文化祭当日 その隙間を埋めてやる

 文化祭がやって来た。

 天音達は女子にゾンビメイクをされる。


「ちょっと水木君じっとして、喋らない。目突き刺すよ」

 勝太郎はウキウキしてぺちゃくちゃ周りに絡みまくる。


 ユージは出来上がったイケメンに似合いすぎる不気味なゾンビメイクで天音の仕上がるのをじっと見ている。

 目は黒くアイライナーで囲まれ周りをブルーと白のアイシャドウで塗られ顔にキズのシールを貼る。

 ただれてるシールや大きな傷やら。

 口紅は紫で、口周りには血糊まで垂らされる。


「これ、俺らなんも食べられへんやん。飲まれへんやんっ。」


 天音の茶色い髪はワックスとスプレーでボッサボサにされる。もはや誰なのか認識不可能である。


「ぎゃーっ」

 わざとらしく悲鳴を上げるのは村上先生だ。今回はおとなしく見学か裏方に回るのだろうか。

 いや、ちゃっかりメイク待ちの列に座る。


「え 先生やるの?!自分でしてください」と女子からメイクの施しを拒否される。

 そこで勝太郎が村上先生のメイクを買って出た。

 結果、ゾンビでは無くやっぱりオカマメイクの完成である。

 村上先生はハイヒールが恋しくなっただろう。


「先生、ゾンビで他のクラス見に行ってもいい?」


「あ、どうかなあ 工藤君、ゾンビ徘徊してもいいかな〜?他のクラスビビるかな」


「せ 宣伝になるので良いのではないでしょうか」


 そうである。工藤君はなかなか将来マーケティング戦略に長ける人材になるかも知れない。しかし、他のクラスの迷惑になるのは確実である。


 天音は杏里と二人で久々の水入らずも兼ねて徘徊する事にした。


「ね、天音ユージ君と付き合わないの?本気で」

「ん……ひゃーどーかな」


 完全に血糊が悪さをし話しにくいのであった。


「じや……こうたろう君は?」

「ひぇ?」

「もし、天音がこうたろう君好きなら、私に遠慮しないで。私達は終わったんだし、私達は赤い糸で繋がってなかったんだと思うから」

「……ひゃあ」

「もう なに?その変な声」

「ひひひひ」


 笑うにも顔が引っ張られて全てがおかしくなるのである。




 ふと、天音たちの耳におかしな音が響く。それは隣のクラスからである。

『歌ヘタ選手権』


 吸い込まれるように二人はそこへ足を踏み入れた。


 マイクとポップガードという丸いマイクガードのようなものに、配線も繋がれパソコンも接続されている。

 船越学級委員は、『歌ヘタ選手権』をサブちゃんで流す気満々であった。


 お次は幸太郎の番だ。

 天音はゾンビのまま不気味な笑みを浮かべ幸太郎を眺める。

 その場に居る観客は一度天音ゾンビを見て、また何事もなかったかのように視線を前に戻した。


 切ない片思いのバラードが流れる。

 マイクに近づく幸太郎。

 ぎこちない歌い出しで出遅れるが、細い目を細めまさか歌いながらナルシストのように酔っているのか、のってきたかというとこで大きく外れる。


 そしてサビ、キュンキュン度マックスの歌詞

「きみ〜じゃあ あなきゃっ〜だめ〜なああああん?だあ〜」

 もうズタズタであった。

 ハズれたまま行き先を見失い南南西あたりへ飛んでいったような歌唱力である。


 まさに歌ヘタで、みな笑う。天音も引きつりながら笑いゾンビ仕事へと戻るのであった。


「準備はいいかーっゾンビ達」「オーツ」

「血に飢えてるかーっ」「オーツ」

「勝つ気でいけーっ」「オーツ」


 村上先生の体育会系掛け声により開園となった『ゾンビ園』である。


 一番乗りでやって来たのは隣のクラス、船越さん、吉高玲司、幸太郎であった。


 窓に貼られた黒い布により暗くなった教室、迷路のように配置され行く手を阻む椅子や机、ダンボール。

 貼り付けられた懐中電灯が所々で照らす室内。


 待機するゾンビ達は息を潜めている。紫の口紅塗り直しも終えた。


「はい、水鉄砲ひとりずつ取って、ゆっくり進んでください」

「はあい」


 船越さんがゆっくりと進む。待ち受ける勝太郎ゾンビが前に立ちはだかると、「ワーッ」悲鳴が上がる。シャーッと水鉄砲を顔面に噴射された勝太郎の悲鳴である。

 ゾンビは走ってはいけない。

 船越さんは背中に誰かのキスマークをもらったが、前は無事であった。よってセーフである。

 船越さんの懐に唇突き出し飛び込む勇者は居なかったらしい。


 続いて吉高玲司は歩きながら「天音ちゃんどこー?」とふらふらする。背後から忍び寄ったユージゾンビが背中を確保。前に立ちはだかる女子ゾンビがいきなり現れ「ギャーッビックリしたっ」と尻もちをついた所に前も取られアウトであった。

 吉高玲司は、水鉄砲の存在を忘れていたようだ。


 そして、幸太郎の番である。

 ユージゾンビがまた背後に忍び寄る。水鉄砲がカチカチ音を鳴らすも壊れているようで水が出ない。

 ユージに気づかす立ち止まり俯きカチカチする幸太郎。

 居場所を宣言しているようなものである。本物のゾンビがいたら即座にやられているだろう。


 幸太郎に少しずつゾンビ数体が近寄りだす。顔を上げた幸太郎は周りを見渡し「わあ」と地味に驚く。


 水鉄砲を落としたらしく拾う幸太郎、勢いよくまた立ち上がった幸太郎の頭突きを食らったユージが叫ぶ


「イッテー何するんじゃあっ」「あっごめん」


 と言いながら進もうとした幸太郎の前に居た天音に蹴躓き尻もちついた天音に乗る形となる幸太郎。

 体重がかからないよう耐えた幸太郎に、背後からさらにユージが覆いかぶさる。

 いわゆる将棋倒しである。全ては暗すぎる教室が悪いのと周りの机や椅子も邪魔であった。


「なんだ?!大丈夫か??」異変に気づいた生徒達が電気をつけた。


 そこには下敷きの天音の上でなんとか腕立て状態で耐える幸太郎、さらに幸太郎の上にはユージが本物の鼻血を出していた。と、それに驚いた他のゾンビ達が動いた瞬間壁にしていた椅子とダンボールが倒れてくる。


 ユージがあーっと叫び椅子を支えようと離れた瞬間、幸太郎は天音を庇うように覆った。

 椅子やダンボールに覆われた幸太郎オンザ天音は、時が止まっていた。

 みんなが見えていないその異様な空間で顔と顔はわずか数センチの隙間であった。


 さらに、幸太郎はしでかしたのだ。

 その数センチの隙間を故意にゼロにしたのだ。


 幸太郎は自らの意思で天音にチューしたのである。


 椅子やダンボールが撤去される。


 何食わぬ顔で起き上がった幸太郎。

 鼻血をティッシュで抑えたユージが、幸太郎を凝視する。


「あ、ユージ君ごめん 鼻、鼻血」


 しかし、ユージが機嫌を損ねたのは鼻血ではない。今幸太郎の唇が紫のリップと化しているからだ。

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