で味を整えた。


「まあ、案外美味しくできてしまったわ」


 味見をしたジュリエットは自分でも驚くほどに美味しくスープができたことに目を丸くして満面に喜色きしょくたたえた。


 ただ、食器の準備は教えてもらっていなかったので一人では出来なかったためにキリアンを起こすことにした。


「キリアン様……おはようございます」

「……」


 ソファーで寝ているキリアンは優しく声をかけても起きる気配がなく、ジュリエットは難しい顔をして『さてどうしようか』と思案した。


「いつもマーサはどうやって起こしてくれていたかしら?」


 思い起こしてみれば、マーサは部屋のカーテンと窓を開けてくれていた。

 ジュリエットはリビングや台所のカーテンや窓を開けて空気を入れ替えた。


 外はもう朝日が登って眩しいほどで、キリアンもその端正な顔をしかめて小さくうなった。


「キリアン様! おはようございます! 朝でございますわよ!」

「ん……、頭いってぇ……」

「頭痛がしますの? 大丈夫ですか?」

「水……くれ」

「お待ちくださいね!」


 ジュリエットはまだ寝ぼけ眼ながらも、頭をグッと抑えながら眉を顰めたキリアンへ水を手渡そうとしたものの、そういえば食器の場所が分からない。


「あの……食器はどこにありますの?」

「あの戸棚の中……」


 キリアンの指差した先の戸棚の中にコップやら皿やらが入っていた。


「こんなところに仕舞ってあるのですね」


 そう独りごちたジュリエットは、以前ジャンがしていたように台所にある煮沸しゃふつした水をコップに注いでキリアンへと手渡した。


 ジュリエットから水を受け取ったキリアンは、ゴクゴクと一気に飲んでからゆっくりと息を吐く。


「そういや飲み水の場所、よく分かったな」

「前にジャンがあそこから注いで飲んでいたのを見たのです。ただ、食器の場所は分からなくて……申し訳ありませんでした」


 しゅんと肩を落としたジュリエットに、キリアンは立ち上がってその頭を軽くポンポンと叩いた。


「やっぱり貴族のお嬢さんってのは頭が良いんだな。あんたらは学ぶことが習慣になってるんだろ」

「どうでしょうか……。とにかく私はここの生活に早く慣れないといけませんから」


 そう言って儚げに笑ったジュリエットを、キリアンは眩しそうに見つめた。


「……ん? なんか飯の匂いがするな」


 キリアンは台所の方を見て、驚きに目をみはった。

 竃に鍋が乗せてありそこから湯気が立ち上っているのだ。


「あんた、何か作ったのか? 一人で?」






 

 


 

 

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