第31話 井戸端の友人はスチュアートと名付けましたわ
着替えを終えたジュリエットが清潔なエプロンを身につけて部屋から出てくると、既にキリアンは水場で野菜を洗っている。
「今日の夕食は何にいたしますか?」
「塩漬けの肉と野菜使ってスープにする。それとオートミールの粥だ」
「成る程。それでは私が野菜を切りますわ!」
それでも昼間にアンから教えてもらったことを活かして、拙い手つきながらジュリエットは野菜や肉を切っていくことができたのであった。
「どうですか? このような感じでよろしいですか?」
「包丁の使い方を誰かに教えてもらったのか?」
「はい。アンさんに教えてもらいました。少しでも早く料理を作れるようになりたくて……」
野菜から目を離すまいとじっと見つめながら包丁を使うジュリエットに、キリアンはフッと顔を綻ばせた。
「それは
「そうございましょう!」
突然そう言って振り向いたジュリエットの手には包丁が握りしめられたままで、それを振り回したように見えなくもない状況にキリアンは慌てて声を荒らげた。
「おい! 危ないだろ! 包丁を持ったまま振り回すんじゃねえ!」
「あ、はい……。申し訳ございませんでした。つい……」
しゅんとしたジュリエットは、今度こそ丁寧に野菜を切っていくのであった。
「なあ、あんたの呪いってやつは十八の誕生日までに解けなきゃ人魚病になるんだったか。もう呪いは解けたから別に良いとして、誕生日っていつなんだ?」
落ち込むジュリエットを気遣ってか、キリアンは話しかける。
「誕生日はちょうど十ヶ月後ですわね」
真剣に野菜を切りながら答えたジュリエットに、キリアンは目を丸くする。
「割とギリギリだったんじゃねえか! そりゃ親父さんも焦るだろ!」
「でも、キリアン様のおかげで呪いは解けましたし父も安心しておりますわ……。さあ、できました!」
野菜をなんとか切り終えたジュリエットは、得意そうに満面の笑みをキリアンへ向ける。
キリアンはハアッと小さなため息を吐くに留まった。
木のまな板の上ではジャガイモやニンジンなどの野菜たちが几帳面に同じような大きさで並んでいた。
「よし、じゃあこれをこの鍋に入れて……」
何とかジュリエットとキリアンはスープとオートミールの粥を作り終えた。
「美味しいですわね、キリアン様。私もやればできるではありませんか」
「まあただのスープと粥だが、初めてにしては上出来と言わないでもない」
ジュリエットは初めて自分がまともに料理をしたことに感動し、キリアンはえらく興奮気味のジュリエットを宥めすかしながらその日の食事を終えたのであった。
「後片付けは私にお任せくださいませ。食器を井戸で洗って参ります」
胸をドンと叩いたジュリエットは、井戸水で食器洗いをする方法は既に実践済みだった為に得意満々に家の裏手の井戸端へと向かって行った。
「なかなか私もやればできるではありませんか。もしかしたらこれこそ愛の力というものかしら? キリアン様が喜んでくださることを想像しましたら何でもできるような気がしますのよ。ねえ、トカゲさん」
井戸の縁に二十センチほどの大きさの硬い光沢のある鱗で身体を覆われたトカゲがおり、目をキョロキョロさせている。
実は朝にもこの場所で見かけたこのトカゲは同じ場所でじっとジュリエットを見つめているのだ。
「なんだかあなた可愛らしいわね。名前を付けてあげましょうか? そうねえ……スチュアートなんてどうかしら?」
トカゲはじっと動かずにキョロキョロと目を動かすばかり。
「スチュアート、見ててね。私すぐに馴染んでみせますから。寂しいだなんて思いませんわ」
ジュリエットは集落に来て充実した時間を過ごしてはいるものの、少しばかり寂しい気持ちもあったからこの小さな友人に名前をつけてやろうと思ったのであろう。
当然ながらスチュアートは喋ることも反応することもなく、ただ井戸の縁にくっついて目をキョロキョロとさせているだけである。
それでも、ジュリエットはこの小さな友人に話しかけながら洗い物をすると何だか楽しくなるのであった。
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